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空をなくしたその先に  作者: 雨宮れん
空をなくしたその先に
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54.せまりくる足音(2)

ディオは政治向きのことはすべてフェイモスにまかせ、自分は研究室に閉じこもっていた。集められた学者たちとともに一日の大半を研究室で過ごし、寝食は完全に忘れ去っていて時にはそのまま徹夜での作業になることもある。


「面会の方がいらしていますが」

そうディオが告げられたのは、一息入れて昼食にしようかと手をとめた時だった。

徹夜明けの上、昨日の夜から何も口にしていなかった。追い返してもよかったのだが、会いにくる人間に心当たりなどない。

首をかしげながらディオは応接室に入った。腰かけていた相手が、扉の開く音と同時に立ち上がる。

「ダナ……」

名前を呼んだきり、あとを続けることができない。最後に会ったのは一月ほど前か。会ったと言うより目があったというだけ。ディオが王宮の階段をのぼっていたあの時。あれが最後だった。

「ひさしぶりね。ちゃんと食べてる?」

右手を差し出しながらダナは言った。

「食べているよ。どうしてここに僕がいるってわかったの?」

嘘をはきながら、ディオはダナの手をとった。

「あちこち聞き回って……最終的にビクトール様にお願いして」

「そう……」

最後に顔を見たときには、わずかに残っていた擦り傷のあとも今はすっかり消えている。首に残されていた指のあともなくなっていた。

以前はシャツ一枚だったのが、秋らしい深い色のジャケットを重ねて着ている。スカートではなく、パンツに膝丈のブーツを合わせているのは、初めて会った時と変わらなかった。

ためらいがちにダナは口を開いた。


「こんなところにいるなんて……あの研究……続けているの?」

「……うん」

その返答に、彼女は目をふせる。

「……ディオ」

「なに?」

「……あたしたちから……空を……奪わないで」

唇をかみしめながら、一言一言区切るようにダナは言った。

「そんなことにはならないよ。約束する」

「……ありがと」

どこか無理をしているような笑顔に、ディオはとまどった。

「あたしね、明日出発なの」

「……出発……?」

「アーティカにも出撃命令が出たから」

何でもないことのようにダナは笑顔のままだ。ディオは頭を殴られたような衝撃を覚えた。戦争になれば、彼女は戦場に行く。わかっていたはずなのに。


「ちゃんとさよなら言ってなかったから。行く前に言っておこうと思って」

どうして……彼女は笑顔を作ることができるのだろう。少し無理をした笑顔だとしても、これから彼女が向かう先は、生と死が交錯する場所なのに。

「ダナ」

名前を呼んだディオにかまうことなく、彼女は早口に続ける。

「もう行かなきゃ。今日が最後の休日なの。これからルッツと待ち合わせして、ご飯食べに行って、甘いもの食べに行って、もう一軒甘いもの食べに行って、それから……」

ダナの言葉が途切れた。

「さよならなんていやだよ」

彼女の腕を掴んで引き寄せて、自分の腕の中におさめながらディオはうめく。自分が泣き言を口にしているのはわかっていた。

「ディオ」

なだめるようにダナの手が背中に回される。背骨にそって、優しくディオの背中をなでた。旅の間何度もしてくれたしたように。


「さよなら、よ。無事に戻ってきたってもう会う機会なんてないでしょ」

空へ戻ることができないかもしれない。そう言っていたのに、彼女は戻ろうとしている。

戦いの空へと。

「あたしがせめて副官くらいの地位だったらよかったのにね。サラ様はしょっちゅう王宮に行ってたもの」

冗談めかしてサラの名を口にして、ダナはディオの腕をほどいた。

二人の間にある壁は高くて厚い。乗り越えることなんて想像さえできないほどに。旅の間は忘れていた身分差を今痛感させられている。

わかっていたのに、旅の間は目をそらしていた事実。せめて、もう少し身分が高かったら。王子などでなかったら。旅の間に結んだ絆をほどく必要なんてないのに。


「僕が会いに行く。だから」

不可能なことを口にしているとわかっている。即位したら勝手に王宮を抜け出すことなんてできない。それが理解できないほど、二人とも幼いわけではない。

「……またね、て言えばいい?」

「……そう言ってほしい」

またね、ディオの耳にささやかれた言葉は、心の奥底までしみこんだ。

「王都での休日なんて初めて。おいしいものたくさん食べておかないとね」

とびつくようにしてディオの頬に唇をあてて、彼女は勢いよく飛び出していく。鮮烈な赤い色だけがあとに残された。


ダナが研究所を訪れてから一週間後。ついにマグフィレット軍とアリビデイル軍は空で激突した。

焦るディオをよそに、戦局はかんばしくなかった。センティア王国は国境を突破され、じりじりと王都へと侵攻を許している。

フェイモスは援軍を送ることを考えたが、陸路で経由しなければならない国の了承を得ることができず、空での勝利だけが状況を打破する手段だった。


その空も。正規軍の軍用艦の数において、アリビデイル王国はマグフィレットを上回っていた。

おまけに金に糸目をつけず、当初予想されていた以上の傭兵部隊を集めている。

敗北は確実なように見えた。状況が悪くなれば、傭兵部隊などあてにはならない。

契約の解除を申し出る部隊が続出し、多額の報奨金でなんとかとどめている有様だった。


研究室でもなかなか成果はあがらなかった。

設備が整い、技術者研究者のそろったセンティア王国でも、完成には数年かかるといわれていた研究だ。

人も設備もないディオの研究室などでは、短期間での完成は無理な話だった。

だんだんと戦火の足音が、ティレントへと近づいてくる。

それをとめられるのは、ディオだけだった。


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