59.初陣(1)
それからさらに数日調整を重ねて、二人はビクトールに合流した。
「十発しか撃てないって……それで大丈夫か?まあ、確実にあてりゃ、一度の出撃でそれだけ落とせるってことは上出来と言えなくもないか……?」
報告を聞いたビクトールはうなった。
「一回の出撃で撃てる回数は多くないし。的は大きいけど、確実にフォースダイト搭載部にあてないといけないから難しいといえば難しいわね」
テーブルをはさんで、ビクトールとダナは相手の配置図をにらみつけている。
そこに記されているのは今朝の段階の配置のため、出撃前には再度偵察機を飛ばすことになる。
ディオの提案は簡単なものだった。雷神の剣は、金属を溶かし、消滅させる。攻撃目標のフォースダイト搭載部近辺に攻撃を加えれば、そこからフォースダイトそのものに損害を与えることができる。対フォースダイト兵器として、雷神の剣は最高の威力を誇るのだから。
搭載されたフォースダイトだけを破壊するというのも、ディオにとっては好都合だった。
フォースダイトが破壊されれば、軍用艦は航行が不可能となる。艦全体が破壊されるわけではないから、乗員の脱出までの時間は十分にある。なるべく死人を出したくない。甘いと言われようと、わがままとそしられようとディオの思いは変わらない。
膠着状態が続いていた空の戦も、どちらが先に仕かけたのかもわからないまま交戦を開始していた。
敵には倍以上の損害を与えたが、アーティカもすでに軍用艦一隻を失っている。マグフィレット軍全体では、数十隻が失われ、人的被害もかなり出ていた。
「普通の武器は装備できないってことは、撃ったらすぐ離脱しなきゃならんのか」
「そういうこと。しかもね、ディオが計算間違えれば一発でどかん。でも、あたしはやる価値あると思う。ディオが計算間違えるなんてそうあるとは思えないから」
「殿下」
ビクトールは恨めしそうな視線で、黙ったままその場にいるディオを見た。
「こんな危険なことを殿下にやらせるなんて」
「僕にしかできないことだよ、ビクトール」
うめき声をあげて、ビクトールはテーブルの上に倒れ込んだ。
許可などできるものか。そう言いたいのだが、宰相からも王子に従えと命令が届いている。そして、国の最高権力者は軍の最高権力者でもあるのだ。ビクトールに拒む権利はない。契約を強制解除するという手もあるが、別のパイロットを見つけて出撃するだろう。
「ビクトール様、夜は?」
「夜襲か……」
夜間の飛行は昼間よりも危険をともなう。特に夜目のきくパイロットばかりを選んだとしても。
「あたしは夜飛ぶのも慣れているし、ディオは目の前の計器さえ見えていれば問題ないでしょ」
殿下と呼べと言おうとしてビクトールはやめた。そのことで二人の間がぎくしゃくしても困る。今の二人は主従ではなく、対等な関係を結んでいるように見える。互いを信頼していなければ、空を駆けるなんてことはできっこない。水を差すこともあるまい。今はまだ。
「……やるか」
ビクトールは最新の天気予想図を持ってこさせた。明日の早朝、まだ暗い時間帯の天候を確認する。ここのところ良好な天気が続いていたが、それは明日も変わらないようだった。日の昇る直前に相手の船団に到着するよう、逆算して出発の時間を決める。部隊のどこに攻撃を加えるのが一番有効かを確認するために、偵察機も出した。
「言うまでもないがな、ゆっくり寝ておけ」
二人を部屋から追い出しながら、ビクトールは言った。護衛につく機体に乗り込む人員ももう決めてある。彼らにも出発の時間を連絡し、休息をとるようにと告げた。
「寝られそうもないのでしょ?」
食堂に入って、軽食をとりながらダナはディオを見た。
「そうだね、それに食欲もない」
ディオの前にはホットミルクのカップだけが置かれている。
「食べなきゃもたないわよ?……はい、口あけて?」
思わず開けた口にちぎったパンが押し込まれた。
「なにするんだよ……」
一度口に入れたものを出すわけにもいかない。もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、今度はフォークに突き刺された野菜がつきつけられる。
「口あけなさい」
「……やだよっ」
ぎゅっと結んだ口の前で、脅すようにフォークが左右にふられる。
「最後の晩餐になるかもしれないぞ……じゃなかったしれませんよ、か」
どやどやと食堂に入ってきた男たちのうちの一人が、ディオに笑いかけた。見覚えがある。いかにも傭兵と言った風貌の柄の悪そうな男。最初にこの船に乗り込んだ夜、食堂で会った男だ。
「そうなのよ、ジョナ。もっと言ってやってよ!」
「殿下なんて高貴な身分の人に、これ以上言えるかよ」
そうダナには言っておいて、ジョナはディオに向きなおった。
「寝られないようなら、コックが酒を」
「そこまで!お酒なんてだめ!あんたたちもさっさと食べて部屋に帰りなさいよ!」
ダナに追い立てられて、ジョナたちはコックのいるキッチンスペースへと歩いていく。
「まったく……やあね」
憮然とした顔で、ダナは野菜を口に放り込んだ。料理ができるのを待っている間、彼らはなにを話しているのか、テーブルをたたいて大笑いしている。明日出撃だというのに緊張感など見受けられない。
「怖く……ないのかな」
ディオのつぶやきを、ダナはすくいとった。
「怖いわよ。あたしだって毎回怖いもの。空を飛ぶのは好きだけれど……ね」
その後、ダナはディオの口に食べ物を押し込むことなく食事を終え、二人はディオの部屋の前で別れた。
緊張しているからか、ディオの眠りは浅かった。何度も寝返りをうっては、そのたびに目を覚ます。皆眠りについているであろう時間になって、ディオは思い出した。
ジョナが言っていた。キッチンに行けば、酒が置いてあるはずだ。軽く飲めば、緊張も解けるかもしれない。
そっと部屋を忍び出て食堂へと向かう。
ほとんど明かりのともっていない廊下を、足音をたてないように歩いていく。
食堂には、ごく小さな明かりがつけられていた。こんな時間に誰だろうと自分のことを棚にあげて、中をのぞきこむ。
一人座っていたのはビクトールだった。椅子の前後をひっくり返して座り、背もたれに顎を乗せている。前のテーブルには酒瓶とグラスが置かれていた。
黙って立っていたのにディオの気配に気づいたらしく、ビクトールはディオを手招きした。
「眠れませんか」
ビクトールの表情は、いつになく老けて見えた。
「ビクトールはどうしてここに?」
その問いに答えることなく、ビクトールは立ち上がるとグラスをもう一つ運んでくる。
椅子の向きを元にもどしてディオに勧めた。渡されたグラスに琥珀色の液体が注がれ、ディオは用心深く、そのグラスに口をつけた。かなり強い。一口飲んだだけで喉の奥が焼かれるようだった。