47.ビクトールとの再会(1)
何度も転びながら、ルッツの指示した方向へディオは走り続けた。
傷つけられた体中が痛む。蹴りは容赦なく顔にも入っていた。腫れた瞼が視野を狭くする。
追っ手のことなど考えている余裕はなかった。
アーティカの部隊に合流する。ディオの頭を支配しているのはそれだけだった。例外は、銃を落とさないようにと手を必死に握り締めておくことだけ。
エンジン音を聞きつけてディオは足をとめた。ルッツの言っていた別動部隊だろうか。
アーティカの兵士か否かを確認することなどまったく思いつかないまま、近づいてくるライトの方へと歩いていく。
やってきたのは五台。途中で戦闘があったのか、そのうち一台は破損していた。
ディオの目の前で、車はとまった。
「殿下!」
先頭の自動車から飛び降りたビクトールは、確かにディオをそう呼んだ。
「遅くなって申し訳ありません。お怪我……」
怪我の程度を確認しようとして、ビクトールは口を閉じた。
王族への最大限の礼をもってひざをついて見上げれば、自動車のライトでさえ確認できる明らかに暴行を加えられたあと。
ディオは、ビクトールを立たせながら言った。
「それよりダナたちが、敵をひきつけてくれているんだ。彼女たちを頼むよ」
「わかりました。殿下はこのまま安全圏へ」
ビクトールは部下を呼び寄せて、ディオを避難させようとする。ディオは首を横にふった。
「嫌だ」
即座に返したのは否の答え。
「しかし……」
「僕の従兄もいるんだ。迎えに行かなくちゃ」
「……わかりました」
ビクトールの決断に時間はかからなかった。
ここでぐずぐずしている暇はない。
「お連れしましょう。ただし車からはお出にならないように」
ディオはビクトールとともに先頭の車に乗り込んだ。後部座席のディオは、両脇を屈強な兵士にかためられている。
ディオは、助手席のビクトールに自分がやってきた道をつかえながら説明した。
あの銃声の応報の中、皆無事だろうか。膝の上に置いた手を握り締める。
がたがたととびあがりながら、車は猛スピードで走る。
不意に衝撃が車を襲い、ついでとまった。
後に続いていた四台もハンドルを切ったり、ブレーキをふんだり、なんとかぶつからずに全ての車が停止することに成功する。
「どうした?」
「すみません。人間をはねたようです」
運転していた男があわてて車をおりていく。
「何でこんなところをうろうろしているんだよ」
毒づきながらビクトールが続いた。数分も立たないうちに戻ってくる。
「胸を撃ち抜かれた男の死体だった。ダナたちはこの近くに?」
前半は部下たちに、後半はディオにあてた言葉。
「いや……もう少し行ったところ。今ひいた死体は……たぶん、僕が」
最後まで続けることはできなかった。
殺した、という言葉を口にすることそのものが恐ろしい。まだ手にこびりついたままの血のあとが、降り注いできた血の生暖かさを思い出させた。
痛ましそうな視線をディオに投げかけると、ビクトールは無造作な口調で前進再開を命令した。
逃げている時はずいぶん長い間走ったと思ったのに、ディオが皆を残してきたところはそこからさほど遠くなかった。
ごくわずかな光がちらちらとしている。
ビクトールが最初に飛び降りた。
続こうとするディオを、両脇を固めた兵士が押さえつけた。
ダナが近づいてくる男に気がついたのは、その直後だった。
フレディの手当をするために、ほんの少しだけつけた明かりを見つけられたかとどきりとする。
「誰かくる。動かないで」
応急手当を終えたフレディを地面に横にならせておいて、ダナは銃を確認した。
残りの弾の数はそれほど多くない。敵の数を確認しようと、全神経を集中させる。
「俺、弾切れ。ダナは残ってる?」
「これでおしまい」
最後の弾薬をルッツに放って、ダナは膝をついた。
習い覚えた通りの体勢で、銃を構える。
「撃つな、俺だ」
聞きなれた声がした。何年もの間、その声を聞いてきた。
一度に緊張が解けた。
「だ……団長!……ビクトール様!」
飛び込んだ胸は大きくて温かかった。子供の頃いつもしていたように、しがみついて顔を埋める。
「頑張ったな。王子は無事だぞ」
頭をなでる大きな手。子どもの頃から変わらない大きさに、安心しきって涙がこぼれた。
「本当にすまなかった。まさかサラが情報を流していたとは、思わなかったんだよ」
続くビクトールの言葉にただ首を横にふる。王都にはまだたどりついていないが、帰るべき場所にたどりついたような気がした。
迎えの車に分乗して、一行はビクトールたちが兵舎として借り上げた宿へと向かった。
アーティカにも医師はいるが、クーフで先日の戦闘の後始末に追われているため、今回は同行していない。
近くに住む医師が、ビクトールの要請で宿で待機させられていた。到着と同時にフレディは医師のもとへと運ばれていく。ディオももう一人の医師に引き合わされた。
ダナとルッツはかすり傷程度でたいした怪我ではなかったから、そのままそれぞれ割り当てられた部屋へと入り、体についた泥を落とす。
明るいところで確認してみれば、ディオの傷もかなりひどかった。医師が顔をしかめる。
「顔の方は一週間ほどかかるでしょう」
傷口にしみる消毒液を塗りながら、医師は言った。
「お身体の方は大丈夫でしょう。折れている骨もありませんし、内蔵も傷ついてはいないようです」
宿に入ってからはダナは、姿を見せなかった。
ルッツも自分の部屋から出てくる気配はなく、通された部屋でディオは一人ぽつんとしていた。