6 聖女様にとっての『真の愛』とは。
白い白い白い世界。
それがゆっくりと薄まり、視界が晴れた後、そこには女神のお顔があった。
「め、女神……じゃなくて聖女様?」
「はい。『救世の聖女』、ワンダ・ポギーネなのですよ」
どうやらここは伯爵邸のベッド。
そして僕は、ある重要なことに気づいた。
「こ、これは、せせせ聖女様のおおおお部屋なのでは!?」
「どうしてわざとらしく吃るのです? ここはあたくしの部屋なのですが、嫌だったのですか?」
否、断じて否。
聖女様の甘い香りのするお部屋が嫌なはずがない。むしろ大歓迎、夢心地だ。
でもどうして僕がこんなところに寝かされている……?
僕は記憶をゆすり起こし、そして気を失う前のことを思い出した。
僕らは確か依頼を受けて王城まで足を運んだはずだ。そこで第一王子に何でもない怪我を見せられ、そして――。
「求婚されて断って逃げ損ねた」
そう。そうだったはずだ。
もしやこれは夢? しかしいやに現実味があるのだが……。
「あの後、あたくしは一人で彼らを相手にしたのです。王国の兵士たちですから相手は当然強かったのですが、聖魔法の力でなんとか勝利したのです。ただあの大きな魔法使いには苦労したのですが、過度な癒しの力を与えて昏倒させたのです。……そうしてこの場所まで帰って来られたのですが」
聖女様は困ったような顔をし、
「あれは国家への反逆と取られても仕方がないのです。ですから当然、この伯爵家が目をつけられることになるかもしれないと、お父様は言っていたのです。あたくしは伯爵家から追放となるそうなのです」
と言った。
僕は耳を疑った。
追放? 反逆? 何の話をしてるんだと思ったが、しかしなるほど、考えてみればそうかも知れない。
今回は絡まれた相手が悪かった。あれがもし貧乏貴族などであれば今までのようにいくらでもやりようがあったが、相手は国家なのである。
勝てるはずがない。
でも、それにしたって追放なんて酷すぎるだろう。だって聖女様は何も悪いことなんて。
そんなことを考えていたその時、僕の寝ぼけた頭を殴りつけるような発言が飛んで来た。
「ルイスが起きてくれて良かったのです。あたくし、今から旅立つので」
「今から……? ちょ、聖女様何を?」
「お別れなのです。……ルイス、じきにあたくしに代わる新しい聖女様が現れると思うのです。その方に仕えるといいのです」
何を言われているのかわからない。
お別れ? 突然すぎて、頭に入って来なかった。
「ちょっと待ってください。だって僕は、僕はまだ」
――聖女様にきちんと想いを伝えられていないのに。
「ありがとう。あたくし、今から『真の愛』を探しに行くのです。あたくしの運命の相手がどなたなのかを知る旅に」
しかし僕に何かを言う機会は与えられない。
聖女様は静かにそう言うと、僕の枕元を立つ。そしてそっと部屋を出て行こうとした。
いつもの美しい笑顔を見せる聖女様。でもその姿はどこか悲しげに見えて、僕は手を伸ばしたのだ。
「聖女様! お願いがあります!」
「何なのです? あたくしも行きたいわけではないのです。けれどもこれは――」
「僕を、聖女様の『真の愛』のお相手に――運命の人に選んではくれませんか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あたくしにとっての『真の愛』。それは神に選ばれたかどうかなのです」
聖女様は静かに語り出した。
「神のお心は誰にもわからないのです。けれどあたくしは王子殿下に迫られた時、それではないと感じたのです。だから断り、そしてこうなった。これも神のご意志だと、あたくしはそう考えているのです。
だからあたくしにとっての『真の愛』とはただの思い込みでしかないのかも知れないのです。あたくしは勝手な女ですから。きっと今までのお相手の中にも、神に選ばれた者がいたに違いないのです。それを見つけることができなかっただけで……。
運命の二人は、勝手に惹かれ合うものなのですルイス。だから、あなたをその人に選ぶことは、できないのです。
ただあたくしにそう願ってくれたあなたの心だけは嬉しいのです。
身勝手なあたくしをどうか許してくださいなのです。ルイス、あなたにはきっと、もっと淑やかで高潔で、自分の心を強く持ったお相手が現れるに違いないのです。
わかりますね? だから、ワガママはいけないのですよ」
聖女様のお話は、なんとなくわかるような気がする。
だが、僕は諦めなかった。だって、だって――。
『真の愛』とは神なんかに選ばれるかどうかじゃなくて、心から好き合う気持ちだと思うから。
「愛しています」