5 お城の兵士に追われています。助けてください。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
聖女様を抱え、僕は今全速力で走っている。
息が切れそうだ。しかし今立ち止まるわけにはいかない。だってすぐ背後には、無数の兵士たちが迫っているのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王子ポーディンの求婚を受けて、だが、聖女様は当たり前のようにそれを断った。
「初見のあなたに恋情を抱くことなどできないのです。あたくしは、『真の愛』の結婚をしたいとそう考えているのです。ですから申し訳ないのですが……」と。
そして、当然のように王子は激怒した。
そりゃそうだ。
彼は聖女の力を体感してみたかったのではなく、ただ、聖女様を呼びつけ自分の物にしたかっただけなのだから。
「このままでは逃さないぞ。力づくでも捕まえろ!」
……というわけで、僕たちは今逃走中なのである。
全く変な相手と絡んでしまったものだ。これだから聖女様は……。
単なる下僕でしかない僕は、ただ逃げることしかできない。
さて、このままでは腕っ節の兵士に取り囲まれてしまう。僕はどうしたらいいだろう。
「ルイス。あたくしを抱えなくてもいいのですよ?」
「聖女様にもし何かあったら! 僕の首が飛びますから!」
「あたくしの心配ならご無用なのです。きちんとお話しして、王子様と和解を」
「取っ捕まるだけですよ! 聖女様、バリア貼ってください!」
「はいはい」と聖女様が結界を張る。
これで彼女が許容した者以外は何者も立ち入れない。しかし残念ながらこれは時間制限付きで、いつまでももつものではない。ほんの時間稼ぎでしかないのだ。
走り続けながら、僕はふと疑問に思った。
先ほどの王子のプロポーズを、聖女様は『真の愛』の結婚をしたいと言って断った。
ではそれは、僕がラブコールをするのと何の違いがあるのだろう。結局、彼女が認めた相手しか心を許さないのだとしたら……。
そもそも、
「聖女様にとっての『真の愛』って何なんですか?」
「急にどうしたのです? もしかしてあたくしを王子と結婚させたいのです?」
「いえ……」僕は思わず言葉に詰まる。これも遠回しのプロポーズだというのに、やはり聖女様は鈍感だな。「実は、伯爵様が早く聖女様に結婚していただかないと困るとおっしゃっていまして。だから、その」
「ああ、そのことなのです」
聖女様は僕の腕に抱きかかえられたまま、にっこりと微笑んだ。
「お父様がどう思おうと、あたくしはあたくしの幸せのために生きるのです。ですから無理矢理に結婚させようとしても、そうはいかないのです」
「……。聖女様は、身分などどうお考えですか? 身分差でも『真の愛』は築けると、そうお思いですか?」
今まさに王国兵が手を尽くして僕らを追って来ようとしているというのに、僕たちはなんて呑気なのだろう。
でも僕は至って真剣だった。むしろ、今この場でしか話せないだろうと思ったから切り込んだのだ。
「身分などあたくしのとっては本当にどうでもいいことなのです。神が選んだ運命の二人は、身分には囚われないとそう思うのですよ?」
身分差でも……いい?
そう聞いた瞬間、僕の内側から力が湧いて来るのがわかった。
下僕でしかない僕が、聖女様にこんなことを言うなんて本当は許されないことだ。けれど、もしも聖女様が許してくださるなら。
ならば、僕が言うべきことはたった一つだった。
「なら! 聖女様が今、愛していらっしゃる方はいますか! 例えば、僕とか!」
その時、結界が剥がされた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ビリ、と音を立てて剥がれたバリアはもはや何の意味もなさなかった。
巨漢の魔法使いが目の前に飛び込んで来て、僕に向かって火の玉を投げつけてくる。そんな攻撃に僕が抗えるはずもなく、僕たちは背後へ吹っ飛ばされた。
そして倒れた僕らを襲うのは数十人では下らないであろう城の兵士たち。
腕や足を踏みつけられ、痛みに苦鳴を漏らす。そのまま僕はなすすべもなく、腕の中から聖女様を奪われてしまった。
「せ、聖女様っ!」
直後、顎に走る衝撃。
誰かに蹴られたのか、殴られたのか。
わからない。わからないが痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛――。
「あたくしのルイスをいじめないでくださいなのです」
そんな声が聞こえたと瞬間、視界が白く染まった。