58.雷神の剣(2)
クーフからもその様子はよく見えた。フレディがつぶやいた。
「神の裁きの光ってあんな感じなのかな?」
「裁きの光が存在するのなら。私たちは、今こんなところにはいませんわ」
イレーヌの声に苦いものが混ざった。
イレーヌにはかまわず、フレディは自身に投げかけるかのように続ける。
「あの設計書、ディオに頼んだら手に入らないかな」
「無理でしょう。王子はこの戦いが終わった後、すべて破棄するつもりのようですから」
「だよなあ」
島での不穏な会話に全く気づくことなく、戦闘機の二人は今の結果を冷静に分析しようとしていた。
「ディオ、エネルギー状態は?」
「問題なし。もう一度やる?」
「もちろん!」
ダナの合図で再び的が投下される。今度も残ったのは白い煙だった。さらに十回近くそれが繰り返された。ダナの手元に不気味な振動が伝わってくる。
「ディオ、機体の様子がおかしいの」
「こっちもだ。一度戻った方がいいかも」
戻ると合図をしておいて、ダナは機体を旋回させた。迷うことなく、フレディとイレーヌの前に機体を停止させる。
ディオは今の入力内容と気象条件、その結果のエネルギーの流れなどの記録を、後部座席に設けた制御装置から取り出した。
「僕はすぐこれを解析してくる。あとはよろしく」
後部座席から転げ落ちるようにして、ディオはビクトールの家に走った。
彼の部屋には記録の解析に使用する機械が据えられている。
「あとはよろしくって……」
ダナは首をふった。自席から機体の様子を確認してみるが異常は見あたらない。
すべての計器は、正常な値をしめしている。
ルッツはフォルーシャ号にいるが、クーフにも整備士は残っている。走りよってきた整備士たちに機体をまかせて、ダナはゴーグルを押し上げた。
悪くはない。機体の性能自体は悪くはないのだ。ただ扱いにくい、とは思う。
それだって、機体を乗り換えたときに感じる違和感の範囲内といってしまえばそれまでなのかもしれない。今回は通常の武器は装備することができない。ディオが発明した「あれ」だけだ。
いちいち小型戦闘機相手に「あれ」を使用するわけにもいかない。
ダナとディオは軍用艦の破壊に専念することになる。そのために、護衛として四機の戦闘機とともに出撃することが決められていた。先ほど的を投下したのは、そのうちの一機だ。
四機とうまく連携しなければ、軍用艦にたどりつく前に落とされることになるだろう。
怖い……、と思ってしまう。落とされることが、ではない。そんな強大な兵器を自らの手で使用しようとしていることが。
名前を呼ばれたのにも気づかずに、ビクトールの家の前にたどりつく。
ドアノブに手をかけたところで、上から手を重ねられた。心配そうな色を目に浮かべたフレディが見下ろしている。合った視線をダナは、ドアノブの方へと戻す。
「大丈夫か?」
「イレーヌさんは?」
「あっちで話してくるそうだ」
フレディがさしたのは、ダナの機体の方だった。イレーヌは、そばにいる整備士をつかまえて、何かたずねているようだ。
「秘密を知ろうとしてもムダよ?」
「そのくらい、イレーヌだってわかっているだろ。どっちかっていうと、整備士の方に興味があるんだろうな。アーティカは、整備士の腕も並じゃない」
いまだに手を重ねられたままなのに気がついて、ダナは強引に手を引き抜いた。
「フレディはどうするの?」
「ちょっとディオと話したら帰るつもりなんだけどな。今は邪魔できる雰囲気じゃないよなあ」
フレディは、ダナの頭に手を乗せるとイレーヌのいる方へと足を向けた。
ダナはその場でしばらく考えた後、ドアをあけた。
ディオのいる部屋はわかっている。ずんずん進んでいって、扉をたたく。
返事はなかった。
「ディオ?」
扉の前で声をあげるが、中はしんとしている。ダナは細く扉をあけて、中をのぞきこんだ。
部屋の奥に備え付けられた謎の機械は、ディオの持ち込んできた解析機だ。床の上一面に紙が散らかっている。
テーブルの上もベッドの上も紙に覆われていて、足の踏み場などどこにもない。
その中央に、ディオは胡坐をかいていた。一枚を取って眺め、頭をかいて放り出す。もう一枚を手にして、何事か書きつける。フレディの言っていたように、邪魔などできる雰囲気ではなかった。
ディオが身体をひねった。後ろにおいていた紙を取ろうとして、扉からのぞきこんでいたダナと目が合う。
「何?」
「ごめんなさい、邪魔するつもりはなかったの。フレディが帰る前に話したいって言ってたから」
「そっちに行くよ」
ひょいひょいと紙の間からわずかに残る床を踏んで、ディオは扉に到達した。
「どんな感じ?」
「実戦で使うときには連続十数回までしか使えないみたいだ。多分、回路が熱暴走しようとしているんだと思う」
研究室ではそんなことなかったんだけど、とぼやいてディオは前髪をかきあげた。
「雷神の剣も無敵じゃないってことだね」
口に出してから、しまったと思った。ダナには、研究員たちの間での呼び名などないと言っておいたのに。
「雷神の剣、ね」
ダナは口の中で繰り返した。確かに人間が扱うには、強大すぎる力だ。
「一度の出撃で撃てるのは十回までが無難ってことね?」
「気象条件によっては、もっと少なくなるかも」
「そう……」
外に出ると、フレディとイレーヌはまだ整備士と話しているようだった。
ディオは、赤と茶で塗装された戦闘機に目をやった。使われているのが引き上げたダナの戦闘機から取り出したフォースダイトだと、彼女は知っている。勝手に使ったことを、ダナは責めなかった。両親の遺してくれた物だから大切にして欲しいと言っただけ。
雷神の剣が暴走する事態だけは避けなければ。
「ディオ?」
呼ばれて顔をあげる。
「大丈夫。ビクトール様が、いい作戦考えてくれるもの。きっと」
無条件の信頼が、ディオには痛かった。




