19.ディオの決意(1)
「結局、身体が元に戻るまで一年半。顔の方はそれからさらに四ヶ月かかったわ」
ディオの前に。膝を抱えて座り込んだダナの話はまだ終わらない。
「毎朝鏡を見る度に、知らない人を見るような気がするの。こんなの、あたしの顔じゃないって……。いつになったら慣れるのかもわからない」
ディオは言葉を失っていた。
自分と同じ年頃なのに、はるかに壮絶な世界を生きてきたダナ。
そんな話をしろとせまった自分は、なんと無責任だったのだろう。
「親を亡くして、ヘクターを亡くして、自分の顔まで失って。全てを亡くしても。それでも。
まだ、飛びたいと思ってしまう。どうしようもない愚か者って、あたしのことね、きっと」
くしゃりと顔がゆがんで、涙が落ちた。
ほんの一粒だけ。
それをディオは見逃さなかった。
長い話の間に、炎は小さくなっていた。
最初から、それほど大きな火を起こしていたというわけでもないけれど。
「ひ……冷えてきたね」
長い沈黙の後、ようやく口から出すことのできた最初の言葉はそれだった。自分でも間が抜けていると思わざるをえないのだが。
「あんたって……ホントにぼんぼんなんだから!」
ダナの顔に血の色がのぼる。はじかれるように立ち上がったダナは、ぐいと目のあたりをぬぐって毛布を二枚ともディオに投げつけた。
「さっさと寝なさい!明日になったら、この島を抜け出す算段をしないといけないんだから!」
たたきつけるように言うと、ダナは炎を挟んで反対側に回り、石の壁にもたれるようにして座り込んだ。投げつけられた毛布を手にして、ディオはダナと毛布を見比べた。ディオは飛行服を身につけたままだが、ダナの方は水に濡れたこともあって火のそばに広げられている。
今彼女が身につけているのは薄い服だけで、自分が毛布を独占するのは不公平としか言いようがない。
さて、どうするか。ぼんぼん、ぼんぼん言われるのはしゃくだが、事実なのだからしかたない。かといって、自分が毛布を独占するのも気がひける。
よし、と気合いを入れる。
ディオも炎を回ってダナの隣に腰をおろした。
「何?」
じろりと見られ、一瞬たじろぐ。一呼吸おいて、ディオは言った。
「ダナは、僕のことをぼんぼんだって言うけれど」
「だから?」
「うん、実際そうなんだ。だから」
ひょいと手をのばして、ダナを自分の自分の腕の中にひっぱりこむ。
「ちょっと!何してるの!あんたバカ?」
暴れるダナを強引に抱え込む。相手が本気になれば、抜け出されてしまうだろうから。今のうちに話をつけるしかない。ディオは早口で続けた。
「ものすごく寒いんだってば。何しろ、あったかいふかふかのベッドでしか寝たことがないしね」
実際には、大学の寮のベッドは石のように堅いし、冬ともなれば凍えそうなほど寒いのだが、
そのことは今言う必要はない。ディオを押し退けようとしながら、ダナがわめく。
「だからってこんなにひっつく必要ないでしょう!」
「君があっためてくれなかったら、風邪ひいてしまうかも。うん、なんかぞくぞくするんだよね。背中が」
「……これだからお金持ちのおぼっちゃんはイヤなのよ」
そう言うダナの口調から、棘がほんの少しだけ抜けていることにディオは気がついた。本当にしかたないといった調子でため息をつくと、ディオの腕の中で丸くなる。
「ねえ、ダナ」
「今度は何?」
ディオの胸に顔をふせたままダナは返す。
「僕は大切な人を失ったことなんてないし、君にこんなことを言っていい立場じゃないのかもしれないけれど。君は飛ぶことに、罪悪感を覚える必要はないんじゃないかな」
最初に彼女と飛んだ時、彼女は本当に生き生きとしていた。
敵の攻撃をくぐり抜けて、フォルーシャ号にたどりついた時見せた笑み。
とても充実しているようにディオには見えた。
静かになったダナは、ディオに話を聞いているのかいないのかわからない。
それでもディオは続けた。
「父と母はかなりの年齢差があるっていうのもあるんだけど。僕は遅くに生まれた子で、父はもうすぐ七十なんだ。ずっと病と闘っていて……正直それほど長くないって言われている」
死に目に会えないかもしれない。国を発つ時、そう言われた。国のために必要なことだから、という大きな理由があったとしても。先方の研究所でディオが必要とされているという理由があったとしても。
いつ国王が死ぬかもしれないという時期に、王位継承者であるディオが国を離れるというのは後々問題が発生する可能性が高い。
それでも父の出した結論は。
「センティアに行ってこいって言ってくれたんだ。自分が死ぬかもしれないからって、僕がやりたいことを諦めてしまったとしたら嫌だからってね」
小さな頃からあこがれていた。空を自由に飛ぶ力を秘めた鉱石に。現在の科学ではどうしても十分に引き出すことのできないエネルギーを秘めた石。
その謎を解きたいと、一二の誕生日に小さなフォースダイトをもらったその日から夢中になって研究してきた。
もしあの時行くなと言われたら、どれほどがっかりしたか想像もできない。
実際、父が倒れて急遽国に戻らなければならないことになった上に、見えない相手に追いかけ回されているわけではあるが。
「だから……君の両親も。ヘクターって人もきっと同じように思っているんじゃないかな。会ったこともない人たちだけど」
話し終えて、ディオはダナを抱きしめる腕に力をこめた。