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顔の無いカラス達  作者: 藤滝莉多
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序章

 どんなに太陽の届かない闇が覆っても、この街ではあちらこちらで人工の明かりが夜を照らす。

 しかし照らしきれない闇はある。

 そんな闇を更なる闇に葬るために、俺達はいる。


「このコソ泥がぁ!」

 ガッ、ゴッ、と鈍い音が、人気のない駐車場に響く。

「やっ、やめてくださっ……」

 乞い願うその声は、夜の闇に隠れて人々に届かない。そのスーツが汚れ、メガネがひしゃげる。地面に転がる画面の割れたスマホ、そこの画面には、小さな子どもが誕生日ケーキを吹き消そうとしている写真が映し出されている。そして女の名前で「今日遅いね、大丈夫?」というメッセージが。

「お前が悪いんだよ。俺の客だったのに。あとちょっとで契約取れるはずだったのに! お前が決まる直前に入ったせいで、お前のおかげみたいになったじゃねえか!」

 そう言って、更に暴力男は腹に蹴りを入れる。

「がはっ……!」

 倒れているサラリーマンは腹を抱えてうずくまる。暴力男は息を切らしながら、落ちているスマホに目をやった。

「これお前のガキかぁ? お前みたいに地味眼鏡だなあ。パパの写真撮って送ってやるよ。おら、顔上げろ」

『遅くなりましたっ……!ターゲットで間違いありません!』

 待ちに待ったその一言がやってくる。この場面は……。

「葵、任せた」

 俺はそう、隣のメンバーに告げる。一も二もなくそいつは駐車場の天井から飛び降りた。

 飛び降りる最中、カチカチと葵は義手についているダイヤルを回した。そして数字が決まった配列になった瞬間、葵の義手から棒状の武器が素早く飛び出す。

 スタッ。

 天井から飛び降りたとは思えない程に軽やかな足音を立てて、暴力男の背後に着地する。

 奴がその音に気付いて後ろを振り向ききるよりも早く、葵は再度義手のダイヤルを回し、暴力男の首筋に、手から生えた棒を押し付ける。

 カツッ。

 そう音を立てて、葵は棒に中指を突き立てた。すると。

「ぎゃあああああああ!」

 バリバリと音を立てて、棒を通した電流が男の体を走っていった。

 葵の武器、電気棒だ。武器の名前は無いそうだから、俺が勝手にそう呼んでいる。義手についているダイヤルで決まった数字にすることで、流す電流の大きさが決められる。そして中指を突き立てることが放電の合図になる、特殊な棒付きの義手。

 何ボルトか知らないが、電流を思いきり流された男は、そのままドサッと倒れる。恐らくもう死んだだろう。俺も顔にマスクを着けていることを確認して飛び降りる。

 ドン! という音と共に、通信機の先に居るメンバーに話しかける。

「ターゲットを捕獲。今から戻る。救急車の手配も頼んだ」

『はっ、はい。救急車はそろそろ来るはずなので、早めに退散してください』

 流石アンジュ、仕事が早い。

 そう思いながら暴力男を肩に担ぐ。ふっ、と殴られていた側の男が目に入る。

 「ひっ……あっ……」

 明らかにおびえた様子。彼のメガネには、真っ黒な面をつけている俺達が映っている。まるで目の無いペストマスクだ。こんなのを付けてる奴らが天井から降ってきたら、そりゃ怖いか。

 救急車が来るまでの間不安だろうからと、マスクで表情は見えないがニカッと笑ってこう言ってやる。

「遅くなって悪かったな。悪は滅びた! もう大丈夫だ!」

 そんな俺の言葉に、男はぽかんとしている。追い打ちをかけるように、担いでいない方の手で親指を立ててやる。

 しかし急に手を前に出したから、さっきまで暴力を振るわれていたあっちとしては、余計怯えさせてしまったらしい。ひっ、という声を出して小さくなる。

「おっ……安心させたかっただけなんだがなあ」

 そんな裏目を出しまくる俺に見切りをつけたのか、葵が前にずいと出る。

 葵はなかなか無口だ。何を言うんだろう。

「通り魔にやられたって言い。間違うてもうちらのこと言うたら、あんさんも殺すさかいな」

 脅しだった。

 男はヒュッと息を飲み、こくこくと高速で頷くのだった。

 とりあえず仕事はひと段落した。

 俺達は殺し屋。

 正義の殺し屋だ。


 今回の殺しのターゲットは、営業の会社に勤めているボンボンだった。親の権力があるから、何をしてももみ消してもらい放題……という、よくあるがタチの悪い、いわゆる社会のガンだ。

