28.告白(2)
ディオははじかれるように立ち上がった。
シャワーに行く前、ベッドの上に放り投げた上着の内ポケット。薄い封筒を引っ張り出す。
「これは」
封筒をダナにつきだして、言葉が止まった。わかっている。ほぼ確実に原因は、この研究だ。あの研究所で、価値があるものと言えばこれしかない。
「ダナ、僕が持っているこれは……」
手の中で封筒がくしゃりとなった。そのままディオは腰を落とす。その勢いに、安物のベッドが悲鳴をあげた。
「それはいったい何なの?」
テーブルを挟んで、部屋の向こう側からダナは問う。
「フォースダイトを兵器利用するための研究成果」
ディオは一気に吐き出した。ダナの目が丸くなる。
「フォースダイトの、兵器利用?」
言い訳めいた口調で、ディオは続けた。
「最初は違ったんだ。今よりももっとフォースダイトを効率よく利用できないかって、そういう研究をしていたんだ。今の半分の大きさですめば、単純計算で船の数は倍にできるし、船内でフォースダイトを置いてある空間を、他の目的で使うことだってできる」
「どうしてそれが、兵器に転用されるのよ」
「偶然の産物」
言葉にしてみて、ディオの口元が歪んだ。最初は純粋な研究のはずだったのに、気がつけば全く違う目的に転用されようとしている。
「フォースダイトにあるエネルギーを与えてやると、特殊な光線を発することがわかったんだ。破壊力抜群の、ね。それだけじゃない。フォースダイトに対してはその破壊力が何倍にもなるってことまでわかったんだ。制御が難しくて、まだ実戦には配備できないけど」
「なんてことなの……それをビクトール様はわかっていて、あんたを助けたってわけね」
ダナの肩が落ちた。
「サラ様が裏切った理由、わかる気がする。そんな研究、完成されちゃたまったもんじゃない」「ダナ、僕は……」
ディオの言葉など聞こえていないかのように、ダナは続ける。彼から視線をそらせたまま。
「ねえ、その研究って完成したら島だって落とせるってことでしょう?そんなことになったら、あたしたちどこで生きていけばいいのよ?」
だんっ、とテーブルが鳴った。
勢いよくテーブルの上に両手をついて、ダナは立ち上がる。
つかつかとディオの方に近づいてくると、封筒を握りしめたままの手を持ち上げた。
「こんな研究、なんでしようと思ったのよ?」
ディオの前に膝をついて、指一本一本を封筒から引きはがしていく。どんな表情をしているのか、頭の陰に隠れてディオには知ることができなかった。
ダナは、ぐしゃぐしゃになった封筒の皺を丁寧に延ばしてから、もう一度ディオの手の上にのせた。
「ディオ……あんた何者なの?一介の大学生が、こんな物騒なもの持ち歩けるはずがない。本当は重要人物なんじゃないの?」
「僕は」
言いだしかけて、ディオはためらった。膝をついたまま、こちらを見上げているダナの顔。
ここ数日のことがぐるぐると頭の中を回る。最初に顔を合わせた時の勝ち気な笑顔から、たった一度だけ見せた涙、側にいて欲しいと見上げられた時の表情まで。
口にしてしまえば、この関係は変わる。ともに逃げ出した仲間から、主従へと。
できることならば告げたくない真実の名。
「僕の本当の名前は……ディオス・グレイス・シルヴァースト。マグフィレットの……王位継承者だよ」
一瞬のためらいののち、早口に言葉に出す。本当の自分の名前を。
「そんな……王位継承者……ああでもそんなことって」
うろたえた様子で、自分を見上げるダナに少し意地悪をしたくなってディオは言った。
「自分たちの次の主の顔も知らなかった?」
「だって、あたしたち王宮に行く機会なんてないし、新聞の写真じゃ不鮮明すぎて顔なんてわからないし」
ダナは口を閉じた。立ち上がり、一歩下がって頭を下げる。
「……いろいろと申し訳ありませんでした、殿下」
「やめてくれよ」
ディオは手をふった。
「君が今まで通りにしていてくれないと、僕が困るんだ。駆け落ち中なんだからね、僕たちは」
「……はい」
見えない壁が、二人の間を隔てている。こんな壁なんていらない。瞬時にしてそびえ立った治める者と手足となる者の間の壁。
欲しいのは、主への忠誠心などではない。
欲しいのは。
ディオの思いとは裏腹に、部屋の中を支配した沈黙は、その座を明け渡すことはなかった。