13.追憶の空戦(1)
数十もの軍用艦が悠然と空を進む。そのうちひときわ大きな艦をビクトールは旗艦と定めていた。
リディアスベイル。
先日建造したばかりの、新型艦だ。
ビクトールたちの率いるアーティカは、何十年も専属契約を結んでいるとはいえ、傭兵であるということにはかわりがない。リディアスベイルも、今までに得た報酬を投じて作られたものだ。
「やはり新型の艦は違いますね。肌に感じる風まで別物みたい」
甲板に立って空を見上げているビクトールに、サラが笑いかける。
「そうだな。これが戦じゃなきゃ最高なんだが」
「団長のお言葉とも思えませんね」
束ねた紙の束を一枚めくって、サラはビクトールの前につきだした。
「これ、今回の作戦計画です。目、通されてますよね?」
「あったりまえだ」
憮然として、ビクトールはサラのつきだした紙を受け取った。
戦闘機に乗るのは好きだ、好きだった。戦闘時のめまいのするような何ともいえない高揚した気分。思うとおりに機体をあやつり、敵を撃破する。それだけで満足だった。もう少し若かった頃は。
一族をたばねる今となっては、それにともなう損害を考えざるを得ない。どんな勝ち戦であろうとも、こちらの損害もゼロというわけにはいかない。たとえ、空では最強に限りなく近いと言われる傭兵団を率いていたとしても。
何人もの仲間を、部下を見送ってきた。だから立てられた作戦計画には、綿密に目を通す。
部隊間の連携がうまくいかなければ、どれだけ強力な艦を用いようが、すぐに負け戦に転落する。
サラもそれはわかっているはずだ。あえて作戦計画のことに触れたのは、自分の目が遠くにいっているのを察知したからではないかとビクトールは思った。
「あれから十年……か?」
つぶやいて、もう一度サラの渡した作戦計画に目を落とした。
今朝最終的に決定された計画。もう何度も目を通して、中身はすでに頭にたたき込んである。
それでも念のため、もう一度中身を確認してサラに戻した。
「あいつらはどうしている?」
あいつら、が誰を指しているのかサラにはすぐわかる。間髪入れずに答えは返ってきた。
「機体の最終チェックにいそしんでいます」
「そうか」
現在リデイアスベイルには、フォースダイト搭載機は一機しか積んでいない。普段ビクトールとサラが使っている機体は、他のパイロットに回してある。二人はリディアスベイルから指揮をとらねばならないから、戦闘機で飛び回るわけにはいかないのだ。
その一機しかないフォースダイト搭載機のパイロットが、はねるような足取りでこちらに向かってきた。
背の中程まで届く赤い髪を、首の後ろで一つに束ねている。
「最終チェック終わりました!いつでも出られます!」
「それじゃ少し休んでおけ。お前たちの出番はまだ先だぞ」
「父さん」
彼女の後からやってきたヘクターが、ビクトールに呼びかけた。
ビクトールとほぼ同じくらいの背丈だが、体の方はやや細身だ。仲間からは二十年前のビクトールにうり二つだと言われれるが、ビクトール本人は「俺の方が男前だった」と主張している。
息子の方は、というと「父さんの言うとおり」と、かわすのが毎度のことだ。
ダナに並んだヘクターは、表情を引き締めた。
「照準が狂ってた。急いで調整し直したけど、整備班に言っておいて」
「だから出撃前に最終チェックさせてるんだろうが。とはいえ、たるんでるのは間違いないな。他のやつらにも、もう一度チェックさせるか」
頼むよ、と彼は言ってダナを引き寄せた。
のびあがるようにして、ダナがその耳に何かささやく。
「ヘクター。ダナ」
ビクトールはあきれた声を出した。
「いちゃつくのもほどほどにしとけ。お前ら、緊張感なさすぎだぞ」
くすくすと笑いながら、ダナはヘクターを船内へと引っ張っていく。
ダナに引かれたまま、ヘクターはもう一度こちらをふりかえって大きく手をふった。
「まったく」
ルッツを呼んでもう一度整備を確認するよう言いつけてから、ビクトールがぼやいた。
ダナと同じようにくすくすと笑いながらサラが返す。
「でも、団長は喜ばしいと思っておいでしょう?ハーリィとオリガの娘と団長の息子ですもの」
ふん、と鼻を鳴らしてビクトールは顔をしかめる。
「俺はダナが十八になるまで待てと言ったんだ。それをあいつときたら、『ダナが十八になるまで、俺とダナ両方が生きている保証はどこにあるんだ?』
だとよ」
髪に手をつっこんでかき回しながらの、ビクトールのぼやきは続く。
対するサラの声は静かなものだった。
「ヘクターの言うことにも、一理はあります。私たちの生き方を考えれば。ましてや二人で一つの機に乗っているんですもの。気がせいても仕方のないことでしょう?」
「まあな」
そうサラには言いながらも、ビクトールはもやもやとしたものを抱え込んでいた。気にかかるのはヘクターとダナのことではない。今は十六と二十一。多少年の差があるように思えるが、あと数年もすればつりあいがとれるはずだ。
それに。
サラが言ったとおり、この二人の仲は密かにビクトールの望んでいたことでもある。
十年前に散った親友たちの娘。
以来手元に置いて慈しんできたダナならば、ヘクターの相手としてこれ以上望むべくもない。常人ならば反動が大きすぎて、機体の制御を失いかねない反動の銃火機を搭載しても、機体の操縦を誤ることのなかったオリガ。どれほど高速で移動中であろうが、敵の進路を神がかった精度で予測して撃墜することのできたハーリィ。
それぞれ、閃光、雷激と呼ばれた彼らの乗った戦闘機はアーティカ最強を誇った。
彼らが乗った戦闘機でさえ、運命の手から逃れることはできなかった。
「そうか……」
ようやく気がついて、ビクトールは嘆息した。今日は、彼らが逝ってしまってからちょうど十年目。朝から胸にのしかかっていた重みはこれだったのか。
「今日でちょうど十年だ」
「お忘れでした?」
サラに言われて、ビクトールは苦笑する。
「あの時も戦そのものは大勝利だったんだ。失ったものは大きすぎたがな」
「今回も任務としてはそれほど難しいものではないでしょう?空賊退治ですもの」
「そいつが怖いんだ」
ビクトールは、前方の空をにらみつけるようにして腕を組んだ。