55.戦場の空へ(1)
全ての準備を終えて、ディオは再び深夜にフェイモスの屋敷を訪れた。今回は研究所の職員を先に送っておいたため、フェイモスは居間でディオを待っていた。
フェイモスは入室したディオを見て顔をしかめた。やつれている、などという言葉ではまだぬるい。毎日数時間の睡眠を取るか取らないか。食事の時間も惜しんで、研究に没頭し続ける。そんな生活を一月近く続けていたディオは、すっかり別人のようになっていた。
ディオはフェイモスに健康のことを気遣う間さえ与えず、考えていたことを口にした。
「許せませんぞ、そんなことは」
席を勧めるより先にフェイモスは、厳しい声音でディオをさとした。
「誰かほかの技術者を送ればよろしい。時期国王がそのような……そのような危険な場所に赴くなど」
「それは宰相として?」
伸びかけた前髪の下から、ディオは叔父の顔をうかがう。
「叔父として言っているのだ!」
フェイモスの拳がテーブルをうった。あらかじめ用意されていたティーセットが、とびはねてかちゃかちゃと不愉快な音をたてる。
「この国は王を失ったばかりで……その状況下で次の国王自ら戦場へ出るなど……自分より若い親族の数を減らしてたまるか!」
宰相としての言葉と、叔父としての言葉が入り交じる。
「でも叔父上」
ディオはフェイモスを見つめた。その目に静かな決意の色をうかべて。
「あがってくる報告書では、単なる小競り合いかもしれない。出撃のたびに奪われる命の重さは、はかることなんてできないんだ。そんなの叔父上だってわかっているだろうけれど」
はじめて見た。人がその命を奪われる瞬間を。
目の前で頭を撃ち抜かれたフレディの従者。飛び散った血の色、臭い。ディオ自身が命を奪った名も知らぬ男。ごくわずかな月明かりにうかんだ驚愕の表情。倒れていくゆっくりとした動き。目に焼きついて離れない。
仮に十名。
書類の上ではたった十名でも、無慈悲に奪われた人生の重みはたった、という言葉では片づけられない。人の命が終焉を強制される瞬間を目の当たりにしてきた。王都までの旅の間に見聞きしたことが、ディオを動かした。
「終わらせたいんだ。この戦を」
「終わらせる?」
「交戦するたびに命が奪われるという事実は消しようがないから、だから、僕は」
できるだけ奪われる命が少ないように、早期の決着を。
そのために出ていく。安全な王宮に身をかくすのではなく戦場へと。
間に合わないと判断してすぐ、フォースダイトを兵器転用できるようにした戦闘機を用意することに時間を費やした。ダナの戦闘機から取り出したフォースダイトを使って。
乗員は二名必要だ。パイロットと後ろでフォースダイトから抽出するエネルギー量を制御する者と。パワーの制御に失敗すれば、機体は墜落する。その制御を確実に行えるのは、現在ディオただ一人だけ。
研究室の中ならば、他の学者たちもできないわけではない。
ただ、兵器として実際に活用するならば。気温湿度風速等、ありとあらゆる気象条件を考慮した上で、瞬時に流すエネルギー量を計算し、調整しなければならない。
それができるのは、センティアでその研究に没頭していたディオだけだった。
他にそれができた研究者たちは皆、その命を奪われている。センティアの研究所が、炎に包まれた時に。
「国を治めるのは僕じゃなくてもできる。実際、今は叔父上にすべてをおまかせしているわけだし」
「それは……」
フェイモスは言葉につまった。
思うように国を切り盛りするために、ディオが口をはさまなければいいと思っていたのは事実だった。
王位ではなく実権を。自分の上には飾りものの王がいればそれでいいと。それで長年の間うまくいっていたのだ。それを甥に悟られているとは、思ってもみなかった。自分の研究のことしか頭にないと思っていたのに。
「父の時代もそうだった。僕はそれでいいと思っている。父もあなたを信頼してまかせていたのだから」
ディオの口元に苦い笑みがうかぶ。
長年の間、お飾りの王に甘んじてきた父。使えない王とかげでそしられても、耳に届かないふりをして。それができたのは弟に絶対の信頼をよせていたからだ。
凡庸。
それを貫き通すのもある種の才能だとディオは思う。
留学する前は、想像さえしていなかった。
「でも、これの制御は僕にしかできない。だから僕は、自分で行こうと思う」
ディオの決意をフェイモスは理解した。
理解せざるをえなかった。
「危ないところには行かないように。お前までいなくなったら、エレノア殿が悲しむぞ」
瞬時に叔父の顔になって、フェイモスは承諾した。
戦場に出るのだから、危くないところなど存在しないというのに。
常に最前線にいては、兵士たちの消耗も激しくなる。
アーティカの部隊が合流してから、順番に後方へとしりぞいて休息の時をとるようになった。
最後に合流したアーティカは、現在最前線で警戒にあたっている。
「フォースダイト搭載していない機体って、不便よね」
ルッツの隣にしゃがみこんで、機体の整備を手伝いながらダナは不満の声をもらした。
「君が恵まれすぎだったんだろ?普通フォースダイト搭載した機体は、団長とか副団長くらいにしかいかないんだからさ」
「両親の機体を受け継いだんだからいいじゃない」
あの時はああするしかないと思ったから、迷わず海に沈めてきたが、両親から受け継いだ機体を、海に残しておくのは心が痛い。
アーティカに戻ればすぐに引き上げられると思ったのだが、事態はダナの予想をはるかに越えた速度で変化していた。
結局、機体を引き上げてほしいとビクトールに言うのもはばかられて、そのまま戦場まで来てしまった。
工具片手に機体の下にもぐりこみながら、ダナは続ける。
「ほんと、動きが悪くてイヤになっちゃうわ。どこかでフォースダイト調達してくるっていうのどう?」
「空賊にでもなる?」
「それもいいかも。フォースダイトよこせって、銃をふりまわすの」
ルッツの提案に、けたけたと笑いながらねじをしめていると、
「それは困るぞ」
新しく加わった声に、ダナは機体の下からはいだした。
腕を組んでビクトールが見下ろしている。
「その機体は予備機に回す。ダナはこっちに来い」
呼ばれてダナはビクトールに続いた。
船団の後方にはクーフとトーラス、それに他の傭兵団の持つ飛行島が二島ひかえていた。
クーフへと小型機で移動する。ビクトールは足早に島の中にある自分の家へと進みながら、ダナに言った。