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瀬那の怒り



 やはりというか、翌日から虐めが悪化した。


 枢が虐めを容認したともとれる発言のせいで、クラス内で虐めを止めようとする者は皆無となってしまった。


 以前であれば花巻さんに目を付けられない程度に助けに入っていた者もいたのだが、それすらいなくなった。



 騒ぎを起こすなという瑠衣の言葉を聞き、花巻さん達は小林さんを自分達のグループに戻し、愛菜と離した。


 そのため愛菜に虐めを気付かれないようにし、愛菜が騒ぐことを抑えた。


 愛菜がいるときは気づかれないように、いないときになればあからさまな虐めをする。

 そんな光景を見ているはずの枢達は何も言わない。



 面倒事は嫌いなのでこれまで傍観を決め込んでいた瀬那もさすがに彼女達のやり過ぎるいじめに気分が悪くなってきた。



 愛菜から離れたことで、もう小林さんは枢達とは関わっていない。

 それでも止まない虐め。

 最初は嫉妬心だったのだろうが、今では理由すらない。

 そもそも枢達と関わるのが許せないというなら、話し掛ければいいのだ。

 それができないくせに文句を言うのは間違っている。

 せめて心の中でむかつくと思うだけに止めておけばいいのに。


 そもそも、そういう低レベルな行いは好きじゃない。



 花巻さん達に囲まれ、まるでピエロのようなヘンテコなメイクと髪型を強制されている小林さん。

 それを見てげらげらと笑っている花巻さん達はとても下品だ。



 瀬那は彼女達の元へ行くと、机の上に乗った化粧品を派手に手で振り払った。

 激しい音が教室内に響き渡り、騒がしかった教室内はしんと静まり返る。


 視線が一気に瀬那に集まった。



「ちょっと、何よ神崎さん。化粧品散らばったじゃない。弁償してよね」



 そんな文句を言ってくる花巻さんの言葉を無視し、瀬那は小林さんの腕を掴んで歩き出した。



「ちょっと、神崎さん何すんのよ」



 無言で小林さんの机に向かうと、中から小林さんの教科書など取り出す。

 ぼろぼろとなった教科書やノートに一瞬眉をしかめつつ、一冊一冊スマホで写真を撮っていく。

 全て撮り終えると、瀬那は彼女を椅子に座らせる。



「誰かメイク落とし持ってない?」



 周囲にいた子に問い掛けると、メイク落としを持っていた子達が、私も私もとたくさん集まってきた。

 自分から動き出す勇気はなかったが、誰かが止めてくれるのを待っていたのだろう。


 シートのメイク落としを小林さんに渡す。



「これで顔拭いて」


「あ、ありがとう」



 ぽろぽろと涙を流す彼女。

 メイクのせいでさらに酷い顔となっている彼女の髪をほどき、櫛で解いていると、花巻さんが鬼の形相でやってきた。



「ちょっとどういうつもり!?」



 瀬那はスマホを取り出し。ぎゃんぎゃんとうるさい花巻さんに向かって動画を再生した。


 そこには人気のない教室内で、小林さんの教科書に悪戯をしている花巻さん達が映っていた。



「証拠があればいいのよね?」



 彼女達は途端に言葉を失い、顔色が悪くなった。



「この動画、どうするのが良いと思う? ねえ? 動画サイトにアップする? それともマスコミにでも送ってあげよっか? 有名進学校で起きた陰湿な虐め。絶対飛びつくと思うんだけど。花巻さん達目立ちたくてこんなことしてるんでしょう? きっとすぐに時の人になれると思うよ」



 こんなものが公になったら退学は逃れられない。

 いや、きっとそれだけではすまないだろう。

 このネット社会。名前も自宅も特定され、社会的に制裁が与えられるかもしれない。


 虐めていた彼女達は、顔色を変える。



「や、止めて!」


「じゃあ、今後小林さんには手を出さないって誓える?」


「……分かった。分かったから!」


「小林さんはどうする? 警察に行くこともできるよ。だって、他人の物を壊すなんて立派な犯罪に当たるんじゃないの?」




 警察と聞いて分かりやすく花巻さん達がびくりとする。



「もうこんなことされずにすむならそれで」



 大人しく気の弱い小林さんはそれ以上を求めなかった。

 これが美玲ならば弁護士も介入させて徹底抗戦するだろうに。

 恐らく瀬那でもそうするだろう。


 ここで許すのは少し癪に障るが、瀬那は小林さんの意思を尊重することにした。



「そう、ならいいけど。でも汚された教科書や体操着とかは弁償してもらった方がいいよ。勿論、弁償するよね? ちゃんと破いた証拠写真も撮っといたから」



 瀬那が彼女たちを睨むと、小さく「はい」と答えた。

 その途端、周囲から男女共に歓声が上がった。



「おお、すっげぇ神崎さん」


「俺、惚れた」


「神崎さんかっこいい」


 

