20.ディオの決意(2)
「ディオ」
もぞもぞと体を動かして、ダナが顔をあげる。
「何?」
至近距離で見つめられてどきまぎしながら返すと、ダナの目元が柔らかくなった。
「あんたって案外いい人?」
「たまに言われる」
くすくすと笑いながら、ダナはもう一度ディオの胸に顔をうずめる。ディオは、手を伸ばして毛布を取ると、しっかりと自分たちをくるみこんだ。
「あのね、ディオ」
毛布の中から、ダナの声がする。
「あたし……。サラ様がどうして裏切ることになったのか、どうしてもわからない。
あたしには、あんなによくしてくれたのに」
ダナの命を救うために、ためらうことなく皮膚も血液も提供してくれた。
今も彼女の身体には、皮膚を切り取った跡が残っているはずだ。
入院中だって、忙しい合間をぬって何度も会いに来てくれた。
右手でダナの髪を撫でながら、ディオはゆっくりと自分の考えを口にする。
「そうだね。でも彼女にも思うところがあったんだろうな。まだ僕たちには見えていないけれど」
それが、自分の持っている研究成果のせいなのは明らかだ。
いっそ事実をダナに告げてしまおうかと、ディオの心がゆれる。
「サラ様について行った人数もそれほど多くはないみたいだし……」
アーティカの砲撃手は優秀だ。
もし、リディアスベイルを動かすのに十分な人数がいたとしたら。
逃げきることなんてできなかっただろうと、ダナは言った。
「そういうことは、明日考えようよ。今日はもう遅い」
ダナの話をうちきって、ディオはもう一度ぎゅっと彼女を抱きしめる。
今までは守られるばかりだったけれど。今度は僕が君を守るよ。
心の中でつぶやく声は、ダナに聞こえるはずもない。
「おやすみ、ダナ」
その言葉に返事はなかった。
目を覚ました時には、ダナはもう起きていた。
昨晩のことなどすっかり忘れた顔で、荷物をまとめ始めている。
そう言えば、ディオの方の話はまったくしないまま終わってしまったのだが、
そこを追求してくる気配もなかった。
「ダナ、現金とか旅券とかって持ってる?」
差し出された携帯食料は辞退しておいて、ディオはたずねた。二食続けて食べるのには、あまりにも微妙な味だ。
「現金は、ビクトール様が持たせてくれたけれど」
投げてよこされた小袋の中に入っていたのは、ざっと見積もってディオの所持金全ての三倍ほどに該当する札束だった。
具体的に言えば、平均的な庶民なら数ヶ月は暮らせそうなほどの金額だ。
「旅券なんて持ってない。不都合ある?」
「あるある。おおありだよ」
旅券がなければ、船に乗ることができない。
貸し切りという手もあるかもしれないが、目立ちすぎる。
「ねえ、その中身って大金なの?」
「大金って……ものすごい大金だけど」
「あたし、お金って使ったことないからよくわからなくて。ディオは?」
「お金使ったことないって、どういう生活してるんだよ」
ディオは頭を抱え込みたくなった。
別れ際にビクトールが世間知らずと言っていたような気もするが、まさか貨幣の価値も知らないとは。
「しょうがないでしょ。クーフにいる間は、お金なんて必要ないし。あたし、地上にいたの入院してた二年間だけだもん」
開き直った様子で肩をすくめ、ダナは携帯食料をリュックサックに放り込んだ。
「病院内の売店は?」
「欲しい物を言えば部屋まで届けてもらえたから、行ったことない」
配達までしてもらっていたとは、かなりの好待遇だ。
「旅券は……ダナみたいな生活してたら必要ないだろうな」
飛行島クーフからほとんど出ることなく。まれに出ることがあっても、出撃だとすれば、旅券など必要ない。
どうやって、ダナの分の旅券を手に入れようか。
考え込みながら、ディオは小袋をダナに返そうとする。
「それ、ディオが持ってて。使い方もわからないし」
あっさりと言われて、ディオはうめき声をあげた。
こんな大金、持ち歩いたことがない。
今まで以上に緊張を強いられる旅になりそうだった。