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空をなくしたその先に  作者: 雨宮れん
空をなくしたその先に
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10.サラ(2)

サラは機嫌よく答える。どこかもろさを抱えた笑顔で。

室内にいる男たちは、誰もこの状況で動こうとしない。不自然なほどにだまりこんで、それぞれの定席からサラの様子を見守っている。

銃口をダナに向けたまま、サラは器用に肩をすくめた。

「だってしょうがないじゃない。その坊やの持っているものは、私たちから空を奪ってしまう危険なものよ。あなたは聞かされていないのかもしれないけれど。それを守ろうとするビクトールが、信頼できなくなったのが一番の理由。それに」


ダナは、黙ってサラの言葉を受け止めていた。ディオの位置からは、背中しかうかがうことはできない。それでも、ディオの脳裏には唇をかみしめているであろうダナの姿が容易に想像できた。

「ヘクターはいないのに、ヘクターを殺したあなたはのうのうと生きているんだもの。それって不公平よね。そうね、でもそれだけじゃあなたを殺そうなんて思わなかった」

ダナが拳を握りしめた。

「ビクトール様は、ヘクターを殺したあなたの治療に多大なる労力を払った。二年も王立病院にいるなんて、どれだけの金額がかかるか予想つくでしょう?それもまだ我慢できたわ。だって、あなたはビクトール様の親友の子どもだから。だけど」

ダナに向けられた銃口がゆれる。


男たちは、まだ動かない。余計なことをしないようにと、命じられているかのように。

「なぜ、空に戻ってきたの。一生、私の目の届かないところにいてくれればよかったのに。ヘクターから空を奪ったあなたが、空で生きているなんておかしいでしょう?そんなの許せるはずがない!」

サラの声が割れる。


ディオは飛び出そうとした。ヘクターが誰かなんてことは知らない。ディオの知らない過去のことなんてどうだっていい。だだ、黙ってサラの言葉を受けているダナを守りたかった。

動こうとしたディオを制するかのように、ダナの手がのびてくる。背中越しにディオの手をさぐりあてるとぎゅっと握りしめた。


サラはそんな様子に気づくことなく話し続けていた。

「だから、私の目の前からいなくなってちょうだい。私はアリビデイルに行く。あなたを失ったビクトールの嘆く顔も見ないですむし、ヘクターの敵だってとることができるもの」

ダナに銃をむけたまま、サラはゆっくりと部屋を横切ってきた。サラ以外、誰も動こうとしない。まるでサラ以外、時を止めてしまったかのように。


ディオもまた、ダナに手を握られたまま動けなかった。

「どうして……ヘクターはあなたを選んだのかしらね?」

ささやくような小さな声。

「……わかりません」

返答も、消えてしまいそうなものだった。サラは首をふった。

「そうね、そんなの誰にもわからないわね。安心なさい。坊やは、センティア方面へ送り届けてあげるから。無益な殺生はしたくないのよ。できれば、ね」

説得力のない言葉をはいて、サラはダナの正面に立った。


「ここを血で汚したくないわ。甲板へ行きましょう」

男たちを室内に残したまま、サラは二人を甲板へと誘導する。ダナはディオの手を握りしめたまま、黙ってサラの言うとおりに階段をのぼった。

「遺言の言葉は?ビクトールに届けてあげるけど」

凄惨な笑みを浮かべて、サラはたずねた。

「ありません……ただ」

ダナが哀願するような声で返す。

「ディオにきちんとお別れを言わせてください」

「どうぞ、ご自由に」

くるりと向きを変えたダナは、ディオを抱きしめた。


最後の別れを惜しむかのように、ぎゅっと腕に力をこめる。ディオが小柄なので二人の頭の位置はほとんどかわらない。今の今まで手放せなかったトレイが、居心地悪いというように宙をさまよう。

「さよなら、ディオ」

そう言っておいて、ダナはすばやくささやいた。

「合図したら、格納庫まで走って」

ディオを抱きしめたまま、ダナは肩越しにサラにたずねた。

「彼の持っているものを渡せば、彼の命は助けてもらえるんですね?」

「もちろん。ちゃーんと、センティアまで送り届けるところまで約束するわ。あなたはそれが果たされたか、見届けることはできないでしょうけれど。あなたがいなくなったあと、彼と交渉するから安心しなさい」

「よかった……じゃあこれでお別れです」

ダナの手がひるがえった。


皿が宙を舞い、サラの顔を直撃しようとする。両手で顔をおおったサラの腕に皿が命中した。勢いで引き金をひいたのだろう。空に向かって銃声が響く。

「走って!」

言われるまでもなかった。

ディオは格納庫目指して必死にかけた。

気を取り直したサラが銃を撃つ。二回、三回と続いたそれはディオの体をかすることさえしなかった。


格納庫に飛び込んだのはダナが先だった。ディオを待って、ドアをしめる。もう一発放たれた弾が、ドアにあたって不愉快な音をたてた。

「乗って!」

昨日と同じ台詞。同じように尻を押し上げられて、戦闘機の後部座席に滑り込む。

背後では扉に到達したサラが、声をあげて仲間を呼んでいた。二人が入ってきた入り口とは逆方向の、発進口のシャッターを開くレバーを操作してダナも乗り込む。

前に滑り出したところで開きかけた発進口がまた下に降り始めた。


「間に合わないよ!」

「間に合わないならこうするだけよ!」

戦闘機のウィンドウをあげて、ダナは無造作に小さな玉を放り投げた。シャッターにあたると、それは爆発してシャッターをふきとばす。

「乱暴……ううううあああああああああ!!!!」

爆風と同時に二人の乗った戦闘機は空に飛び出した。

リディアスベイルから銃砲が二人を狙う。ちらりとリディアスベイルに視線を投げて、ダナはつぶやいた。


「生き延びる……なんとしても」

銃弾をかわしながらダナは戦闘機を下降させていく。軍用艦は戦闘機ほど急降下することはできない。相手をひきはがしたところで、海面すれすれに飛び身を隠す。


航路図を横目でにらんでダナが言った。

「どこか適当なところで海岸に着けるわ」

「このまま地上におりるってこと?」

「それしかないと思う。この機体も万全じゃないし、陸路使うしか手はないわ」

それだけ言うとダナは黙り込んだ。ディオの質問をすべて拒むように。

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