 花巻さん達は居心地が悪くなったのか、教室から出て行った。



「これだけ言っとけば大丈夫だと思うけど、また何かあったら言って」


「本当にありがとう」



 綺麗になった顔で、再び涙を流す小林さんをなだめ、ふと瀬那が枢に視線を向けると、微かに彼が笑ったように見えて、心臓が止まりそうなほど驚いた。


 いや、きっと見間違いだろう。




 そんな事件があった次の休み時間、どこから聞き付けてきたのか、話を聞いた翔がわざわざ教室にやって来た。



「俺も見たかったな、瀬那の勇姿」


「茶化さないでよ」



 にやにやとしている翔は絶対に面白がっている。

 そんな翔に同意したのは美玲だ。



「私も見たかったー」


「いや、お前はなんでいないんだよ。っていうか、副会長がいながらクラスで虐めが横行してるってどうなんだよ」


「仕方がないじゃない。花巻さん達も私の前で虐めるのはまずいって分かってるのか、私の前じゃ絶対にしないんだもん」



 花巻さん達は絶対に美玲の前では手を出さなかった。

 美玲がいたら絶対に止めに入るだろうし、副会長であり、親衛隊もいる美玲には適わないと分かっていたのだろう。


 枢達が黙認していた以上、止められるのは親衛隊というバックがついている美玲か瀬那だけだった。


 彼女達は美玲の前では尻尾を出さない。

 けれど、瀬那の前では普通に虐めを行っていた。


 きっとクラスメイトとも積極的に交流しなかった瀬那は、介入してこないと思ったのだろう。

 


「まさか瀬那が動くとはねえ。大丈夫なのか? 一条院達は黙認してたんだろう? 虐めを止めたりしたら何かしてこないか?」


「それは大丈夫と思う。和泉さんが言ってたのは静かにしろってことだけだもん。静かにしてたら虐めをしようが、虐めを止めようがどうでも良いと思う」


「それならいいが、何かあったら言いにこいよ」


「うん、ありがとう」



 生徒会長が味方にいるなら心強いと、瀬那はにこりと微笑んだ。



「それはそうと、あの動画ってどうやって撮ったの? 隠し撮りみたいだったけど」


「ああ、あれ? あれは新聞部の部長さんに相談したの」


「ああ」



 美玲と翔は納得したようだった。


 新聞部の部長は瀬那の親衛隊に加入している。

 部員の中にも親衛隊に入っている人がいたので、証拠を撮りたいと瀬那が相談したら快く引き受けてくれたのだ。



「そうそう、忘れるところだった。美玲、こっち向いて」


「何?」


「はい、笑って」



 モデルのさがか、言われた通り完璧な笑顔を浮かべた美玲をスマホでパシャリと撮影する。



「えっ、何、瀬那ちゃん?」


「新聞部の部長さんにね、今回の報酬として美玲と私の写真を送ることになってるのよ」



 続いて瀬那は自分の写真も撮ると、それを新聞部の部長に送信した。



「酷い瀬那ちゃん、私を売ったのね」


「美玲は副会長でしょう。虐め撲滅のためよ、生徒に奉仕しないと」


「うう~」



 そう言われては美玲も文句が言えないようだ。


 



 その日のお昼休み、いつものように枢とお昼ご飯を食べていた。

 やはりそこに会話はなかった。

 だが、気まずい空気は一切なく、むしろ居心地良く感じるのは慣れもあるかもしれないが、枢から発せられる独特の空気感のおかげかもしれない。


 少し前までは考えもしなかった、枢とのこのお昼の一時。

 ゆったりとした時間が流れる中、本を読んでいると、髪の毛を軽く誰かに引っ張られた。


 誰かなど決まっている。

 ここには瀬那と枢しかいないのだから。


 横を見ると、枢が瀬那の髪を一房手に取り指で弄んでいた。

 漆黒の瞳がじっと私を見つめている。



「な、何?」


「大人しいと思ったが、案外怖いんだな」


「へっ?」



 一瞬なんのことを言われているのか分からなかった。



「今日のことだ」



 その言葉で、今日花巻さん達に啖呵を切ったことだと分かり、頬が熱くなる。



「だってあれはっ。そもそもあなたが最初から対処してれば私だってあんなことしなかったもの!」



 今さら蒸し返されると、キレた自分がなんだか恥ずかしくなってきた。


 恥ずかしさのあまり声を荒げてしまったが、相手が枢であることを思い出した瀬那は失敗したと思う。


 逆に睨まれると思って身構えた。


 けれど。

 彼は笑っていた。

 口角を上げて、小さくっくっくっと声を殺して。


 初めて見た彼の笑い顔に瀬那は時が止まったように見つめる。



「俺も気を付けたほうがよさそうだ」



 からかうようなその言い方にムッとする瀬那。



「人を凶暴みたいに言わないで!」



 また小さく笑う彼の顔に見惚れてしまい、瀬那は髪をくるくると絡ませる枢の手を咎めるタイミングを逃してしまった。






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