いじめ
「どういうことなの!? 小林さんに謝ってよ!!」
愛菜の手には、赤いマジックで内容が分からないほど落書きされた教科書や体操着。
「えー、何? 何のことか分かんない」
愛菜に怒鳴られてる花巻さんはにやついた笑みを浮かべとぼけてみせる。
「あなた達がやったんでしょう! 分かってるんだから」
途端に花巻さんは目をつり上げる。
「えー何それ。証拠は? 私がやったって証拠はあるの?」
「ないけど……。あなた達がやったのは分かってるんだから。最近小林さんを虐めてるじゃない」
「あははっ、証拠もないのに言い掛かりは止めてよ。ねえ、小林さん、私達虐めてなんていないわよねぇ」
「えっ、その……それは……」
花巻さんは小林さんに視線を移すと、小林さんはびくりと体を震わせ視線を彷徨わせる。
あんな般若のように睨まれたら、大人しい小林さんが太刀打ちできるはずない。
小林さんは否定も肯定もできず顔を俯かせた。
そんなやり取りを瀬那を始めとしたクラスメイトは傍観者として眺めているだけ。
花巻さんに目を付けられたくないのは皆一緒だ。
「こんな卑怯なまねするなんて最低よ!」
「だからぁ、私がやったって証拠をだしてから言いなさいよ。証拠もないのに言い掛かり付けるあんたの方が最低じゃない」
花巻さん達グループがやったのは誰の目にも明らかだが、確かに証拠がなければ言い逃れられておしまいだ。
押し問答が続くのかと思ったが、愛菜はなにを思ったのか枢の所へ向かった。
「枢君、お願い。証拠見つけて。小林さんを助けてあげたいの」
ざわりと教室が揺れる。
枢が出てきてはさすがの花巻さんも勝てない。
目に見えて焦りの表情を浮かべる花巻さん達。
しかし、愛菜を見た枢は、次の瞬間には興味を失ったとばかりに愛菜から目を離した。
「枢君!」
愛菜が必死で呼びかけるも、枢はもう視線すら向けない。
「枢君、お願い!!」
「うるせぇ」
ようやく返事が返ってきたかと思えば、それは恐ろしく低い声色。
教室内にぴりりとした空気が流れる。
「助けたきゃ自分で助けろ。なんで俺が助けなきゃいけない?」
「だって、小林さんは私の友達だから」
「だからなんだ、俺と何の関係がある」
目の前で虐めが起こり、それを正す力がありながらも残酷なまでに切って捨てる枢に、誰も声が出せない。
「でも、枢君!」
「瑠衣」
ただ名前を呼んだだけ。
けれどそれだけで瑠衣は枢が何を言いたいのか理解したようだ。
枢の前に立つ愛菜の腕を引っ張ると、花巻さん達の所へ行く。
「愛菜が迷惑を掛けたようで悪かったね」
そう花巻さんに謝る瑠衣に、愛菜は信じられないといった表情を浮かべる。
「瑠衣君、なんでこんな人に謝るの!?」
「いいから黙ってな、愛菜。これ以上枢を不機嫌にさせたくないだろう?」
押し黙る愛菜を一瞥し、瑠衣は再び花巻さんへと視線向ける。
「愛菜が言い掛かりを付けて悪かったね」
「いえ、そんな」
にっこりと紳士的な微笑みを浮かべる瑠衣に、満更でもないのか花巻さん達は頬を染める。
「でもね、あの通り、大騒ぎされて枢の機嫌はとっても悪いんだ。騒がしいのは好きじゃないからね。だから、静かにしてくれるかな?」
「は、はい、勿論です!」
「分かってくれて嬉しいよ」
再びにっこりと笑った瑠衣の笑顔に、花巻さん達は見惚れている。
今は誰もが瑠衣のに釘付けとなっていて、思考が働いていない。
だが、じきに気付くだろう。
瑠衣は静かにしろとは言ったが、虐めを止めろとは一言も言っていないということを。
「悪化するかもね」
「美玲も気付いた?」
「勿論。残酷っていうか、ほんと他人には興味ないんでしょうね。和泉さんもそれを止めないし。でも、まあ、一条院様が口を出したら出したで陰湿になるんでしょうけど」
「確かに。普段誰にも手を貸さない人が助けたりなんかしたら花巻さん以外からも攻撃されそう。その点では一条院さんの選択は正しいけど、小林さんこれからまずいんじゃない?」
瑠衣の言葉の意味。
静かにしてさえいれば虐めていても干渉しないとも取れる。
さらに虐めは陰湿化していくかもしれない。
「多分ね。そうだってのに、あの女ときたら普通に喜んでるわ」
美玲は忌まわしそうに顔をそちらに向ける。
愛菜を見ると、瑠衣が止めてくれたと素直に喜びを顕わにしていた。
その言葉の残酷さに気付きもしないで。