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顔の無いカラス達  作者: 藤滝莉多
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己の正義

 あれから数日が過ぎたある日。仕事の依頼が入った。いつもはリーダーである俺だけをボスが呼んで、俺がその仕事内容をメンバーの三人に伝える、という形であったが、今回は違った。ボスは俺たち四人、グループ全員を呼んだのだ。

 そういう時は決まって大きな仕事か、何か特殊な依頼だ。

「失礼します」

 そう言ってボスの部屋に入ると、ボスは資料の山に囲まれていた。こめかみを指で押さえている。あれはあの人が困ったりうんざりしている時に出る癖だ。

 しかし俺達を見るとぱっと指を離した。そして本人は隠せているつもりだろうが、疲れ気味の笑顔を見せる。

「来てくれてありがとう。皆、調子はどう? 元気?」

「絶好調です!」

「それなりには……ボス、お元気そうで何よりです」

 ボスのねぎらいに、スイセン、アンジュの順で答える。葵は何も言わない。

「人の心配してる場合ですか、ボス。また何か面倒なことがあったんでしょう。顔に出てますよ」

 俺がそう言うと、ボスはぱちくりとした後、目を伏せてため息を吐いた。こめかみに指を当てて。

「あんたね、そういうことは気付いても言わないのが華ってものよ。」

「部下に心配させまいとするのは貴方の良いところでもありますが、俺はそれを許容しかねますね」

 彼にはそういうところがある。昔からその気はあったが、組織が大きくなってからは尚更だ。

「大体……」

「依頼」

 俺が更に小言を言おうとすると、葵が口を挟んだ。反射的に葵の方を見ると、葵はこっちを見すらせず、視線をボスにやったままいつもの無表情で言葉を続けた。

「依頼があったんやろ。この人は無視してええさかい、続けとぉくれやす」

「え、えぇ……」

 そこで俺はようやく、スイセンは髪をいじり出していて、アンジュは苦笑いしていることに気が付いた。




 依頼は、とある大きな病院の顔とも言えるらしい医者からのものだった。内容は、自分の息子を殺してくれ、というもの。

 息子は外面こそ良く、人々から信頼を勝ち取っていっているらしいが、裏では臓器提供、協力者への恐喝、故意による医療ミスの強要……など、悪人と言って全く差し支えない行動を影で繰り返していた。証拠の資料も大量に提出されている。警察に訴えて自分や病院に被害を出したくないから秘密裏に消したい、というもの。

「……と、言う内容が、今回入った依頼なんだけど」

 そう言うと、ボスは持っていた資料をバサッと放り投げた。

「証拠は全くの偽装。こっちでちゃーんと調べたら、息子さんは評判通りの品行方正なお医者さんだったわ」

 資料がひらひらと紙吹雪のように落ちる。その中で見えたボスの顔は、笑顔ではあったものの明らかに怒りが見えていた。

「それどころか、依頼人は部下達をパワハラ三昧。苛め抜かれて自殺したなんて人も。あまりに被害が多いし、依頼人はとにかく急いで殺せとめちゃくちゃせっつくし、ほんっと疲れたわ」

 本当にどうしようもない依頼人がいたもんだ。急げというのも、嘘がばれる前に殺させたかったのだろう。提示された資料が嘘か本当か、どんな状況だろうとボスが調べさせないわけないのに。

「私達を欺こうなんて不届き物にはお灸が必要ね。とりあえずあなた達は息子さんを殺したと見せかけて頂戴。あとはゆーっくり、こっちであの父親を後悔させるから」

「はい!」

 ボスの言葉に、俺達は声を揃える。

「……あの」

 一人、葵を除いて。

「葵? どうしたの」

「その父親は何で息子を殺して欲しかったんですか」

 葵が早く話を終わらせる目的以外で口を挟むなんてかなり珍しい。俺たちグループのメンバーは、思わず葵を見る。葵の質問に、ボスは少し考えてから、ぽつりと言った。

「嫉妬……でしょうね。自分よりできた息子の。何せ、息子目当ての病気の患者も増えてきたみたいで、依頼人は患者から、あの先生……もちろん息子ね、に、かかりたいとか言われることもあったみたいだし」

