27.告白(1)
夕食をすませてしまえば、あとはする事もない。
上等の客室にいる人間ならば、パーティだカードゲームだとさまざまな社交関係に余暇を費やすことになるのだろうが、ディオたちにはそんな余裕もない。
シャワーを終えて、ディオはラジオのスイッチを入れた。相変わらずどこの局も音楽ばかりを流している。
昼間とは違う局でつまみを止め、ディオはソファに腰かけた。
頭をごしごしとこすって、水気を払う。船内には売店もあって、雑誌や軽い小説なども買えたりするのだが、自分から離れるなとダナにきつく言われている。
昼間のうちに買っておけばよかった、と後悔していつも後から気づくのだとディオはタオルの影で苦笑した。
音楽が止まった。女性アナウンサーの声が、ニュースの時間だと告げる。
空賊に船が襲われた、殺人、新しい法案の可決、と機械的に読み上げられていく出来事はどれもディオには関わりのないものだった。
ふいにアナウンサーの声が止まった。
「……ここで臨時ニュースです。本日午後、センティア王立研究所に武装集団が押し入りました。現在研究所は炎上中。所属研究員の生存は絶望的と見られています。なお、逃走した武装集団の目的は不明。政府は……」
ディオの頭からタオルが滑り落ちた。センティアの王立研究所。そこの研究員といえば彼の同級生や先輩の研究員、指導教授。
落ちたタオルを拾い上げようとディオは身をかがめるが、指が言うことをきかなかった。
タオル一枚拾い上げることなど、それほど難しいことではないはずなのに。がたがたと震える指先は、大判のタオルをつかむことさえできないでいる。
「ディオ、どうかした?」
シャワーから出てきたダナは、ディオに視線を止めて凍りついた。
「……僕だけだ、ダナ……僕だけが生き残ってしまったんだ……」
自分の声ではないような気がした。ひどくしわがれている。部屋を横切ってきたダナは、タオルを拾い上げてソファの上に放り投げた。
「何があったの?」
問いかける声が、動揺している。
ディオの隣に座ると、ダナは力づけるようにディオの手に手を重ねた。
ぐらりとディオの体がゆれた。ダナに全体重を預けるようにして、ディオは浅い呼吸を繰り返す。
「気持ち悪い?横になる?」
次々にたずねるダナに首をふっておいて、ディオは自分の意志で体勢を立て直した。
「ラジオのニュース」
言われてダナは、ラジオの方を見た。ニュースは終わってしまっていて、再び音楽が流れている。
「ニュースが、どうかした?」
ぴたりとディオに寄り添って、ダナは彼の肩に片方の腕を回した。
「ニュースで……言ってたんだ。センティアの、研究所。……僕がいた研究所が武装集団に襲われたって」
ダナの身体に力が入るのが、ディオにはわかった。
「それで?」
「研究所内にいた人間は……誰も生き残ってないだろうって。今、火事になっているみたいで詳細はまだ、なんだ」
もう片方の腕が、ディオの身体に巻きつけられる。ぎゅっと抱きしめられて、ディオは息を飲んだ。直接伝わってくる体温。自分だけが生き残ったことを痛感させられる。
「ディオ……それって……」
「研究所に行けば、僕が持っているものの原本があるからね。彼らの目当てはそれだったのかもしれない」
ダナの肩に顔を埋めて、ディオは小声で言った。
「僕だけが生きているんだ」
脳裏にうかぶのは、仲間たちの顔。
ディオの急な帰国を残念がって、戻ってきたらまた飲みに行こうとそう約束したばかりだったのに。
ダナが身体を離した。両手で、しっかりとディオの肩をつかんで顔を見すえる。
「しっかりしなさい。今、あんたがやらなきゃいけないことは何?」
肩をゆすられるのにあわせて、ぐらぐらとディオの頭が揺れる。
何も考えたくない。考えられない。
全てを投げ出して、安全な場所に逃げてしまいたい。
何があったのか、ラジオのニュースでしか知ることができないから不明確だ。
「ディオ」
ダナの声が厳しくなった。
「あえて蒸し返さなかったけど。あんたの持っているものっていったい何なの?研究所の人全員殺してまで奪う必要があるものなの?研究所が襲われる他の理由は考えられないの?」