15.追憶の空戦(3)
ともに出撃してきた他の部隊と連携を取り、すぐに防御態勢を取ることに成功した。
「戦闘機部隊の様子はどうだ?」
「敵をこちらによせつけないようにしてくれていますね。今のところは、かろうじて成功しているようです」
中心となるのはダナとヘクターの乗った機体であることは、入ってくる通信状況を分析するまでもなく容易に理解できた。
最初に空を飛んだのは五歳の時。最初に敵を撃墜したのは十二の時。親から譲り受けた才能を存分に彼女は、開花させている。ヘクターと組むようになってからの撃墜数は、それぞれが単独で出撃していた頃の倍以上となっている。
今日だって二人は敵を圧倒して戻ってくるはずだ。
「下だけじゃない、前方にも注意しろ。この船が落ちたら、戦闘機部隊の戻る場所がなくなるんだぞ」
ビクトールが檄を飛ばす。
敵の動きは、ただの空賊と思えないほど巧みなものだった。
しかけてくる攻撃は、的確に目標をつらぬく。また、アーティカの軍用艦が炎をあげた。
「やるじゃねえか。脱出してきたやつらの救助には、どの艦が回せる?」
ビクトールの口元に苦い笑みが浮かぶ。
「ハイネリアを救助に回します。まだ、負けた訳じゃありませんよ、団長」
手早くサラが救助の手はずを整えたのを確認して、ビクトールは顔をしかめた。
「バカ野郎、誰が負けた時の話をしている。オーウェンの部隊に前に出ろと言ってやれ。ネヴィルのところは少し下がらせろ。戦線を維持できなくなりつつあるぞ」
バカ野郎呼ばわりされたことには全く頓着せず、サラはビクトールの命令に従う。
彼女の見立てでも、まだ焦らなければならない状況ではない。
ビクトールならば、十分に勝機を見いだすことができるはずだ。
戦場の魔物にさえ捕まらなければ。
正体のわからないまま開戦した敵の姿が見えてきた。アーティカの軍用艦にも劣らないほどの、堂々とした軍用艦が並んでいる。その中央に、飛行島がいた。
飛行島まるまる一つを空飛ぶ要塞として、マグフィレット領内へ攻め込んできたものらしい。
軍用艦に施された装飾を見れば、どこの艦か一目でわかる。
「ビルフレイン……」
サラがつぶやいた。アーティカ同様、傭兵団としては最大級を誇る。アーティカと違って専属契約はしておらず、戦争になるたびに契約先をかえる。
ともに船を並べたこともあるだけに敵がどれほど強大かすぐに悟ることができた。
「空賊退治じゃなかったのかよ」
ビクトールがうめく。
「守りをかためろ。機を見て撤退するぞ」
ただの空賊ならともかく傭兵団を相手にするとなっては、今の装備ではこころもとない。
すぐに他の部隊へ伝令がとばされる。
「戦闘機部隊はどうした?」
「そろそろ、弾薬が切れる頃です。補給に戻れれば、そのまま撤退できるのですが」
時計をにらみつけながら、サラは素早く計算した。ビクトールの命令を受けた部隊は、徐々に撤退の構えに転じ始めている。敵もそれを見て取ったのか、攻撃が激しさをました。
相手の力量は、双方が熟知しているところだ。このまま撤退されては、との思いもあるのだろう。
「軍部にも連絡を入れておけ。どこに防御線を引くかが勝負になるだろう」
「クーフ経由で、連絡済みです」
「さすがだな」
額の汗をぬぐってビクトールは笑った。
「悪いがしんがりはこの船だ。頼むぞ」
「わかっています。新型艦ですもの。そうそう落ちたりはしません」
「簡単に落ちられちゃ困るんだよ。俺は百まで生きて、曾孫に看取られて死ぬと決めてるんだからな」
「ヘクターとダナがあの調子では、あなたが死ぬ頃には、曾孫の子どもも生まれていそうですね」
サラの口元に刻みつけられた笑みは、どんな時でも姿を消そうとはしない。
どれだけ、胸の痛みを覚えようとも。
今はその笑みが歪んでいないことを祈りながら、サラはビクトールの次の指示を待つ。
ビクトールが一族を率いるようになってから、アーティカは無敗だ。今回ばかりは初めての敗戦になるだろうが、最後に勝てばいい。
「ダナとヘクター……戦闘機部隊はまだか」
「まだです」
ビクトールが見上げた空は、まだ明るい。つい先ほどまでは、空を行くのに絶好の日和だと思っていたはずなのだが。今は、砲弾のあげる煙が白く濁った膜をはっている。
ビクトールは息をついた。
「しかたないな、やつらが戻らなくても撤退だ。機を逃すわけにはいかないからな」
このあたりには、小島が散らばっている。
戦闘艦に戻れなければ、そこに不時着して迎えを待つはずだ。
敵の捕虜になるか否かは時の運。
「……わかりました」
長の決断は重い。全体のことを考えれば彼らを待ち続けるわけにはいかない。
「ご命令を……いつでも」
サラは前方の敵艦隊を見すえた。
中央にある飛行島。あれを落とすことができれば、形勢は一気に逆転できるだろうに。
おそらく命令を出しているのは、あの島の中央にいるであろうビルフレイン上層部だ。
あの艦隊を突破することさえできれば。
「よし、いくか。俺の直属部隊はしんがり。ネヴィルの部隊を先頭に撤退だ」
味方の陣形が整ったのを見て、ビクトールは命令した。整然と部隊は撤退していく。
強い部隊は、撤退の際も隙を見せない。リディアスベイルに最後に残された任務は、味方艦隊の撤退の援護だ。
「一番前の艦を集中して撃て!」
リディアスベイルから、弾が発射される。狙いを誤ることなく、一番先頭に出ていた敵の艦が大きく揺れた。その瞬間を逃さず、ビクトールはリディアスベイルを撤退の構えに移行させようとした。味方の艦隊は、ほぼ安全圏へと脱出を終えている。
「よし撤退……しまった!」
ビクトールの声が終わる前に、船全体が揺れた。