「そう……ですか」

 葵がそれ以上口を挟むことは無かった。ただ、起きた異常事態にボスと葵以外の俺達は目を見合わせていた。

 こっちから、葵の表情は見えない。

 おかしな空気を察知したのか、ボスは二回程咳ばらいをした。そして、すっと俺達の方を見て、よく通る低い声で、いつものあの言葉を投げかける。

「私達のしている“殺し”は一見すれば悪行よ。ただ私達は殺す相手を選び、悪人しか殺さない」

 その言葉に、空気が張り詰める。ぴりりとしているが、心地の良い空気だ。

「誰かが手を汚さなければならないような、法で裁かれない悪だって存在する。これは自分達にとって正義と決めた行いよ、胸を張りなさい」

 皆の士気が上がっていくのが分かる。そして俺自身も。

「如何なる所業も、己の正義に準じよ!」

「はいっ!」

 どんな行いも、自分の正義に……。

 俺はいつだって、ボスの正義を信じている。





 満月が煌々と夜の街を照らす。

 辺りが明るすぎるのは嫌だが、これも依頼人であるあのダメ親が早く早くとゴリ押したせいだ。

 通信機からアンジュの声が聞こえる。

『鬼手さん。ボディーガードは、予定通りの場所についています』

 あのダメ親が息子の命を狙ったのは今回が初めてではないらしい。うちに依頼するより前にお粗末な殺し屋組織を雇い、そこが殺しに失敗し、息子はボディーガードを雇うようになった、というわけだ。おかげで今回の任務はやや骨が折れそうだ。

「分かった。スイセンと陽動頼んだ」

『はい!』

 スイセンとアンジュには正面から攻めてもらう。裏から攻めるのは俺と……。

「葵」

 そいつの名前を呼ぶ。

 葵は聞いているのかどうなのか、月を見ていた。

 満月そっくりな葵の黄色い目が、その光を浴びてやけに光っていた。

「聞いてたか、そろそろ行くぞ」

「そうやな」

 そう言って葵はマスクを付ける。顔の無いカラスのような、真っ黒なマスクを。




 パリン。

 窓が高らかな音を立てて割れた。いや、割った。

 そして俺と葵はマンション内の廊下に侵入する。

 ボディーガードと思しき黒スーツ達が、振り向く。ここはターゲットが避難経路にしていたところだが、ターゲットである息子は……。

 いた。ビンゴだ。

 黒スーツに紛れて変装してはいるが、そんなちゃちな変装でプロの目をごまかせると思うなよ。

 今頃ターゲットの部屋は、罠としてボディーガードがみっちりだろうな。そう思いながら、俺はコードネーム「鬼手」の由来となった、武器である手甲を見せびらかすように腕を振りかぶる。

「ひぃっ!」

 ターゲットが頭を抱えてしゃがむ。

 ボディーガード達は俺に向けて銃をぶっ放した。何発、5発だ。

 俺は飛んできた弾を手甲で払いのける。真っ直ぐ弾をパンチで受けてやると手甲がちょっと傷付く。なので、弾を横から払ってやって銃の威力を分散させてやる。

 銃をいなした俺を見て、左から二番目のボディーガードが喉を鳴らした。

 あっちがあっけにとられている隙を突き、葵が俺の後ろから飛び出した。カチチチ、と葵の腕についてるダイヤルから音が鳴る。

 そして棒をボディーガードの体に突き立てて、放電。短い叫びと共にその一人は気を失った。

 そいつが床に倒れこむより速く、俺も別のボディーガードの懐に入り込む。顎を狙って、打つ。

 後ろにいるボディーガードがターゲットの腕を抱え、立たせ、逃げさせようとする。

 他のボディーガードが至近距離で俺に向かって銃を撃つ。

 いいねえ、力の差が分かっていながらも戦う奴は、俺ぁ大好きだ。

 思わず舌なめずりをする。




「あ、いけね」

 俺の周りには、十数人のボディーガードが死屍累々としていた。

「やべー……。今日は悪人じゃないんだった……死んでないよな」

 もし殺していたらボスから大目玉を食らう。そもそもボスの理念に反することをしてしまう羽目になる。

「生きてるか確かめ……ん?」

 葵がいない。

 少し嫌な予感がし、俺はボディーガードが死んでないかの確認もせず、廊下を大急ぎで走っていった。

 廊下すら足音もならないようなふかふかの絨毯。足音を殺す手間が少なくて済むから助かるな。そんなことを思いながら廊下を曲がると、そこに葵がやったのであろう、気絶したボディーガード達の山があった。

