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顔の無いカラス達  作者: 藤滝莉多
3/4

嫉妬

 まだ若干体は痺れる。

 だが急いで行かなければならない。

 追加で来た追手はほとんどターゲットと葵のいる方に行ったようだ。俺の方には二、三人しか来なかった。

 俺達からすれば烏合の衆みたいな奴らだが、それでも大人数居れば葵の足止めにはなる。

 俺の方にその二、三人のボディーガードが来るまでの時間は、痺れに対してそれなりの回復を待つには十分だった。後は気合だ。多少てこずったが片付けられないことは無かった。

 俺は葵達が走っていった方向へ走りながら、仲間に連絡を取った。

「アンジュ! 葵の居場所を教えてくれ!」

『え!?あ、はい! 今、N地点からP地点の方へ進んでいます!』

「ありがとう、そのままナビしてくれ! それと……!」

『分かりました!』

 あっちではスイセンがまだ戦っているらしい。戦闘音が聞こえる。

 アンジュのナビを聞きながら、俺は葵のいる先へ動く。聞いているとターゲットの側にいるボディーガードはかなりすばしっこいらしい。葵がなかなか追い付けない程だ。ただ、明らかに葵は上へ、上へと誘導している。どうやらあいつは本気だ。逃げ場の無い屋上で殺る気なんだ。

 ならばと、俺は屋上に向かうことにした。




 相変わらず、満月は痛い程眩しい。

 ターゲットに離れず付いていた、一番腕の良いだろう一人のボディーガード。そいつが倒れているのが、目を凝らさずとも分かるくらいに照らし出されている。

 ターゲットは屋上の金網にもたれ、座り込んでいる。

 震える声で、口を開いた。

「父の、指金ですよね……」

 その息は少し白くなり、夜の空気に溶けていく。

「父は……どうして僕を殺そうとしてるんですか?」

 葵はターゲットの前に立ちはだかり、電気棒を構えていた。

「なんや、そんなんも知らへんねんなあ」

 葵のいつも凪いでいるかのような声に、少しだけ感情がこもっている気がした。

「ええよ。教えたる」

 間に合え、間に合え。

「あんさんなあ、父親に嫉妬されてんねんて。あんさんの方が医者としての腕がええさかい。気の毒やけどそないわけやさかい、しゃあないでね」

 当然のことだろうと言わんばかりのその声。ただターゲットは当然と思わなかったようで、その答えに目を大きく見開いた。

「は……なんで、そんなことで……」

「『そんなこと』?」

 葵が中指を電気棒に立てる。ばちっという音が響く。そして、その棒をターゲットへと近付ける。

「やめろ葵!」

 そこで俺が葵に思いきりタックルした。

 マスクで見えないが、流石の葵も驚いた顔をしただろう。どうだ、俺だって気配を消す訓練はしたんだ。

 そのまま葵は床に倒れ込む。つぅっ、と葵が苦しそうな声を微かに漏らした。よし、これでターゲットとの距離は稼いだ。

「息子さん! 俺達はあんたの味方だ! 今はこの馬鹿が暴走してるが、俺達はただの嫉妬で命を狙われるあんたを……ぐぅっ!」

 葵が蹴りを入れてきた。こいつは本当に、的確に急所に入れてくる。

「『そんなこと』『ただの嫉妬』」

 俺達の言葉を復唱しながら、葵は電気棒を構える。そして素早い突きを俺に向かって放った。

「なあ、知っとるか? 嫉妬はなあ、人を狂わすほどの苦しみを与えねんで。それも父親が子どもになんて、想像を絶する苦しみやろなあ。なあ、そんな人間、生まれただけで罪やさかいね」

