4.アーティカの軍用艦(2)
「次はこっち」
もう一つの船内への入り口から、ディオを呼ぶ。問いを重ねることをあきらめて、ディオはダナの後を追う。階段をおりたところで、厨房からだろうか。温かそうなスープの香りがただよってきて、ディオの腹の虫が鳴いた。
「夕食まだだった?」
うなずいて返せば、ダナは慌ててディオを食堂へとひっぱっていく。並んだテーブルの一つにディオを座らせておいて、彼女は厨房へとかけこんだ。
「あんたが『お宝』か」
柄の悪そうないかにも傭兵的な雰囲気をまとった男に声をかけられて、ディオの背筋が凍りついた。助けをもとめて左右を見回してみても、食堂にいるのは彼と彼の連れだけだった。
「おい、ジョナ。あまり怖がらせるなよ」
連れの男が、苦笑混じりに声をかけてきた男をたしなめる。
「お前は顔が怖いんだから、子どもの相手は不向きだぞ」
「子どもって……もうすぐ十九になるんだけど」
子ども扱いされてかちんとくる。童顔なのも小柄なのも彼のせいではない。思わずいい返したディオにジョナと呼ばれた男は手をふって謝った。
「悪い、悪い。子ども扱いする気はなかったんだ。短い時間だろうが、楽しんでいってくれ。うちのコック、腕はいいからな」
そう言いながらも、ジョナはディオをじろじろと眺め回した。
「……あんたが普段食っているものほど、上等ではないだろうがさ」
と最後につけ加えたところからして、着ていたものから値踏みしたということか。偽名で旅をしているとはいえ、メレディアーナ号のような空の客船に乗る以上それなりな格好をするのは当然だ。ましてや、その中でも上のクラスの部屋を取っていたのだから。
空賊の襲撃さえなければ、今頃はメレディアーナ号の食堂できちんとした晩餐をとっていただろうに。傭兵団の軍用艦で、夕食をとることになるとは思っても見なかった。味の方は期待できないだろう。美食家だと自分のことを思ったことはないが、どうせ食べるならおいしいものの方がいい。
ダナが戻ってきたのはジョナたちが食堂を出ていってから数分後だった。トレイの上には野菜のスープ、オムレツとパンが並んでいた。コーヒーのカップだけは二つ載っている。
「ごめんね、ろくな物残ってなくて。いそいでコックに作らせたんだけど。呼びに行ったはずのルッツは何してたのかしら」
「僕、寝てたみたいで」
「あらそうなの」
トレイをディオの前に置いて、ダナは向かいの椅子をひいた。コーヒーカップの一つを自分の前において、残りをディオにすすめる。
「どうぞ」
どうぞと言われても。頬杖ついて食べるところを見守られていたのでは居心地が悪い。確かに温かなスープもオムレツも期待していたより味はよかったのだが、味わう余裕なんてなかった。流し込むようにして、食堂を後にする。
食堂を出てからは、格納庫に砲門、武器庫に弾薬庫、居住区とダナはディオを連れ回した。
話には聞いていたが、実際に軍用艦に乗るのは初めてだった。
「あとは、後方の格納庫だけかな?あたしとビクトール様の機体だけそっちに置いてあるの」
最後に案内されたのは、さきほど着艦した船体後方だった。誰もいないのか、格納庫の中は真っ暗だった。ダナがスイッチを入れると柔らかな光が格納庫の中を照らしだす。
二機の戦闘機が並んでいた。赤と茶で塗装されているのが、ディオが乗ってきたダナの戦闘機。黒一色なのが、ビクトールの戦闘機だった。二機を見比べて、初めてディオは気がついた。
ビクトールの機は、一人分しか席がない。
「ダナ。君の戦闘機って二人乗りなの?」
「本来はね」
自分の戦闘機を見つめながら、ダナは続けた。
「前の席がパイロット。後ろの席は射撃担当ね」
「あれ、でも……」
救出に来てくれたあの時。確かにダナは追ってきた二機を、撃墜していた。
「パイロットの席からも攻撃できないわけじゃないの。そっちに集中力を取られちゃうから、分業できるならやらないけど。あんたじゃ乗ってるだけで精一杯でしょ」
「そりゃそうだけど」
ダナの言っていることは正しいのだが、そうぽんぽん言われては面白くない。
乗っているだけで精一杯と言われても、戦闘機に乗ること自体生まれて初めてだ。それ以上のことは期待しないでほしい。
「あたしも、もう後ろに人を乗せるつもりはなかったんだけどな……」
つぶやいた声は小さかった。一瞬その背中が小さく見えて、ディオは思わず手をのばしかけた。意味ありげな言葉の理由を問いただそうとした時、ダナは勢いよくふりかえった。
慌てて伸ばしかけた手で前髪を直すふりをする。
「さっきは、ごめんね。怖かったでしょう。ビクトール様にも叱られちゃった」
「怖くなかったと言ったら、嘘になるけど……でも、あそこで撃墜しなかったら逃げられなかったんだろう?」
「あたしはそう思ったんだけど。パイロットの席からじゃ攻撃力は十分じゃないし……。あたしの任務は、敵を全滅させることじゃなくて、あんたを無事にフォルーシャ号に連れてくることだから」
そういえば、とようやくディオは思い出した。
「メレディアーナ号に乗っていた人たちって……」
「乗客は仲間が全員救出した。けが人は出たみたいだけど。船もなんとか近くの港まで運ぶことができたって」
「よかった」
ディオは胸をなでおろした。どこから話がもれたのかまではわからないが、空賊たちの目当てが自分だったということは間違いがない。自分のせいで死亡者が出たとしたら後味が悪いことこのうえない。その場所を最後にディオはルッツの部屋へと送り届けられた。
ルッツ本人はどこに行ったのかというと、船の機関室でトラブルが発生したとかでそちらにかかりきりになっているらしい。危険だという理由で、機関室までは案内してもらえなかった。
「ダナ」
部屋の扉に手をかけてディオは言った。心からの感謝をこめて。
「助けに来てくれてありがとう」
「任務だから」
そう口では言いながらも、彼女は笑みを返してくれた。暗い廊下が、一気に明るさを増したように感じられたほど明るい笑みを。