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一騒動



 眠い目をこすりベッドから起き上がり、お弁当を作るためにキッチンへ向かう。


 今日のお弁当はサンドイッチの予定だ。

 ハムに卵や、生クリームをたっぷり入れたフルーツサンドをせっせと作っていく。


 それが出来上がった頃……。



「おはよう、瀬那」


「おはよう、お兄ちゃん」



 瀬那の兄、神崎歩。

 瀬那より十二歳年上の兄は、学生時代に興した会社が大成功を収め、経済誌からも取材される若き青年実業家だ。

 瀬那は両親と離れ、ここで兄と二人暮らしをしている。



「おっ、今日はサンドイッチか、上手そうだな」


「朝食はちょっと待ってね。今すぐ作るから」


「それは良いけどさ、そのサンドイッチなんか多くないか?」



 目ざとい歩に、瀬那の心臓はどきりとする。



「それ瀬那の弁当箱だろ? 一人で食べるにしては多すぎないか」


「美玲にもお裾分けするの」


「おお、そっか」



 納得してくれたようでほっとする。

 まさかあの一条院財閥の御曹司に食べさせるとは思いもしないだろう。


 枢とお昼ご飯を食べていることは、美玲にも言っていない。

 決してやましいことはないはずなのだが、なんとなく言いづらかった。




「そうだ、瀬那。ゴールデンウィークの日曜日予定明けといてくれ」


「良いけど、何かあるの?」


「パーティーがあるんだ。あの一条院財閥主催のな」


「そんなの急に言われても、何着ていって良いかも分かんないのに」



 一条院財閥主催のパーティーだ。

 訪れる人もきっと一流の人達だろう。


 瀬那は自分が浮かないか心配する。



「それはこっちで手配するから、瀬那は俺に付き添ってくれるだけで良いよ」


「私マナーとかも分かんないよ?」


「大丈夫、大丈夫。俺の横で笑っといてくれればそれでいいからさ。な、頼むよ」



 目の前で手を合わせる歩に仕方がないと息を吐く。



「分かった。その代わりちゃんとフォローしてよね」


「勿論。サンキュー瀬那ちゃん」


「気持ち悪い」



 猫なで声を出す歩を冷たく一瞥し、朝食の準備に取りかかる。


 一条院財閥主催のパーティー。

 ということは枢も当然出席するはず。

 もしかしたら美玲も出席するかもしれないと思いつく。


 有名ブランドの社長令嬢である美玲ならば、呼ばれている可能性は大いにある。

 知り合いがいると思うと瀬那も少し安心だった。



「美玲に聞いてみるか」





 登校してきた瀬那は、早速教室内を見回し美玲を探す。

 既に来ていた美玲はすぐに見つかったが、何やら教室内がいつもより騒がしい気がした。



「おはよう、美玲」


「あっ、おはよう瀬那ちゃん」


「何かあったの? なんだかいつもより騒がしい気がするんだけど」


「大事件だよ、瀬那ちゃん。新入生が、一条院様に喧嘩売ったらしいの」



 耳を疑った。

 朝から何の冗談かと思ったが、美玲の顔は真剣そのもの。



「自殺志願者?」



 あの天下の一条院の御曹司である枢に喧嘩を売るなんて、そうとしか思えない。

 これだけ噂になっているのだから実際に目にした者がいるのかもしれない。




「そう思うよね。私もその現場は見てないんだけど、登校してきた一条院様に、新入生三人が、でかい顔をしてられるのは財閥の力があるおかげだ、お前の力じゃないとか、いい気になるなとか言って一条院様に文句付けたんだって」