 ただあいつは人だって殺したことがあるような人間だった。あの暴力を受けていた男も、あのままにしていたら殺されていたかもしれない。

 俺達はそう言った、諸々の事情で表社会では裁けないような社会のガンを摘出する、まあ悪人を殺す殺し屋だ。

 俺達は組織の中の四人組で、鬼手こと俺、葵、スイセン、アンジュで動いている。

 さっき作ったばかりの死体を抱えながら、地下通路を闊歩する。

「この後祝杯でもあげるか?」

 くるりと振り返って、葵とスイセンに話しかける。

「……酒は飲まへん」

 せっかく小さめと言えども仕事が片付いたのに、葵は相変わらずつれない。メンバーのうちの一人、今回は見張り役をしていたスイセンがやれやれと言わんばかりに腰に手を当てながら言う。

「はー、あんたいつもそう言うけど、そもそも飲もうとしたことあるわけ?」

「まぁそう言うなよスイセン」

 スイセンはよく葵に絡む。また喧嘩……と言ってもスイセンが一方的に怒るだけなのだが、まあ喧嘩になる前に間に入り、フォローをしてやる。

「年齢確認されるんだろ」

 そう言った瞬間、顔に拳が飛んできた。

「おっとー、葵ー。図星だったのかー?」

 初撃含めて葵による拳を全て手でいなしながら、笑顔で言葉を続ける。何を隠そう、この男童顔なのだ。もう28のはずなのに、正直高校生くらいにしか見えない。しかも童顔であることを結構気にしているようで、こうやってそれを指摘すると今のように無表情で何発も拳を入れようとしてくる。

 え? どうして地雷だと分かってて踏むのかって?

 それは登山家にどうして山に登るのか聞くのと同じことだ。地雷があるから踏む。それだけだ。

 30発目くらいのパンチでようやく気が済んだのか、葵は俺に掴まれた腕をブンッと払いのけ、俺達のアジトの方角へと去っていった。

 まあこんな風に、リーダーをやってるだけあって俺の方が強い。攻撃だって全部いなしてノーダメージだ。葵はキレると動きが雑になるからな。ただこの前、一発目で葵に顎を撃ち抜かれたときは気絶してしまい、起きたら俺の顔がぼこぼこになっていたことはあった。そういえば今回も顔というか、一発目に顎を狙ってきていた気がしなくもないな。

「まー、とにかくアジトに戻りましょ。アンジュも待ってるわ」

 そう言って、スイセンもとっとと歩き出した。

 リーダーにこんな大荷物を持たせて先に行くとは、相変わらず肝の座っている奴らだ。

 マイペースなこいつらに文句を言っても仕方ないので、とりあえず俺は死体と一緒にゆっくり歩くことにした。


 俺達殺し屋のアジトは、世界歴史建造物だとかに登録された場所の地下にある。うちの組織は政府とも繋がっていることもあって、国からこの場所があてがわれたらしい。施設の名前は「水槽処刑場」。名前の通り、昔のとんでもない処刑場だ。

 それでも夜は立ち入り禁止だし、世界的に認められた歴史的建造物だから、うちを目の敵にしている奴らも手が出しにくいとかで、まあ非常に良い立地だとボスが言っていた。

「葵は?」

 アジトの休憩室で駄弁っていた連中に、葵の居場所を聞く。先に戻ってたし、俺はボスに報告もしてきたわけだから、帰ってきて結構時間が経っているはずだ。次の仕事の話を後でするって言っておいたから、帰ってはいないだろう。いや、あいつなら帰るかも。

