24.協力者(2)
「そうそう、駆け落ちなんですって?
そういうのってすっごくロマンティックよねえ」
ミーナの瞳が夢見る乙女のそれになる。それはほんの一瞬で、すぐに現実に帰ってきて、冷静な問いをディオに向ける。
「で、これからどうするの?」
「どこか適当な場所まで船で出て、そこから陸路……汽車でマグフィレット王国まで行こうと計画しています。王都には知人がいるので、そのつてをたどって、仕事を探せれば、と」
このあたりの話はダナには答えようがない。
彼女がスープの皿を空にしている間に、ディオは地図を広げてミーナと話を続ける。
「それなら、一度マーシャルに行くのがいいかもね。マーシャル行きなら明日の朝、定期便が出るわよ」
ミーナの指が、地図の上を滑った。センティアとマグフィレットの間に挟まれている別の国の名前をあげて、位置関係を説明してくれる。
「マーシャルはまだエトルニア領内だけど。少し行けばマグフィレット領内に入ることができるし……。汽車だとどのくらいかかるか、私は知らないけど」
「本当ですか?それなら早めに乗船券を手配した方がいいかも」
ディオは一度腰を浮かせて、またおろした。
「明日の朝ってことは、今夜泊まるところもどうにかしないとだ。ミーナさん、どこか適当な宿知りませんか?」
「うちに泊まればいいじゃない。うちの人と義弟を、警察に突き出さないでくれたんだもの。そのくらいお安いご用だわ」
ディオは、ダナを横目で見た。
一心にスープを口に運びながら、左手で「それでいい」のサインを送ってくる。
ディオは、ミーナに頭を下げると、
「迷惑ついでにもう一つ二つお願いが」
と、ミーナについでの頼みごとをした。
幸いなことに定期便の乗船券はまだ残っていた。金銭的な面を考慮すると一等客室というわけにはいかないが、二等客室なら他の乗客と同じ部屋を使わされることはない。
部屋にシャワーもついているし、それなりに快適な旅になるはずだ。
ディオが乗船券を手配している間に、ミーナはダナを買い物に連れていってくれた。
何しろ、身一つで逃げ出してきたという設定だ。
着替えもなければ、洗面用具もない。
ダナ一人で買い物に行かせるのは心配だし、とはいえまさか下着を買うのにまでつきそうわけにはいかない。
いくらなんでも。
親が人を雇って、探させているだろうという理由でかつらも探してもらうように頼んだ。色そのものも目立つが、短髪の女性は多いとは言えない。納得したようで、ミーナはそちらもなんとかすると請け合ってくれた。
出会いはあれだったが、ミーナと知り合うことができたのはよかったと思う。
夕方帰ってきたグレンとニースは、ディオたちがまだいるのを見て少し驚いた様子だった。
ミーナの話を聞くと、
「そうすればいい」
と、すぐに賛成した。
普段ニースが使っている部屋を、二人に提供するという。ニースはどうするのかと言えば、台所の床に寝かされることになった。二人が台所で寝ると言ったのだが、ミーナの
「迷惑をかけたのは、うちの馬鹿二人だから」
という一言で却下された。
夕食後通された部屋を見て、かたまったのはディオだけだった。
普段ニースが使っている寝室、というからには当然なのだが、ベッドは一つしかない。
その他に部屋の中には家具らしい家具はない。
「ベッド……一つしかないんだけど?」
「そんなの見ればわかるでしょ。あたし床で寝るから、ディオがベッドを使えばいい」
「でも、それって不公平だと思うんだけど」
「あたしはもっとひどい場所でも寝られるけど、あんたはそうもいかないでしょ」
似たような会話を、つい先日交わしたことをディオは思い出した。
ついで、それがつい一昨日の夜であったことに思いあたって、天井を仰ぐ。
ずいぶん昔のような気がする。その間にも、ダナは戦闘機から持ち出してきた毛布を床にしいて、もう一枚を上にかけ、あっと言う間に寝息をたてはじめた。
本当にもっとひどい場所でも寝られるようだ。
今さら起こすわけにもいかず、ディオはベッドに潜り込んで部屋を暗くした。
翌朝起きたときには、家に残っていたのはミーナだけだった。兄弟は、朝早くから港で働いているのだという。
「本当は、昨日もそうしているはずだったのだけど」
苦笑混じりに、ミーナは説明してくれる。パンとチーズとミルクという朝食まで食べさせてくれた。港の仕事では、稼ぎがいいとは言えないだろう。住んでいる場所も、どちらかと言えば貧しい人間が住む地域だ。
失礼なのかもしれないと思いながら、ディオは財布を差し出した。
「こんなに親切にしていただいたのに、僕たち何もお礼できなくて……」
「やだ、やめてよ。もとはと言えば、家の人たちが迷惑かけたのだし」
ミーナはあわてて手をふった。それから厳しい顔になって、ディオを見つめる。
「手持ちのお金は大事にしなさい。所帯を持ったんでしょう?運良く仕事が見つかったとしてもよ?すぐにお給料がもらえるとは限らないのだから」
それからディオの財布を取り上げると、中から一枚だけ、それも一番少額の紙幣を抜いた。
「そうは言っても、それじゃあなたたちも困るわよね。食事にかかった分だけもらっておくわ」
財布をディオに戻すと、ミーナは時計を見上げた。
「大変、急がないと。
船に乗り遅れたら、次は三日後になっちゃう」
あわてて彼女はニースの部屋へとかけこむ。
連れられて出てきたダナを見て、ディオは目を丸くした。昨日と同じ服を着ていても、まるで雰囲気が違う。どこで用意したのかミーナが選んだかつらは明るい茶色のふわふわとしたもので、ダナの碧玉色の目とよく合っていた。
「びっくりした?」
「……うん、まあ」
時間がないと、ミーナは二人を追い立てる。
二人が乗船手続きをすませたのは、出航の十分前だった。
「体には気をつけなさいね。落ち着いたら、手紙でももらえたら嬉しいわ。うちの人はだめだけど、私は文字を読めるから」
「お世話になりました」
「いろいろとありがとう。その……買い物とか」
照れくさそうに、肩にかかった髪を払うダナにミーナは笑いかけた。
「若い子の洋服見立てるなんて、めったにないから楽しかったわ」
仕事中のグレンとニースも、二人を見つけると手をふってよこした。言葉にはならない別れの挨拶。もう一度ミーナと握手を交わし、グレンとニースに大きく手をふって、ディオとダナは船に乗り込んだ。
これで難題を一つクリアしたことになる。ディオは密かに安堵のため息をもらした。しかし、安心するのはまだ早かったとすぐに思い知らされることになる。