16.追憶の空戦(4)
爆発に艦橋の窓が割れて、一気に空気が流れ込む。強風などというものではない。皆、吹き飛ばされた。
床に叩きつけられたサラは、せき込みながら立ち上がった。
爆発音で、耳が痛む。室内にたちこめる煙に、目をやられ、涙がぼろぼろと落ちた。
なんとか起きあがることができたのは、自分一人のようだ。舵を取っていた男の上半身が吹き飛んでるのに気づき、思わず目をそらす。
何度も戦場に出てはいるが、戦闘機で敵を撃墜するか、こうして艦から指揮をとるか、だ。
生々しい死体を見る機会などほとんどない。
室内のあちこちから、うめき声が聞こえてくる。
煙に覆われ、見通しの悪い部屋の中を目をこらして見回す。
「だ……団長!」
さほど離れていないところにビクトールが倒れていた。
その胸を横切るように、サラの腕の長さほどもある機体の破片が突き刺さっていた。
はじかれるように駆け寄ると、ビクトールは薄く目をあけた。
「状況……は?」
「貴方のですか、この艦のですか?」
まぜっ返しながら、サラは素早くビクトールを診察した。
見たとおりの重傷だ。
命の方もこのままではどうなることか。
通話装置をつかんで、助けを呼ぶ。
「貴方でしたら、命の保証はできかねる状態です。この船の方もそう長くはもたないでしょう。退艦を進言しますが」
「な……まだ、あいつらが戻ってきていないだろうが!」
胸に刺さった金属片を投げ捨てて、ビクトールは起きあがった。
とたん、視界がぐるりと回転する。
「無茶です……本当に貴方って人は」
よろめいたビクトールを支えて、サラは嘆息した。
やはり息子たちが戻らないことを気にしていたようだ。妻も両親もだいぶ前に亡くなっているから、ヘクターが最後の肉親ということになる。
こんな商売をしていても。
団長という地位があっても。
いやだからこそ、肉親に対する情は人一倍強いのかもしれない。
「あとはおまかせください、団長。できる限りのことはしますから」
やってきた応援にビクトールを託し、サラは通話装置越しに宣告した。
「総員、退艦。ただし、救命艇は一つだけ残しておいて」
生きてさえいれば、何度だって復讐戦は可能だ。
日頃の訓練の成果をいかんなく発揮して、サラ以外全員が脱出するのに五分とかからなかった。
その間も艦橋に残ったサラは、相手の砲弾を交わし、逆に撃墜し、と巨大な軍用艦を一人で操るという大仕事に追われていた。
この状況から逆転するには、方法は一つしかない。
味方の部隊が撤退していくのとは逆に、リディアスベイルは前進する。
「全速、前進」
他に誰もいないのに、思わず口からこぼれる言葉。
さすが新型艦だけあって、敵の攻撃にもひたすら耐え続けた。
それも長くは続かないだろうが。
「サラ様、援護します!」
通話装置越しの会話から、状態を理解したのだろう。戦闘機部隊が、サラと連携を取り始めた。戦闘機部隊の助けもあり、よろめきながらも、敵艦隊の間に割り込むことに成功する。
こうなっては、敵もうかつには動くことはできない。下手をすれば、味方の軍用艦を打ち落とすことになりかねないからだ。また、船のどこかで爆発音がした。時間の猶予はない。
目の前にせまる敵の飛行島。サラは、フォースダイト制御装置を解放した。これで、この艦はひたすら前に進み続ける。何かに突撃するか、撃墜されるまで。
最後に、ありったけの弾薬を、目の前の島にたたき込んでやる。
景気よく建物が吹き飛ばされるのを確認して、サラは艦橋を離れた。
廊下を走り抜け、救命艇のある艦底まで一気に降りる。
最後に一つ残された救命艇を発進させるのとほぼ時を同じくして、リディアスベイルは飛行島に激突した。
海面めがけて半ば落ちながら、かろうじて確認できたのは、煙に覆われた島が崩れていく光景。煙に紛れて脱出できれば、と思ったのだが敵の戦闘機がぴたりと後を追ってくる。
サラは舌打ちした。
いつも乗っている戦闘機なら、撃墜してやるものを。
これは救命艇だから、武器になるようなものは搭載していない。
放たれた弾をかろうじて交わす。
スピードも相手の方がはるかに上だ。
味方の部隊が撤退できただけでよしとするか、と諦めかけた時だった。
轟音とともに、追ってきた戦闘機が落下していく。
「あたしたちに任せて、早く行ってください!」
通話装置ごしに聞こえたのはダナの声。
「こっちも弾薬の残りが少ないんだ。援護できる時間も長くはない。早く行け!」
ヘクターの声も聞こえる。
「ありがとう。あなたたちも、できるだけ早く戻りなさい」
迷っている暇などなかった。
こちらは丸腰で、あちらは残り少ないとはいえ武器も弾薬もある。どちらが残る方が生存率が高いかなど、あえて口に出すまでもない。サラは、ビクトールのことは告げなかった。
救援に礼をのべるに留めて、味方の艦を追う。
サラがアーティカの軍勢と合流できたのは三時間後。
戦闘機部隊で脱出に成功したのはおよそ半数。
その中に、ダナとヘクターはいなかった。