3.アーティカの軍用艦(1)
いつの間にか眠り込んでいたようだ。ディオが気がついた時には、外は真っ暗だった。小さな窓に顔を押しつけるようにして外をのぞく。
視界は全て真っ暗だった。どこへ連れていくつもりなのだろう。
いまさらながら不安になってくる。
あまりにもタイミングよくやってきた救出の手。ディオの持つこの研究成果を、アーティカもねらっていたのだとしたら?
「あー、やっと起きたね。ビクトール様が会いたいって言ってるんだけど。さっき来た時、よく寝てたから起こさなかったんだ」
ノックもなしにドアがあいて、部屋の主が顔を出した。
「ビクトール?」
「うん。こんなところに説明もなし連れてこられて、君も不安だろうからって。ダナは……
まあ、俺もそうなんだけど。詳しいことは何も聞かされちゃいないし、説明してあげられないからね」
ビクトールとは、宮廷で何度か顔を会わせたことがある。あの時はいい人間のように見えていたのだが……。イヤだと言うわけにもいかず、ルッツに続いて部屋を出る。
改めて見るとメレディアーナ号にくらべてフォルーシャ号の廊下はかなり狭い。あちらは優雅にふくらませたドレスをまとった女性が歩くということもあり、廊下の幅も広めにとられている。
こちらは二人すれ違うのがやっと、というだけの広さしかない。長い廊下を通り抜ける間、誰にも会わなかった。他のドアよりほんの少しだけ立派なドアの前にたどり着く。
ルッツはドアをノックした。
「鍵はかかってねーぞ」
中から聞き覚えのある声が返ってくる。宮廷で何度も聞いたことのある声。
「ビクトール様、ディオ君連れてきました。俺はこれで」
部屋にディオを押し込んで、ルッツはさっさと退室した。見回した部屋の中は、ルッツの部屋よりは多少広かった。違いはそれだけでルッツの部屋同様、そこに快適さはまるでなかった。部屋のはじにベッド、テーブルが一つ、それに向かうようにおかれた椅子が二つ。それに小さな本棚が一つ。部屋の中にあるのはそれだけだった。壁には大きな地図がかけられている。
「はじめまして、だよな」
椅子に腰かけたまま、人の良さそうな笑みを浮かべたのがビクトールだった。二十代後半から四十代、どの年齢と言われても信じてしまいそうだが、その物腰からして四十代の方が近そうだ。
体格はよく、数百人にも及ぶ傭兵団を率いる団長としての自信がその場にいるだけで伝わってくる。美男子とは言いがたいが、妙に女性を引きつける引力のようなものは持ち合わせているらしい。女性たちが彼の気を引こうと、周りを取り囲んでいるのを何度も見たことがある。
「はじめまして」
王子として接するか、ディオとして接するか。判断に迷う必要はなかった。彼の方からはじめましてと言ってくれたのだから。
「悪かったなあ。ダナには逃げることに専念しろ、と言っといたんだが。怖かったろ?」
「……怖かったと言えば、怖かったけど」
「ま、あいつは叱っておいたから。とにかくこうしてここに無事についてくれてよかった、ってことだ」
彼はテーブルの上におかれていた瓶から中身を二つのグラスに注ぐと、一つをディオに手渡した。
「とりあえず飲もうか」
「いただきます」
「不安だろうから先に話しておく」
グラスから一口飲んで、ビクトールは話し始めた。
「あんたの正体を知っているのは、この中では俺だけだ。サラもあんたと顔を合わせた事があるが、あいつは今別の任務についているからな。だからここでは、ディオ・ヴィレッタとして扱わせてもらう」
ビクトールは続けた。国王から密かに依頼を受け、メレディアーナ号を密かに護衛していたこと。これから、ディオを王都まで連れていくつもりであること。ディオの持っているセンティアでの研究成果が、何であるか知っているということまで。
「俺としては、賛成できんがな。あまりにも危険な研究だろ?下手したら、世界中を敵に回すことになる」
「……空賊には有効だと思うけど」
「俺たちみたいな空戦部隊にも有効だよな」
「……」
「まあ、契約を結んでいる以上主には従わなければならないからな。あんたは無事に王都まで送り届けるさ。今夜はこのまま俺たちの本拠地に向かうが、補給をすませて明日の朝には出発する」
ビクトールは、グラスの残りを一気にあけた。
「帰ったら親父さんに伝えてやってくれ。
研究成果を悪用しようとしたら、俺たちはいつでも反旗を翻すとな」
「わかった」
話を終えると、ビクトールは通話装置を開いた。
「誰か坊やを迎えに来てくれ」
「了解!」
すぐにドアがノックされた。今度顔を出したのは、ダナだった。戦闘機を降りた今は、飛行服は着ていない。白のシャツに、茶のパンツを合わせていた。足元は同じく茶の編み上げブーツだった。
「ダナか。話は終わったから、坊やを部屋まで連れていってやってくれ」
「わかりました」
ダナは、ディオをうながした。
ディオが退室しようとすると、後からビクトールの声がおいかけてきた。
「艦内を案内してやってもいいぞ。こんな船に乗る機会なんてそうそうないだろうからな」
肩越しにふりかえってみると、ディオのことなど忘れたように、ビクトールは新しい酒をグラスに注いでいた。音がしないよう、静かにドアを閉めてダナは口を開いた。
「どうするの?艦内見てまわる?」
「……お願いしてもいいかな?」
肩をすくめて、ダナは先に立って歩き始める。右手を軽くふったのをついてこいという合図だと解釈して、ディオも続く。
最初に案内されたのは甲板だった。メレディアーナ号のそれとは違って、殺風景だ。甲板は殺風景だったが、空は違った。まさしく落ちてきそうな、という表現があてはまる。これほどの星が、夜空にあるのだとは知らなかった。
「ちょっとすごいでしょ」
得意げな顔で、ダナは胸を張る。
「すごいね」
「あたし……。最近まで地上にいたんだけど、この空が恋しかった」
「地上にいた、て……?」
ディオの質問は聞こえなかったふりをして、ダナは急いで甲板をつっきった。