 一応全員生きてはいるようだが、明らかにおかしい。あいつはよほど急ぎでない限り、死体……まだ死んでないか。倒れた奴らは綺麗に並べて置くタイプだ。よく資料とかも俺が雑に置いておくと見苦しいのかせっせこ並べ始める。

 そのくらいきっちりしくさったあいつがこれを放置していることがおかしい。

 さっきよりも全力で走り出す。

 今思えばあいつは、この依頼を受けた時からおかしかった。依頼人の動機を聞くなんて、普段のあいつからは考えられない。

 何故か分からないが、あいつの義手が頭をよぎった。

 遠くから戦闘音が聞こえた。

「くっ!」

 全速力でその場に行くと、葵に踏みつけられたボディーガードと、気絶した他のボディーガード、逃がすはずのターゲットがいた。

 そして葵は、ターゲットに向かって電気棒を振りかざしていた。

「葵!」

 葵が振り向く。その瞬間に一気に間合いを詰め、葵の義手の方の手をガッと掴む。

 力じゃ俺の方が上だ。

「何してんだ!」

 腕をつかんだまま、力で壁の方に押し切る。葵が踏んでいたボディーガードはまだ気絶していないから自由にさせるのは危険だが、今は葵の方が危険だ。

「今日の殺しのターゲットはあの人やん」

 葵はそう、淡々と告げる。

 表情はマスクのせいでよく分からない。

「話聞いてなかったのかよ!」

「聞いとったよ。父親の不平を買うたんやろ」

 悪びれも無くそう言う。何だ? 一体こいつはどうしたんだ?

「だからそれは、単なる嫉妬で……!」

 後ろでは、ボディーガードが通信機で仲間を呼んでいるのが聞こえる。

「何言うてはるの。父親はえらい腕のええ医者なんやろ。社会に役立ってる人間の足を引っ張る存在なんて、どう考えたって害やん」

 滅茶苦茶な理論。こいつは、俺の知ってる葵なのか?

 ……いや、俺はこいつのことを全然知らない。

「……お前、今日よく喋るな。お前がよく喋るなんておかしいぞ。どうした?」

 こいつの知らない一面が今、顔を出しているだけなのだろう。

「……」

 葵は黙っている。仕事の効率を考えればこいつを気絶させた方がいい。

「それにお前、いつもは殺しのターゲットのことなんてまるで興味ないだろ。正直悪人か善人かすら。違うか?」

 ただ、隙が無い。葵の電気棒は封じているが、俺は手甲をはめた右腕で葵をつかんでいる。力で押し切れば勝てるが、葵には技術がある。

「『如何なる所業も、己の正義に準じよ』……うちの組織の理念だろ。今のお前は正義だとは思えない、やめろ」

 だからせめて、心に訴えかける。ボスが言っていた信念を信じて。

 すると葵がふっと笑った。こいつの笑い声なんて、聞いたことが無い。例えそれが、嘲るような響きがあったものだとしても。

「正義? 人殺しがよう言いはるわ」

 葵の一言に、頭がかっと熱くなった。思わず胸ぐらを掴む。

「お前っ……!」

 ボスを愚弄する気か、そう叫ぶはずだった。

 ばちっ。

「かっ……」

 隙を突かれた。殺す程の威力では無いが、電気を流された。

 俺はその場にどさっと倒れ込む。

 気絶はしてないが、体が麻痺してしまった。どたどたと、ボディーガード達が走って来る音が聞こえる。

 いつの間にか逃げていたターゲットを追いに、葵も走って行ってしまう。

 「やめ、ろ、あおいっ……!」

 廊下に倒れ込み、微かな声しか上げられないリーダーは、さぞかし無様だっただろう。

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