36.死を商う女(2)
「さあ、どうぞ」
「……でも」
いくら何でも砂糖四個は多すぎる。ためらうディオにイレーヌは重ねて言った。
「子どもは大人の言うことを聞くものですわ。今のあなたにはこれが必要なのだから、お飲みなさいな」
口には出さなかったが、子どもではないとディオの目に浮かんだ抗議の色をイレーヌは見逃さず、ころころと笑ってつけたした。
「私の年齢を聞けば納得なさる?四十はとっくにこえていますのよ」
さらりと自分の年齢にふれる彼女に驚かされた。今までディオの周囲にいた女性は、皆成人したら年のことには触れないようにしていたから。
「俺には入れてくれないのか」
砂糖の入っていないカップを渡されて、フレディが不満の声をもらした。
「ご自分でどうぞ」
自分の分には砂糖を一つだけ入れて、イレーヌはソーサーごとカップを手に取った。つられるようにディオもカップを手にした。受け取った以上、口をつけないのは失礼だとカップを口まで持っていく。
用心深く一口すすった。大人の言うことは聞いておくものらしい。ほっと息をついて、改めてイレーヌを見ると、クッキーに手を伸ばしているところだった。
目元だけで微笑みかけられて、思わず目をそらす。頬に血がのぼるのがわかった。
不思議な女性だ。こうして過ごしていると、大量の武器を売り買いしている人間とは思えない。王宮の一室に座っていてもおかしくないほど、気品が備わっているようにも見える。
「迷惑かけたな」
「いつものことでしょう?」
フレディを見る彼女の目は優しかった。
「診断の結果にもよるでしょうけれど、あの子は、数日は安静にしていた方がいいのではないかしら。先に坊やだけ送るように手配いたしましょうか?」
「そうだな」
思慮深げにフレディはディオを見る。
「だめだよ」
ディオはカップを置いた。
「二人でって約束したんだ。彼女を置いては行けない」
あの戦火の中、二人を空へと送り出してくれたビクトールに。通りすがりの二人に、黙って手を貸してくれたミーナ、グレン、ニースの三人に。足をひっぱることしかできていないけれど。それでも、確かに約束をしてきた。
その約束を先に破ったのは、ディオだけれど。
取り返しのつかない事態から、紙一重の差で逃れることができた今だからこそ、その約束を破るわけにはいかない。
「特別列車を仕立てるという手もあるのだけれど……」
イレーヌが二杯目のお茶を注いだ。形のいい指を顎に当てて考え込む。
「私も一緒に行くというのはどうかしら?」
「行ってどうする?」
「警護に私の兵を連れていけるでしょう?今から人を捜したのでは時間がかかりすぎるし、どこの手の者が紛れ込むかわかりませんもの」
ディオは、目で二人を追いながら黙って聞いていた。
「今家に仕えている者は、五年以上雇っている者ばかりだから信用できますし。私と貴方の関係をのぞけば、私とマグフィレット王国にはつながりはありませんし。彼をねらってる人間が五年も前から、家にもぐりこんでいる可能性もまずないでしょう?」
「それなら兵だけ貸してくれればいい」
「それはできませんわ。兵を貸してしまったら、私を守ってくれるものがいなくなってしまいますもの。いくらこの屋敷の警備が厳重とはいえ、最後に信用できるのは人間ですわ」
爪を綺麗に塗った手を伸ばして、イレーヌは一口サイズのケーキを取る。節制という言葉とは無縁な生活を送っていてどうして体形を保っていられるのかわからない。彼女は唇に塗った紅が剥げないように、慎重にケーキをかじった。
「しかしだな、わざわざこの家を出てティレントまで行く必要があるのか?」
「何もないのに同行するほどお人好しではありませんわ。売り込みたい新種の大砲があるというだけのこと。今のところ、マグフィレットの正規の部隊は、うちの商品は使用してくれていませんもの。これは、私にとってもいい機会でもあるということですわ」
ケーキを飲み込んで、イレーヌは手を胸の前で組み合わせると満足そうな表情をうかべて、背もたれに寄りかかった。ディオの方に妖艶な流し目をくれて、どきりとする台詞をはく。
「お口添え、いただけるのでしょう。殿下?」
とまどったディオが口をもごもごさせていると、フレディはあきらめたようにため息をついた。
「こいつの正体そんなにばればれか?」
「そうでもないのではないかしら?ねらっている連中も、上役はともかく下っ端には、ただの学生で通しているみたいですし。一国の王子を殺害したとなれば大問題ですものね。ただの学生ならいくらでもいいわけはきくでしょうけれど」
「あんたの情報網はどうなっているんだ」
首をふるフレディの腕に手をかけて、イレーヌは婉然と微笑んでみせた。
「どの商売でもそうだけれど、特にこの商売は情報が命。どことどこが戦争になるのかわからなければ、効率的に武器を売り込むことなんてできませんもの」
「たまには自ら火種を起こしたりするんだろ?」
「ないとも言いきれませんわ」
イレーヌの姿は、まさしく死を扱うにふさわしい言いしれぬ迫力に満ちていた。