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【書籍化】視線から始まる  作者: クレハ


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恋人か否か




 あれからというもの、愛菜が瀬那に話し掛けることが多くなった。



 瑠依に注意されたため、瀬那が読書の時に話し掛けてくることはなくなったが、用もないのに話し掛けてくるのは止めて欲しいと瀬那はげんなりしていた。


 彼女と仲良くなる気などまったくないのだ。



「ねぇ、瀬那ちゃん」


(何か彼女の興味を引くようなことをしただろうか? まったく覚えがない)



 瀬那は首を傾げるのだった。



「瀬那ちゃんは好きな子とかいるの? 私ねぇ、友達と恋バナするのが夢なの。ねっ、どうなの?」


「いないから」


「えー、絶対いるよ。意地悪しないで教えてよー」



 いないと言っているのに何故嘘だと言い切るのか。

 そんな親しい間からでもないのに、瀬那の何を知っているというのだろう。


 例え好きな人がいたとしても、特に仲の良くない人間に言うわけがない。


 それでもなお、ずけずけと立ち入ってくる無神経さと馴れ馴れしさに嫌気がさす。


 こういう人は苦手だと瀬那は再確認する。

 その点美玲は、明らかに嫌がっている相手に無理矢理踏み込んで来たりしない。

 瀬那が読書をしたいなと思い出す頃合を測ったように、それとなく離れて時間を作ってくれる。

 

 人への気遣いができる。


 美玲に友達が多いのは、そういう彼女の性格の良さと気遣いによるものだろう。



「瀬那ちゃん」



 計ったように美玲から声が掛かると、ほっとしたように瀬那は立ち上がる。



「呼ばれてるから行くわ」


「えっ、瀬那ちゃん」



 呼び止める声がするが、もうこれ以上彼女と会話したくない瀬那は構わず美玲の下に行く。



「ありがとう」


「最近しつこいわね、あの女。瀬那ちゃんが鬱陶しがってるの分からないのかしら。もう近付くなってはっきり言っちゃう?」


「うーん、でもあんまり強く言って泣かれでもしたらね……。自分の彼女が泣かされたってなったら、一条院さんが出てくるでしょう?」



 美玲は嫌いな相手には容赦がないので、確実に泣かすまでいきそうだ。


 一条院枢が出てくるのだけは絶対に避けたい。

 いくら美玲でも枢相手には対抗できないだろう。

 瀬那も頼まれたって嫌だ。



「えー、違うよ瀬那ちゃん。新庄さんは一条院様の彼女じゃないって」


「そうなの? だって彼女には名前呼ばせてるから、てっきり……」



 女子には名前を呼ばせていない枢が、唯一名前を呼ぶことを容認しているのだから、それだけ愛菜は枢の特別な人なのだろうと思ったのだが、美玲によると違うようだ。



「だって、瀬那ちゃん。彼女と話してる一条院様が笑ってるの見たことある?」


「……ないかも」



 瀬那は、愛菜と枢が話している姿を思い返してみてそう答えた。



「でしょう! 普通、彼女相手なら笑うでしょう。でも、話している場面はよく見るけど、新庄さんが一方的に話してるだけだし、一条院様が彼女を相手してるの見たことないもの。あれで彼女なんて、ないない」




 確かに美玲の言う通り、枢が笑った所は見たことがなかった。


 恋人と話していればもう少し表情が緩むはず。

 しかし、愛菜が枢に話し掛けていても表情一つ変えないどころか、視線すら向けないのだ。

 恋人同士と言うには無理があるかもしれない。



「でも、一条院さんは新庄さんのことなんとも思ってないとしても、彼女の方は違うよね、あれ」



 愛菜が枢を見る目には明らかな好意が見て取れた。

 あれでは誰が見ても愛菜が枢を好きなことが分かる。



「うん、間違いない。あれは絶対に一条院様のこと好きだよね。

 相手にされてないみたいだけど」


「私に対してもそうだけど、あれだけ無視されてて話し掛け続けられるのって凄い精神力だよね。私なら落ち込むと思うんだけど」



 それとなく発せられる空気で、迷惑であることを悟ってもらおうと、会話を切り上げようとしたり、つまらなさそうな顔をしたり瀬那なりに察してもらおうとしているのだが、まったく効かない。


 返事のない枢に対しても、一方的に話せるあの精神力は凄いと普通に感心してしまう。

 普通なら途中で心が折れる。




「一種の才能だよね。その被害がこっちに来るってのが厄介だけど」


「激しく同感」



 このまま彼女が空気に気が付かないのなら、泣かれるのを覚悟ではっきりと拒否した方が良いかもしれない。

 平穏な生活のためにも。



「そうだ、瀬那ちゃん。今日放課後空いてる? 翔と棗とカラオケ行かない?」


「生徒会はいいの?」


「うん、今日は生徒会は休み」


「そうなら、いいよ。予定ないし」


「やった、じゃあ放課後ね」



 そして放課後、帰る準備をしている瀬名の教室へ、二人の男子生徒が顔を出した。

 途端に湧き上がる女子生徒達のざわめき。



「会長と棗君よ」



 そこかしこで女子生徒達がきゃあきゃあと騒いでいる。

 それは枢を始めとした三人に対するのと同じような歓声だ。



「瀬那、美玲、帰るよ」



 瀬那と美玲の名が呼ばれると、羨ましげな視線が投げかけられる。



「今行くー。行こう瀬那ちゃん」


「うん」



 鞄を持って、二人の所へ行く。



 神谷翔と西城棗。

 柔和な微笑みがよく似合う翔は、この一条院学校の生徒会長。

 明るく人当たりも良く、運動も勉強もできる彼は、その人気でもって生徒会長に任命された。



 そして隣にいる棗。

 大人しく地味な印象のある棗だが、よくよくみればとても可愛らしい顔をしている。

 それが嫌で眼鏡と髪で顔を隠しているのだが、隠しきれていないのが現状だ。

 書記を務める棗は、会長の翔と副会長の美玲と共に、絶大な人気を集めている。

 

 それは一条院枢、和泉瑠衣、神宮寺総司のノワールのトップ陣と二分するほど。



 女子生徒のほとんどが生徒会派かノワール派かと言われている。



「お待たせ」



 教室の入り口で待つ翔の所へ行くと、翔は微笑みながら私の頭をポンポンと撫でる。

 途端に周囲から上がる女の子達の悲鳴。



「きゃー、私もされたい」


「羨ましい」



 そんな悲鳴が上がる中、美玲が瀬那の頭の上にある翔の手をはたき落とした。



「つっ、何するんだ、美玲」


「セクハラ」


「人聞きの悪い。ただ愛でてるだけだ」


「大して違わないし」


「ねえ、早く行こうよ」




 待ちきれない様子の棗の声に促され、動き出す。


 ふと教室内に目を向けた瀬那は、こちらを見る漆黒の瞳にわずかに動きを止めた。


 また目が合った。


 決して遠くない彼との距離。

 いつもの気のせいではなく、彼がこちらを見ていたのは確かだ。

 けれど教室の入り口で騒いでいたから向けただけなのか、それとも……。


 教室という枢と同じ空間にいるようになったものの、瀬那が枢と話したことは一度もない。


 距離が近くなったのであまり見るのもなんだと思った瀬那は、彼の方を見なくなった。

 そのせいか、目が合ったと感じることも少ない。

 だが、これが彼との距離感だった。




 それが覆されたのは翌日。





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