 何度も来る突きを、俺はひたすら避ける。スピードは葵の方があったはず。なのに俺が何度も避けられているということは……。

 葵がターゲットの方を見る。

「なあ、そやさかい、大人しゅう殺されてくれへん?」

 葵の動きが単調になっている、ということだ。

「そんな……僕はただ……」

 逃げればいいのに、がっくりとターゲットはうなだれ、そう言葉を吐いた。

 というより、格好の的だから本当に逃げてほしい。

 俺のそんな想いが伝わるはずも無く、ターゲットはまたひとつ、ぽつりと呟いた。

「父さんに褒められたかっただけなのに……」

 その言葉に、葵の動きが一瞬止まった。

 そこですぐ抑え込めばいいのに、俺は葵のおかしな様子に、思わず見入ってしまった。

 電気棒を携えた義手はぶらんと垂れ下がり、顔はターゲットの方を見ている。口から、何やらか細い息が漏れ始め。

 そして葵はマスクの口元を抑え、膝をついた。

「着いたわよバカ共―!」

 屋上のドアの方からスイセンの声が大きく響いた。ドアが閉まっていれば、蹴破ってきそうな勢いだ。

 そして俺も我に返り、膝をついている葵を羽交い絞めにする。

 葵の居場所を聞く時、二人を呼んでおいて正解だった。

「通信機で話は聞いてたわ。葵、あんたどうしたのよ」

 スイセンが俺達を見下ろしながらそう言う。アンジュはターゲットに事情を話し、安心させようとしていた。

 葵は俺の下で微かにえずいている。吐いてはいないが、苦しそうだ。

「あら……珍しい。……苦しそうなあんたってそそるわね」

「早くターゲットを連れて行ってやってくれ、危険だ」

 こんな時にでもスイセンは相変わらずだ。だが今はそうは言ってられない。俺がスイセンにそう言うと、スイセンとアンジュの二人組はターゲットを連れてマンションへと入っていった。殺しの偽造工作をしてくるのだろう。

「さて……」

 意識はあるが何やらぐったりとした葵を見下ろした。

 この厄介ごとは長そうだ。




 葵が落ち着くまで、二人で屋上にいた。空の満月に小さな雲がかかっては、また月が顔を出すのを眺めていた。

 そろそろいいかというタイミングで、葵に声をかける。って言っても、労いとかではないんだが。

「なーにやってんだお前は。言っとくけどこんなのクビになってもおかしくないからな。罰則は覚悟しとけよ」

 俺のそんな言葉に、葵は返事もせず俯いている。監視カメラや周りの目を確認し、俺達はもうマスクを取っていた。

「どうしてこんなことをしたのか話せ。言っとくけど優しさからじゃないぞ。この先もこんなことがあったら困るからだ」

 ずるいとは分かっていつつも、そう理由付ける。葵はなんだかんだ真面目な奴だから、そう言えば話すだろうと計算済み故のことだった。

「……長くなっていいから」

 そう、付け足す。まだグループになって日は浅いが、俺達は仲間だ。

 話して欲しかった。

 葵は小さく、唇を動かした。

「……自分の父親はな、巨匠やら呼ばれるほど才能のあるヴァイオリニストやったんや」

 話し出したのは、自分自身の父親のこと。

「でも自分の存在が、それを曇らせたんや」

 その内容に、先ほどまでのターゲットと依頼人の関係が被る。

 思わず聞いた。

「……嫉妬、か?」

 葵はこくりと頷いた。

「小さい頃、よう父親にヴァイオリンを教わった。あの人はヴァイオリン以外不器用な人でなあ。雑談すら下手くそで、家族とすら話したけどらへんねん。ただ、ヴァイオリンの時だけは違うた。色々話してくれはって、上手にできたら褒めてくれて。それが嬉しおして、必死に頑張っとったなあ……。」

 知らなかった、葵の人間臭い一面。

 しかしそこから語られていく過去は、次第に重みを、闇を増していった。






 ある時から父親の、自分を見る目が変わっていったのが分かった。自分が上手く弾ければ顔をしかめて、賞を取れば物に当たるようになった。最初はどうすればいいか分からなかった。ヴァイオリンをやめれば、元の父親に戻ってくれるかもしれない。そんな淡い期待から、ある日幼い自分はつい言ってしまった。

「お父さん、僕、お父さんがそないに嫌なら、バイオリンなんてやめんで?」

 その時、自分に向けられた父親の目を今でも忘れられない。

 信じられない塵を見るような、軽蔑しきった目。そして同じくらいその目に含まれた憎しみ。

 今なら分かる。父親は、その程度の気持ちでやっているヴァイオリニスト如きが、自分の地位を脅かされるかもしれない才能を持っていることが憎くて仕方なかったんだ。

 父親はぶんと腕を振り回し、自分の頬を殴ってきた。あまりの痛さに、涙すら出なかった。そして母親がきれいに育てていた観葉植物を、自分の方に向かってガシャンと倒し、部屋から出ていった。大きな観葉植物の鉢は、あと少しで倒れていた自分の頭に当たるところだった。

 自分や、母親にまで手を上げるようになったきっかけだ。

 父親は、その頃辺りから酒にも溺れるようになった。当然、父親はヴァイオリニストとしての腕も落ちていった。素晴らしいヴァイオリン奏者だったというのに、見る影もなくなってしまった。

 自分のせいだ。自分のせいだ。

 毛布を被りながら、父親がかつてしていた演奏の録画を聞き返していた。

 涙が止まらなかった。

 翻り、踊っているかのような美しい音色。命を帯びるとはこのことなのかと言わんばかりに響き渡る、見事な演奏。

 自分が憧れ、愛していた音はどこにも無くなってしまった。

 音楽界の巨匠は、どこにもいなくなってしまったのだ。


 ある日、自分が13の時。事件が起こった。

 酒を飲んだ父親が、母親を殺した。

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