21.駆け落ちの二人(1)
飛行服は防寒効果は抜群だが、それを着たままうろついている人間などあまりいない。しぶるダナを説得して、ディオは飛行服を隠すことにした。持って行くことができれば一番なのだろうが、防寒のために分厚いそれはどう頑張っても小さくすることはできない。持って行っても邪魔になるだけだ。
ダナがこっそりゴーグルだけは荷物に入れていたのは、見逃すことにする。ゴーグル一つならば、たいした荷物ではないから。
夜になれば冷え込んでくるが、昼間の間はそれなりにあたたかい。上に着るものは、町まで行って買えばいい。幸い軍資金はたくさんあるのだし。
飛行服以外のまとめた荷物は、半分ずつ持って森の中を歩く。船に乗るにしても、旅装を整えるにしても、南側に行かなければ身動きをとることができない。
栄えているルイーナの南側に下っていくにしたがって、ディオはあることに気がつかざるを得なかった。
目立ちすぎる。
飛行服を脱いだとは言え、ダナの真っ赤な短い髪はすれ違う人の目を引く。
整形だと告白されたディオは本来の顔ではないことを知っているが、整った顔立ちであるのは間違いない。その美貌を目立つ要因の一つに追加するまでもなかった。彼女を目にした異性のうち、ほぼ全員がもう一度ふり返っているのは確実だった。
「ダナ、ちょっといいかな?」
町まで数キロという地点まで来た時に、ディオはダナを呼び止めた。
「何?」
「ちょっとここで待っててくれないかな」
「何でよ?」
「目立ちすぎるんだ、君は」
どこが目立つのかといった様子で、ダナは自分の体を見下ろす。白いシャツに茶のパンツにブーツ。一つ一つを見れば、目立たないといえる。
「地味じゃない」
「着ている物は地味かもしれないけど、ダナが目立っているの!」
どん、とディオは足を踏み鳴らす。
「どこが?」
「赤い髪の女の子もいっぱいいるだろうし、緑の目をした子もいっぱいいるだろうけど。町の女の子はそんな服を着ないし、髪だってもっと伸ばしている。特徴あげて探されたら、すぐに見つかってしまうよ」
ディオの言葉を、唇をとがらせて聞いていたダナは逆に問い返した。
「じゃあディオは?目立たないの?」
ディオは肩をすくめる。
「僕は容姿に恵まれているわけじゃないし。このあたりは金持ちも多いからね。着ている物で目立つこともない」
それに地上のことは、自分の方が詳しいのだとディオは付け足した。
不承不承、ダナは森の入り口近くに隠れて待つことに合意した。ディオはダナを残してリュックサックを背負う。
「ディオ」
歩き出しかけたディオをダナは呼び止めた。
「買ってきてくれるのなら、首まで隠れる服にして。そうじゃなかったら着ないからね?」
「わかった。探してみる」
そしてディオは、町の方へと向かって歩き始めた。
別荘を訪れている金持ちの息子が、朝の散歩から戻るところに見えることを願いながら。難点をあげるならば、今背負っている物と着ている物が合っていないということか。
南東の方では朝早くから市が開かれている。
それを何度かこの島を訪れたことのあるディオは知っていた。
市では食べる物から衣服、生活日用品と、幅広い品が取引されている。中古の品もあるし、盗品が混ざっているという噂を聞いたこともある。
ここの住民ではないディオに真偽のほどはわからないが。
朝早くから観光客や地元の人間でごった返している市場の中を、ディオはある一角目指して早足に通り抜けていく。狭い通路の両側にずらりと並んだ露店は、どの店が何を扱っているのかすぐには判断できないほどありとあらゆる品が並べられていた。
「おじさん。女の子の服で、僕が着られそうなのってないかなあ」
のんびりした口調で、ディオは市場の隅で古着を扱っている露店に声をかけた。
ダナのサイズはわからないが、ほぼ同じ背丈であることを考えると、ディオが着られればなんとかなりそうだ。いくらなんでも、ディオの方が細いということはないだろう。
「なんだ、学生さんか。あれ……あんた」
店主の男はディオを見て首をかしげた。
「どっかで見たことあるような?前にも何か買ってくれたかな?」
ディオはぎくりとした。
この島には何度も訪れている。
ディオの顔を知っている人間がいる可能性も高いということに、改めて気がつかされる。
「去年もこのあたりで服を買わされたんだよ。ひょっとしてその時にここで買ったかも」
「そいじゃお得意さんだ。んで、探しているのは女物か?確かに兄さんはスカートはいても違和感なさそうだけどな」
にやにやする店主に、ディオは深々とため息をついてみせる。
「大学の先輩たちと一緒に、先輩の別荘に来ているんだ。昨日の賭トランプで負けて女装しなきゃいけなくなったんだよ。今夜の宴会でね。もちろん洋服代は僕持ちで。大学の寮にいる時だったら誰かから借りられたのにさ」
あっはっはと、店主は笑った。
「学生さんは気楽でいいなあ。そんなゲームをしているなんて」
「僕は気楽じゃないよ。次の仕送りまでパンと水で生活しなきゃかも」
実際、罰ゲームで女装というのは留学中に何度もやらされている。ディオは、大げさにため息をついてみせた。仕送りまでパンと水で生活するというのも経験済みだ。寮にいれば、どこからか調達できたであろうと言うことも、間違いのない事実だ。
「そうだなー、こいつとかどうだ?ちょっと細身だが何とかなるだろ。もうちょっと露出の多い方がいいか?こっちのだと、いい感じに谷間が見えるぞ」
「それはちょっと厳しいんじゃないかなあ」
残念ながら見せる谷間など持ち合わせていない。
店主が出してきたワンピース二枚のうち、露出の少ない灰色のワンピースを買い求めてディオはその場を離れた。
別の露店でスーツケースが道ばたに出されているのに目をとめて、それも購入する。
あとはダナの頭を何とかしなければ。やはり染めるかかつらを買うしかないか。ごちゃごちゃといろいろな物が売られている場所とはいえ、かつらなどそうそう見つかるはずもない。
先ほど入手したワンピースに合わせても違和感のなさそうな帽子を見つけたので、代わりにそれを買う。
女性のファッションにはうといので正しい組み合わせかどうかはわからないが、当面これで我慢してもらおう。
ひとまずダナのところへ戻ることにする。
他に買わなければならないものは山のようにあるだろうが、あまり長い間彼女を一人で待たせておくのもどうかと思う。買った物をすべてスーツケースにまとめて、ディオは市を後にした。
北へと戻る足が、自然と急ぎ足になる。考えてみれば、こんなに離れていたことなどない。
同じ船の中にいるか、同じ屋根の下にいるかだった。
早く戻らなければ。
それだけを考えて、ディオは半ば走るようにして森へと足を踏み入れた。
「ダナ!」
声をあげれば、奥の方から軽やかに落ち葉を踏みしめてダナが戻ってくる。
「やだ、その荷物何?」
「君の着替え」
「あらやだ……余計なのまで連れてきてるけど、お友達?」
スーツケースを差し出したディオの後ろに、ダナの視線は集中している。
慌ててふり返ると、いかにも柄の悪そうな二人組が立っていた。
二人とも体格がよく、どう贔屓目に見てもディオに勝ち目はなさそうだ。