「あー、あいつ? 上でいつものやってるよ」

 俺の心配をよそに、ちゃんと待っていたらしい。スイセンとアンジュはミーティングルームにさっきもう居たから、あとは葵だけだ。

「そっか、ありがとな」

 そう言って、俺は上にある水槽処刑場へと続く階段を登った。


 暗く、足元の間接照明しか灯りとなるものは無い施設内。ただその頼りないライトが、周りに広がる大きな水槽を微かに浮かび上がらせる。

 薄青い水槽の中には、足を繋がれて苦悶の表情を浮かべる罪人の人形が展示されている。

 かつてむごい殺し方で罪人を処し、それを見せ物にしていた人間達の愚かさ、残虐さを忘れてはいけないという理由で、世界歴史建造物に指定されたとかなんだとか。

 ここの地下に殺し屋組織だったりアウトローな組織のアジトがあてがわれたのはこれまで何度もあるらしい。そんな奴らにこんな場所を政府があてがったのは「お前らも下手な真似をしたらこうなるぞ」という脅しや威圧だとしか俺は考えられない。

 灯りのせいで微かにしか見えず、より一層不気味さを際立たせている人形達を脇目に、俺はある一点を目指し続ける。

 それはこの、音の出どころだ。

 美しい泣き声のような、悲鳴のような。そんな音が組み合わさり、一つの見事な演奏となる。

 薄青い暗闇の中でいつものように、葵はバイオリンを演奏していた。

 クラシックとかは詳しくない俺でも、葵の演奏が素晴らしいことくらいは分かる。

「葵」

 名前を呼んでも反応しない。キリの良いところまで待て、ということだ。

 基本的に俺達殺し屋は表社会に居場所がなかったり、もう戻れない奴らが多い。ただ葵は「静森 蛍」という名前で、プロのオーケストラに入ってるバイオリニストだ。葵という名前はただのコードネームに過ぎない。

 正直、外で居場所があって、成功している葵が何故殺し屋をやっているのか全く分からない。聞いても答えてなんかくれないわけだし。

「相変わらず小難しい顔で弾いてんな……」

 つい独り言が出る。葵はバイオリンを弾く時、いつもそんな顔で弾いてるから。

 隙あらば練習しているが、あの顔を見ると本当にバイオリンが好きなのか疑問だ。

 そのくらい、苦しそうに弾くから。

 そんなことを考えながら待っていると、葵がようやく手を止めてこっちを見た。そんな葵にぱちぱちと拍手をする。

「見事な演奏だよな。さっすが氷の貴公子」

 その言葉に一瞬葵の眼光が鋭くなったが、今は大切なバイオリンを持っているから、攻撃には移してこなかった。

 氷の貴公子とは音楽界隈での葵の肩書きだ。呼ぶと殴られる。

「お前は何でバイオリンやってんだ?」

 物のついでに、気になっていたことを聞いてみた。まあ答えてはくれなさそうだけど。

「……父親が教えてくれたさかい」

 意外だ。教えてくれた。

 葵はバイオリンをケースにしまい終え、こっちに向き直った。今なら答えてくれるかもと続けて聞いてみる。

「ちなみにさ、バイオリンはいつから……」

 そう言った途端、葵の拳が俺の腹に入った。

「二度と“それ”、呼ぶんちゃうぞ」

 それ、とはもちろん「氷の貴公子」のことだ。そう言って、バイオリンケースを担いでスタスタと葵はミーティングルームへ歩いて行った。やられた。完全に油断していた。だってもう違う話になったと思ってたし……。

「そんな恥ずかしいなら、案が出た段階で断れよ……」

 氷の貴公子という呼び名は、オーケストラでポスターを作る時に決められたものらしい。ファンの間で勝手に付けられたわけでは無い、当人達が名乗っている一番恥ずかしい奴だ。ただ分からないことにファン的には大喜びだったらしく、「氷の貴公子」で検索すると葵の画像が山ほど出てくる。恐らく隠し撮りのようなものも。

 水没死体人形に見守られうずくまりながら、よし、今度その写真達を大きくプリントアウトしてアジトに貼ろうと固く決心した。


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