14.追憶の空戦(2)
傭兵団が兼業で空賊業を営んでいる場合と。最初から空賊を専門にする場合と。この世界の空には二種類の空賊がいる。
どちらが手強いかと言えば、傭兵を兼業している方だ。対軍用艦相手の戦闘訓練を、しっかりとつんでいる。武器も破壊力の大きなものを装備していることが多い。
傭兵としての活動を行わない空賊の場合は、戦闘訓練をそれほど行っているわけではない。
今回のように、空賊先滅作戦が展開された場合には、すかさず戦闘領域から脱出をはかる。
彼らの装備では、戦うよりも逃げる方が生き残る確率がはるかに高いとわかっているからだ。
投降するのは最後の手段で、一度捕虜になったらよくて生涯強制労働所行き、悪ければ死刑の二択しか残されていない。今日相手にするのは、それほど手強い相手ではないはずなのだが。
整備不良などアーティカではめったに起こることではない。整備不良の機体で出撃することが、どれほど危ないことか皆身をもって知っている。
それでも発生した整備不良。
大切な仲間が逝ってからちょうど十年目という日付。
何かが今日はやめておけと、語りかけるような気がする。
迷信を信じやすいと言うのは、空に生きる者も海に生きる者も共通して持ち合わせた気質だ。人の力ではどうにもならない自然の力に直接対峙することの多い彼らにとっては、迷信は生き残るための知恵でもある。
ビクトールはさほど迷信を信じやすい方ではない。
己の才覚一つで生き残ってきたとも思わないが、迷信に惑わされるのは愚かなことだと思う。
それでも。
何ともいえない予感が、ビクトールの胸を締めつけた。
「出撃やめるか?」
出すつもりのなかった言葉が、口からこぼれた。
「かまいませんが、空賊たちは本拠地を移動すると思いますよ。今回のやつらは、飛行島一つ占領していますから」
冷静な声が、状況を報告する。
「それはわかっちゃいるんだが……どうにもこうにも嫌な予感がするんだよな」
「やめましょう」
サラの決断は早かった。
「団長がそうおっしゃるのなら、引き返しましょう。国王陛下には団長が腹痛を起こしたので、と報告しておきますから」
「腹痛かよ」
ビクトールは苦笑いする。
言い訳は何でもいいのだ。この出撃をやめることさえできれば。
「んじゃ、他の部隊にも帰ると連絡を入れてくれ。
しきり直しだ」
「わかりました」
サラは、他の部隊に通信を送るために船内に入った。
食堂の中をのぞきこむと、ヘクターとダナが向かい合ってコーヒーを飲んでいる。
見つめあう眼差しに迷いはない。
カップを持っていない方の手は、互いの指先に絡めている。在りし日の彼女の両親を思いだして、サラは微笑んだ。彼女の両親も、よく出撃前にはこうしてコーヒーを飲んでいたものだ。
基本的に二人乗りの戦闘機は、一人乗りの戦闘機よりもスピードという点で劣る。撃墜されれば二人を失うことになるため、最近は使用されなくなってきている。
例外は、フォースダイトとパイロットの腕、射撃手の腕と三本の柱がそろった時だけだ。
十年前はハーリィとオリガ。現在はダナとヘクター。アーティカにも一機しか存在しない。
ただ向かい合っているだけなのに、二人の姿は、サラの目にはまぶしく見えた。
わずかに覚える胸の痛みを押し殺して、サラは通信室へと向かう。
他の部隊へとビクトールの意志を伝えようとした時だった。
「敵機発見!」
通信が入る。サラは眉をひそめた。こちらの持っている情報では、敵の空賊団はまだまだ先にいるはずだ。こちらの情報が、もれていたのか?
他の部隊との交信をあきらめて、サラは急ぎ足に艦橋へと向かった。
こうなっては、応戦するしかない。
艦橋へ駆け込むと、ビクトールがすでに命令を下し始めていた。
「戦闘機部隊発進!ダナとヘクターも出るように伝えろ。応戦準備もぬかるな」
「撤退、間に合いませんでしたね」
「たく、どっから情報が漏れたんだ。まあいい。先方から出てきてくれたというなら、全滅させてやるだけのことだ」
いらだたしげに舌打ちして、ビクトールは壁をたたいた。
「サラ、作戦変更。防御陣を展開する。敵さんはたいした武器は持っていないだろうからな。敵軍用艦の撃墜は戦闘機部隊に任せるさ。俺らはこっちに来た戦闘機だけを相手にしてりゃいい」
「団長……何かひっかかりませんか?」
ためらいがちにサラは口を出した。
「普通の空賊なら、アーティカを相手にしようとはしないでしょう。どこかの傭兵団と結びついていたりする可能性は?」
「そんな情報があれば、噂くらいは入ってくると思うんだがな。何か聞いているか?」
「いいえ」
サラは首をふる。噂が入ってこないとはいえ。アーティカが待ち伏せをされていたという事実は、打ち消しようもない。
用心に用心を重ねてもいいような気がした。
「どっちにしろ、先手を取られたことには変わりがないからな。さて、敵さんはどう出てくるか、だが」
ビクトールが、状況を確認しようとした時だった。
前を飛行していた軍用艦が、炎をあげて、二つに折れた。
ついでリディアスベイルも揺れが襲う。
「どこからの攻撃だ!確認しろ!」
机にしがみついてビクトールがわめいた。
「下です!やつら下から来ました!」
ビクトールはうめいた。
たかが空賊相手にこちらの進路を読まれ、待ち伏せされた。
おそらくもっとずっと下。海面まで降りていたのだろう。
飛行島一つ持っているならば、地図には乗っていない小さな島に偽装することはたやすい。
そこをつかれた。
アーティカの進路情報を入手し、発見される可能性がある間は海面すれすれで待機。
真上に来る時間を読んで上昇してきた、ということだろう。
「応戦しろ!上にいる分こっちが有利だ。敵に爆弾を落としまくってやれ!島一つつぶしてかまわねーぞ!」
先手を取られたとは言え、ビクトールの立ち直りは早い。彼の命令を、もう少し丁寧な言い方でサラが全艦に連絡する。不利な状況で始まった戦だったが、負ける気はしなかった。