23.協力者(1)
男たちは、グレンとニースと名乗った。どことなく似ていると思ったら、グレンが兄でニースが弟。つまりは兄弟だということだった。
「兄弟で強盗してちゃ世話ないわね」
と、切り捨てたのはディオの買ってきた服に着替えたダナ。荷物の大半は、彼女の持つスーツケースに収められている。
「だから、魔がさしたんだって。謝っているだろう?」
「ごめんですむなら警察はいらないわよ」
もっともな意見にニースは苦笑する。
「あんたも苦労するな。あんなに気が強かったら、尻にしかれるの目に見えているぞ。女はおとなしいのが一番だって」
グレンの言葉に、ディオは乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
当のダナは、というと。強盗を正当化しようとするニースとスーツケースを構えて向かい合っている。
「ニース、その辺にしとけや。そのお嬢さんにはかなわないってわかっているだろ」
スーツケースアタックをくらったグレンが忠告して、ようやく二人の剣呑な空気がやわらげられる。ほんの一瞬だけ。
「ダナ、これ以上騒ぎを起こさないでくれよ、頼むから」
「誰が原因でしたっけ?」
顎をつんとあげてそう言われてしまったら、ディオには返答のしようもない。弟の首をつかんで先を行くグレンが、同情したような視線でディオを見た。
ディオの予想通り、二人は必要書類を持たずに結婚させてくれる司祭に心当たりがあった。華やかな通りから二本ほど入った、ごちゃごちゃとした路地の一角。そこの教会の司祭は、ディオの話を聞くと珍しくもないといった様子でごくごく事務的に式を執り行った。
結婚証明書には、ディオがとっさに口走ったダイアナ・ミルトンあらためダイアナ・ヴィレッタの名前が記されている。
二人の証人の欄には、都合よく二人居合わせた、グレンとニースが署名して書類の完成。
「旅券に名前を追加するには、出入国管理局だな」
と、すっかり二人に協力的になったグレンが教えてくれる。ディオたちにとって幸運なことに、出入国管理局の審査もいい加減なものだった。追加の書類を要求されることなく、旅券に妻の名が追加される。
すべての手続きを終える頃には、昼食の時間もとっくに過ぎていた。
この際だからと、グレンは弟を家に走らせた。家にいる妻に、二人分の食事の追加を頼むためだ。自分の家で食事をすればいい、と強盗を働こうとした人間とは思えないほど親切だった。
裏があるのではないかとダナは顔をしかめたが、食事はとらないといけないわけで。
最終的にはグレンについていくことに同意した。
「ここが俺の家だ」
グレンが二人を案内したのは、教会から少し離れた、同じようにごちゃごちゃした通りに建つ集合住宅だった。上を見上げれば、洗濯物が風にひらひらとしている。窓にはいたるところに布団が並べられ、風にあてられていた。裕福な人間の住む地域でないことは、ディオの目にもすぐにわかった。
「ミーナ、今帰ったぞ」
グレンがドアを開けるのと同時に、
「今までどこ行ってたのよ、この大馬鹿者が!」
すさまじい勢いで、木製のボウルが飛んできた。慣れた様子でグレンがそれをよけ、ディオの顔にぶつかりかけたところを、スーツケースが遮った。ただし、そのスーツケースが勢い余ってグレンの後頭部を直撃するというおまけもついたが。
「ごめんなさーい」
謝罪の色が少しも混じっていない口調でダナは言うと、
「これ、どうしますか?」
拾い上げたボウルを、投げ終えたままの形で固まっている女性に差し出した。
「あら……、どうも、ありがと」
女性は気の抜けた様子で、ボウルを受け取った。
「ニースから聞いてるわ。何もないけど、どうぞあがっていって」
年の頃は二十代後半だろうか。
細身で一見華奢に見えるが、ボウルが飛んできた速度から判断すると、身体的能力には恵まれているようだ。
「うちの馬鹿旦那と馬鹿義弟がご迷惑をおかけしたんですって?本当に何て言ったらいいのやら」
「ニースのやつ、どこまでしゃべったんだよ」
ようやく後頭部をさすりながら、うずくまっていたグレンが立ち上がる。
「強盗未遂まで話してくれたけれど?」
「あの馬鹿」
「……馬鹿?」
ミーナの眉が跳ね上がるのをディオは見た。つい近頃、同じような表情を見た覚えがある。
危険信号。
ディオの脳内をその言葉が走り抜ける。
「馬鹿はあんたでしょうがっ!さっさと港に行って荷おろしでも手伝ってきなさい!まじめに働いてりゃどうにか食っていけているというのにさ!」
ミーナはダナを横に押し退け、ディオを反対側に押しやると腕を組んでグレンを見上げた。
「ニースは荷おろしに行ったけど……あんたはどうする?」
「俺の昼飯は?」
「抜きに決まっているでしょう!」
ミーナは膝を胸に押しつけるように高く持ち上げると、そのまま足の裏でグレンを蹴り出した。
「夕方まで帰ってこないで!」
ばたりとドアをしめ、さっさと鍵をおろす。ドアの向こうで、グレンが何か叫んでいたが、すぐにその声は聞こえなくなり、階段を降りていく足音が続いた。
「本当に迷惑かけたわね。怪我とかしなかった?」
二人にかけるミーナの声は、グレンを相手にしていた時よりはるかに優しい。ダナは肩をすくめ、ディオは首を横にふった。女はおとなしいのが一番だと、グレンが言っていた理由がなんとなくわかったような気がする。本当にダナと結婚するわけではないからどうでもいいのだが。
「本当に馬鹿でしょ、あの二人。ちょっとうまい話があるとすぐに乗って、結局痛い目を見るのよねえ」
質素ながら、温かくて十分な量の食事を二人にふるまいながらミーナはため息をついた。
「別れようと思ったことはないの?」
「ちょっと!」
単刀直入すぎるダナの質問を、ディオは慌てて止めようとした。
「ないわけじゃないけれど」
苦笑混じりに、ミーナは返す。
「私がいなくなったら、あの二人あっと言う間に犯罪者に転落でしょ。誰か手綱をしめてやる人間がいないとね。生まれた時から知り合いだし、今さら投げ出せないわよね」
どことなく愛情に似たもののこもった口調で、ミーナは言った。
「正確にはもう犯罪者だけど」
「ダナ!」
ダナはすましてスープをすすっているが、ディオは背中を冷たいものが流れ落ちるのを感じないではいられない。先ほどのボウルの威力からして、ミーナとダナが取っ組み合うことになったとしたら、血の海を見ることになりそうだ。
「そうね。二人を警察に突き出さないでくれて本当によかったわ。ありがとう」
「いえ、こちらも助けてもらったので」
今度はダナに口をはさませる隙を与えず、ディオは答える。