「それでその三人どうなったの? まさか海に沈められてないよね?」


「そのまま無視されたみたい」


「あまりの馬鹿さに相手もされなかったのね」



 確かに枢はそういう面倒臭そうな者の相手はしたがらなさそうだと瀬那は納得。




「一条院様は相手にしなかっただけなんだろうけど、その一年生は一条院様が怖がって逃げたとか腰抜けとか言いふらしてるみたい」




 馬鹿なのか、その新入生は。

 いや、馬鹿だから一条院枢に喧嘩を売ったのだろう。

 ここは進学校のはずなのに、そんな馬鹿が入れるとは朝から驚愕の連続だ。



「それかなりまずいんじゃあ。一条院さんが何もしなくても、ノワールのメンバーがトップを馬鹿にされて黙ってると思えないけど」


「だよねぇ。本人達気付いてるのかいないのか。近いうちに痛い目見るだろうね」



 ノワールのメンバーは一条院枢に心酔している者が多い。

 その枢を馬鹿にされて黙っているはずがないのだ。

 その一年生ただではすまないだろうと、クラスではその話題で持ちきりだった。



 しばらくすると、枢と彼といつも一緒にいる瑠衣と総司が揃って入ってきた。


 途端、ピリッとした空気が流れる。


 良くも悪くも枢がいると空気が変わるのが分かる。

 その場を自分のものへと変えてしまうその力に、多くの人が惹かれるのだろう。



 朝から喧嘩を売られたようだが、枢はいつも通りに見える。


 不機嫌そうという感じでもなくて、教室内の誰もがほっと安堵するのが分かる。

 朝の新入生のせいで機嫌が悪くなっていたりでもしたら、どんな被害がこちらにくるかわかったものではない。

 だが、無視したことからも、新入生のことは眼中にないようだ。




「枢、あの新入生達どうするの?」


「ほっとけ」


「了解」




 枢と瑠衣のそんなやり取りが聞こえてくる。



「えー、久しぶりに暴れられると思ったのに」



 総司だけは残念そうだ。




 一条院枢が放置という選択をとったことで、それがノワールの決定となったのか、新入生達が闇討ちにあったという情報は入ってきていない。


 このまま何事もないことを祈った。


 しかし、四時間目の移動教室で廊下を歩いていた時、枢の前に立ち塞がるようにして現れた新入生が三人。


 その姿は人の目を引いていた。



「ねぇ、美玲、あれって」


「例の喧嘩売った新入生達だよ」



 枢の行く手を遮るとは何を考えているのか。

 怖い物知らずな新入生三人を、生徒が息を呑んで見守る。


 

「俺と勝負しろ、一条院枢! 俺に負けたらこの学校のトップは俺のものだ!」



 まるで道場破りのような宣言を声高々に告げたのは、三人の中で一番体格の良い男の子だった。



「あいつ馬鹿ね」



 美玲の呆れの含んだ冷めた過ぎる言葉が聞こえる。

 だが、瀬那も否定はしない。


 新入生が言うように、この学校で権力も権限も持っているのは間違いなく枢だろう。

 だが、それは彼が望んだというわけでなく、周囲が彼という存在に惹かれて止まないだけ。


 言わば、枢の持つ魅力に集うのだ。

 その魅力が目の前の新入生にあるとは思えない。

 いくら枢に勝っても、彼が王者であることに変わりはないのだ。

 喧嘩を売るだけ無駄である。



 そこで、ふと瀬那は思う。



「一条院さんって喧嘩できるの?」


「さあ、喧嘩した所見たことないから分からないけど、強いんじゃないかな? 一条院財閥の御曹司ともなれば、身を守るために護身術とか学んでるでしょう」


「それもそっか」



 枢は新入生を前にしても無反応だ。

 本当に興味がないのだろうなと思う。


 なり行きを見守っていると、まったく反応を示さない枢に焦れたのか、はたまた怒ったのか、新入生の一人が拳を握り枢に殴りかかった。



「うおぉぉぉ」



 周囲ははっと息を呑む。

 しかし当の枢は慌てた様子もなく、その拳を横に反れてかわし、その流れで膝を新入生の腹部に叩き込んだ。



「うぐぁ」



 新入生は体をくの字に曲げ、呻き声を上げて廊下に倒れ込んだ。




「うわっ、瞬殺」



 美玲が痛そうに顔を歪める。


 見事に膝蹴りが決まった。

 新入生が弱いのか枢が強かったのかは分からないが、新入生は動けないようで、他の二人が慌てて駆け寄る。


 枢は廊下に転がる新入生を一瞥すると、興味をなくしたように視線を逸らした。


 そして、枢は元来た道を戻り始める。




「枢どこ行くの?」


「サボる」



 瑠衣の言葉に簡単に返し、どこかへ去って行ってしまった。



 残されたのは枢の強さに熱狂する生徒と、廊下に倒れる新入生の姿だった。






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