57.雷神の剣(1)
使える時間は多くはなかった。
ディオに言われるがままに、ダナは何度も新しい機体で空を駆けた。
今までの機体と違って、フォースダイトから抽出したエネルギーをすべて機体の制御に使うことはできない。エネルギーをディオの発明した兵器に取られる分、制御が不安定になる。
ダナ自身がマグフィレット一のパイロットか否かはともかく、現在のアーティカで彼女と並ぶ者がいない事実は動かしようがない。そのダナが苦戦しているのだから、他のパイロットでは無理と判断されるのも仕方のないところだった。
さらに、通常は二人乗りの場合は後部座席の乗員が射手を担当するのだが、今回は後ろにいるのは計算要員であって、射撃もダナが担当することになる。機体をそれこそ自分の手足のように扱った上で、正確な射撃を行わなければならない。ただ新しい機体に慣れる、というだけでは足りなかった。
今日も戦闘機に乗り込んでいたダナが、クーフに戻ってくる。いつもの通り飛び降りたつもりが、よろめいて膝をついた。下で見守っていたディオがあわてて手を差し出す。
「ねえ、あの兵器のこと何て呼んでいるの?」
差し出された手に素直に捕まって、ダナは立ち上がる。
「特に名前はつけていないよ。もともとの研究とはずれたところから発生した代物だしね」
仲間内では雷神の剣と呼ばれていた。放つ光があらゆるものを破壊するその様を、神の雷にたとえて。今はそれがあまりにもおこがましいように思える。
「だいぶ慣れてきたわ。そろそろ後ろに人を乗せてもいけるかも」
膝の土を払い落としながら、ダナはディオをうながした。並んで歩きながら、ビクトールの家へと向かう。
ヘクターがいなくなった後、ダナはビクトールの家で暮らしているのだという。
ビクトールが留守にしている今、この家にいるのは二人だけだった。
「あとは僕が後ろに乗って、どこまでいけるか、だね」
ディオの方も、ただ待っているだけではない。持ち込んだ実験機を使って、何度も計算を繰り返している。
その時の気象条件を瞬時に判断して、エネルギー注入量を微妙に調整しなければ、逆流して機体が危険にさらされることになる。激しく揺さぶられる戦闘機の後部座席で、ディオが手元を狂わせでもすれば二人ともおしまいだ。
「午後……試してみる?」
手にしたゴーグルをふりまわしながら、ダナはディオに提案した。
「そうだね。明日か明後日には前線に戻りたいし」
「ディオ、誰かいる」
ダナの指した先にいたのは、見慣れた二人。
フレディが手をふっている。
全身を黒に包んだイレーヌは、さすがにロングドレスではなかったが、いたるところに宝石をきらめかせているのは変わらなかった。日焼けをしないにように巨大なパラソルの影に顔を隠している。
「二人ともなんでここに?」
イレーヌが顔の前で手をひらひらさせた。両手の指を飾る指輪がきらきらと輝く。
「おかげさまで弾薬の納品をまかされましたの。それと食料の補給も。普段は運搬だけというのは請け負わないのですけれども。次の装備変更時に期待していますわ。ついでといっては何ですが、商品も売り込んできましたの」
「俺はただのつきそい……というか野次馬か」
商品の売り込みというのは口実のようだ。
イレーヌの目は、この場所からでも見えるディオとダナの新しい機体に鋭くそそがれている。
どうせなら、とディオがカーマイン商会から購入させた機体は、外見こそ最初の機体そっくりだったものの、中の装備は最新型のものだった。
フレディはディオの研究内容を知っている。
フレディ経由でイレーヌにも伝わっているのだろう。瞳には隠しきれない興奮の色がうかんでいる。
「肩はよくなったの?」
「おかげさまで。君のためなら何度撃たれたってかまわないさ」
「それとこれとは別問題」
さりげなくフレディが肩にまわそうとした手を、ダナはぴしゃりと払い落とす。つれないなぁとつぶやいたフレディの顔を微苦笑がかすめた。
「午後からディオ乗せて飛ぶの。見ていく?」
そのダナの提案には、二人揃って頷いた。
昼食を取り、少しばかりの休憩をはさんで、ディオは飛行服に袖を通した。首元にきつくスカーフを巻いて、皮のグローブをはめる。その手を数度開いて、閉じてを繰り返した。震えて、思うように動いてくれない。震えを無理矢理におさえつける。
落ち着け。何度も自分に言い聞かせる。彼が計算を間違えれば、前線に出る前に二人とも命を落とすことになる。
ダナに尻を押し上げられて、後部座席に半分落ちるようにして入った。相変わらず一人では乗り込むことすらできない。
ベルトで座席に身体を固定する。耳の奥に自分の鼓動が響いている。ダナは平然とした様子で、ディオの前の席に滑り込んだ。
迷うことなく起動スイッチをいれ、レバーを押し上げる。
すべてのランプが正常に点灯しているのを確認して、ダナは操縦桿をひいた。
勢いよく機体が飛び出す。もう一機続いた。
「ディオ!発射のタイミングちょうだい」
ディオは目の前の計測機をにらみつけていた。機体の周囲の気象条件が、次々に表示される。
「ダナ、そっちはいけるか?」
通話装置越しに、もう一機のパイロットから通信が入った。
「ディオ、いける?」
「いつでも」
ディオの返答に、ダナはあらかじめ決めておいた合図を送った。先方の機体が上昇する。
その機体から放出されたのは、訓練用の的だった。ディオの指が制御装置の上を走り回る。
「今だ!」
「撃つわよ!」
ダナは、発射装置のスイッチを押した。他の機体ならば、機関銃の弾が発射されるはずの場所から、真っ白な光が飛び出す。
狙いは正確だった。
的に光があたったとたん、白い煙だけを残して標的は消えた。