18.復活の日(2)
「どうした?座らないのか」
王立病院から戻ってきたサラは、ビクトールの前にダナの容態を記した紙をつきだしたが、そばにおいた椅子には座ろうとはしなかった。
「座れないんです」
くるりと後ろを向いて、「ここから、ここまで」と尻のあたりを指さして説明した。
「ダナへ移植する皮膚が必要だというので、提供してきました。しばらくは、横向きに寝ないといけませんね」
苦笑混じりに言うと、半分起き上がり、半分横になった形で長椅子に座をしめているビクトールの頭の方へと回る。
一つ一つの数値を具体的にあげながらダナの容態を説明すると、下唇を軽くかんで元の場所へと戻る。
「痛むのか?」
「たいしたことはありませんけれど。何というかひりひりする感じがして不愉快ですね」
「すまないな。サラがいてくれて、本当に助かった」
素直な言葉に、サラは破顔する。そんなサラに、ビクトールは王宮からもたらされた知らせを告げた。
「貴族様に叙任してくださるんだとよ。息子を亡くしてさぞ落ち込んでいると思われたらしい」
「……家族を亡くして、落ち込まない人なんています?」
「それはそうだがな」
王家の紋章入りの通知書を、ビクトールは口角を下げて睨みつけながらひらひらとふった。
今までにも、何回か申し出はあったのだが、傭兵は地位や家柄にはしばられない、と断ってきた。
今回は、受け入れるつもりでいる。そうサラに言うと、首を傾げて微笑んで見せた。
「あなたの考えていること。なんとなくですがわかるような気がします」
「そう言ってもらえるとありがたい」
貴族の位を受ければ、このクーフだけではなく地上にも領地を得ることになる。
「ダナが空に戻りたくないと言い出した時に、行き先がないと気の毒だからな」
それだけ言うと、ビクトールは王家からの封書をテーブルの上に投げ出した。
まだ、彼女が生き延びることができるかどうかなんてわからない。
医師からの手紙にも、五分五分どころか助からない可能性の方が大きいと記されている。
それでも、できるだけのことをしてやりたいと願ってしまう。
結局、ビクトールがダナの見舞いに訪れたのは、それから半年後のことだった。
まだ彼女の回復は完全ではない。顔の骨も粉々に砕けてしまっていたため、何度も整形手術を繰り返している。
「どうせなら最高の美女にしてもらいなさい、とダナには言ったのですけれど」
サラからはそう聞いていた。だから、予想はしていたはずだった。
顔一面包帯で覆ったダナの姿。
体の大半もまだ包帯に覆われている。
体の回復もまだで、一日の大半をベッドの上で過ごしているのだという。
訪問を聞いていたのか、ダナはベッドの上に上体を起こしてビクトールを迎えた。
「悪かったな、来るのが遅くなって」
そう言うビクトールに、首を横にふって見せる。
包帯に覆われているから、表情までは知ることができなかった。
「入院生活はまだ続きそうだな。何かほしいものとかあるか?」
「いいえ」
短く返された答え。
ビクトールは窓に近寄ると、大きくあけはなった。入ってきた風に、白く清潔そうなカーテンがゆれる。空の青さが目に痛い。
まるであの日のようだ。軽く咳払いをして、ビクトールは切り出した。
「それで、だ」
背中越しに投げかけた問いに、どんな答えが返ってこようとも受け入れるつもりはある。
「戻ってくる気はあるか?無理にとは言わん。地上で暮らすというのなら、場所は用意してある。クーフで暮らしたいというのなら、何かおまえにできる仕事を見つけるさ」
「あたしは……」
包帯越しに聞こえるダナの声。
「あたしは、戻りたい、です」
小さな声。
違う、戻りたいだけではない。
その裏にあるものをビクトールは直感した。
「まだ、飛びたいか?」
肩越しに振り向いて、単純な言葉で問いかけた。ダナはうつむいた。シーツを握りしめた手に力が入る。関節が白くなるのを見ながら、ビクトールはたたみかけた。
「あんな目にあって、それでもまだ飛びたいと言うか?次は死ぬかもしれないぞ?それでもまだ飛ぶというつもりなのか?」
ゆっくりとダナの首が上下に動く。
「言ってくれるよな」
再び窓の外に視線を向けて、ビクトールは息をつく。
「退院したら、すぐに訓練再開だ」
ぽん、とダナの頭をに手をおいてビクトールは病室を後にした。病院の庭で、サラが待っていた。
「どうやら、ダナはまだ飛ぶつもりらしいぞ」
そう言うと、サラは目を丸くしたがすぐに笑顔になった。
「早いうちに訓練を再開できるといいですね」
「そうだな。また、見舞いに来てやってくれ」
サラを後ろにしたがえて、ビクトールは病院を後にする。
「ヘクター。おまえの選んだ女は強いな」
風にむかってつぶやくと、まるで返事だとでもいうかのように木の葉が舞い上げられた。