45.初めての死闘(1)
ダナの放った弾は、相手には命中しなかった。相手からも返礼とばかりに、弾が返ってくる。これも外れて、車が通過したあとの地面がえぐれ、飛び散った。
「ねえ、ディオを殺したいんだと思う?捕まえたいんだと思う?」
ダナの問いには誰も答えない。
ハンドルの上にかぶさるほど前のめりの姿勢になったルッツは、険しい顔で前を見つめている。もう一度弾を装填して、ダナは耳をすませた。風が髪を乱す。引き金にかける指に力をこめた。
発射!今度は命中し、一台の車が横転して炎をあげる。
反動で上体が後ろへと反り返る。それをこらえようとして膝に力が入った。
「痛いんだけど!」
ひざでぐりぐりと背中を押されてディオは、情けない声をあげた。
「ルッツ!」
「何だよ!」
前を見据えたまま、ルッツは叫び返す。
「あと二台ってとこだと思う?」
「そんなもん!」
すぐ後ろの地面が爆発する。衝撃で車の後部が飛び上がった。
体勢を崩したダナが後部座席と前部座席の間に滑り落ちた。
背中の圧力がなくなったディオは、身体を起こそうとする。もう一度引き倒された。
「頭あげないの!だから押さえつけてたのに!」
ディオをもう一度ひざの下に押し込んで、ダナは後方を睨みつける。
「うーん、思ってたよりやばいかなあ。一応別部隊と連絡は取ってるけど、到着までもう少しかかりそうなんだよね」
運転席のメーターを眺めながら、ルッツがうめいた。
「ビクトールか?」
この闇の中では相手に見えてはいないだろうが、ルッツはフレディに情けない笑顔を向けた。
「うん。俺戦闘の役には立たないからなあ。ただの整備士だし。ダナ頼むよ?」
先日の戦闘で相当の被害を出したアーティカの方も手が足りない。普段ならルッツがこんなところにかり出されることなど、ないはずなのだ。
「追いつかれないように頑張ってよね。追いつかれたらあたしだって役に立たないわよ?」
こちらは自嘲気味な笑みを浮かべて、ダナは慎重に気配をさぐる。
発砲すればこちらの位置を知られることになる。外すわけにはいかない。
機会を逃さず、引き金を引く。
ただそれだけだ。
聞こえてくるのはエンジン音だけではない。遠くで獣が鳴く声がする。木の葉がざわざわという。夜の世界も無音というわけではない。
聞こえてくる音の中から、必要なものだけをすくいあげる。
耳をすませて……すませて、引き金を、引く。爆発音とともに、敵の車が横転する。
「あと一台!」
「よくやった!」
代償は、向こうからの弾。狙いをそらそうとルッツは、ハンドルを切る。
「しま……!」
ルッツの声が終わるより先に、車が横倒しになった。
横倒しになった車は、砂利を巻き上げながら地面を滑っていく。ダナが転がり落ちた。滑り続けていた車は、何かにぶつかって横になったまま止まった。
「車から出るんだ。早く!」
低いフレディの声にせかされて、ディオは車の外に這って出た。
「いったぁ……」
横滑りしている車から転がり落ちたダナは、したたかに背中を打ち付けていた。この状況でも大砲を手放さなかったのは、自分をほめてやりたいと思う。装填中だったから、捕まる余裕がなかったのだ。奇跡的にどこも骨折していないようだし、頭も打っていない。
「ダナ!」
慎重に起き上がろうとした瞬間、地面に押し倒された。
銃声とどちらが先だったのか。上に被さっているのがフレディだと気づいて、ダナはとまどった。
頬に落ちるあたたかい液体。
「フレディ?」
頬に落ちたこれが何か知っている。怪我をしていなければこれが落ちてくるはずなどない。
「いいから撃て!」
言われるがままに、ダナは地面に背中をつけたままずり上がってフレディの下から脱出した。そしてわずかに上体を持ち上げる。
こちらに向かってくる重い足音。
車の音がしないということは、どこかにとめてきたのか。
足音の発生源に向かって撃つ。人影が宙を舞うのがちらりと確認できた。もう弾は残っていない。
大砲を放り出して、低い姿勢のままフレディのところへ戻る。
「どこやられたの?」
「左肩だ。ディオを頼む」
肩をかばいながら、フレディは右手に銃を握る。
「わかった……ありがと」
「そう思うならあとでキスしてくれればいいさ」
「こんな時でも口は減らないのね」
ダナも腰に手をやり、銃を取り出す。車には他にも何人か乗っているはずだ。こうなったら、近づかれる前に何とかするしかない。
闇の中気配を探る。
手のひらにかいた汗で、銃が滑り落ちそうになる。それを押さえ込んで、ダナは目をこらした。なんとしてもディオだけは逃がさなくては。
ディオは頭をふりながら、車に寄りかかるようにして座った。
「一応俺も銃は持っているんだけどね」
気がついたらすぐ隣にルッツがいた。同じように車に背をつけている彼の手には銃。
「動かない的にも当たったためしがないんだよなあ」
ぼやきながらも、彼の目は鋭く暗闇を見据えている。
慌ててディオも銃を抜いた。
弾は装填してある。使い方は知っている。ただ、撃てばいい。けれどいつ、どうやって撃つ機会をはかればいいのだろう。
静かなダナの声が、ディオを現実に引き戻した。
「フレディが怪我したの。戦力外だと思って」
「俺最初から戦力外なんだけど?」
緊張をほぐしたいのか、わざとらしく語尾をあげながらしゃべるルッツにダナが噛み付いた。
「あたしだって戦力外よ!」
「そこの二人喧嘩しない。俺も引き金引くくらいならなんとかなるさ」
軽口をたたいている間に三人は、ディオを背にかばうように陣形を整えていた。
「ディオ君。俺が走れと言ったら全力で走れ。あっちの方向からビクトール様たちが来るはずだから。ちょっと遅れてるけどね」
ルッツがしめす方向には何もない。
それより。三人をおいて逃げろということか?ディオが迷っていると、ダナが続けた。
「あんたがここにいたら、あたしたちも思いきり無茶できないでしょ。離れていてくれた方がいい」
「僕だって戦えるよ!」
思わず口をついて出た言葉。守られるのはしかたない。かばわれるのも当然かもしれない。
けれど。この場に三人を残して、自分だけ逃げるなんてできない。
そう思っているのは、ディオだけのようだった。
「ディオ。今お前が捕まったり殺されたりするのが一番困るんだよ。そのくらいわかっているだろう?」
フレディが、銃を持った方の手でディオの肩を叩いた。負傷している左手は、あげることすらできないから。
銃を持たせたくせに。ナイフだって渡したくせに。
フレディの言葉に、反論しようと口を開きかけた時だった。
耳元を熱い何かが走り抜ける。どろりとしたものが肩に滴り落ちた。
弾が耳をかすめたのだと理解するまで数秒かかった。痛いというより熱い。じんじんとする耳。
胃袋をぎゅっと捕まれたように感じた。
「走れ!」
ルッツの声に、考える間もなく身体が動いた。右手に銃を握ったまま、勢いよく走り出す。
後ろの方では、銃声の応報が始まっていた。