鉄の掟
不満げな愛菜を連れて席へと戻る瑠衣。
そこにはすでに興味を失った様子の枢と、何が面白いのかニヤニヤと笑みを浮かべる総司がいる。
席に座ると、瑠衣は愛菜へ説教を始めた。
「何してくれてるの? 高坂さんと諍い起こすのは面倒だから止めてくれる? 彼女には親衛隊とか色々ついてて、俺達でも下手に手を出せないんだから」
「私はただ、女の子の友達が欲しくて。いつも一人でいる瀬那ちゃんなら私と友達になってくれるかなって思って」
思わず溜息を吐く瑠依。
いったいどうしたら、彼女なら大丈夫と思ったのか理解ができなかった。
瀬那に手を出すのは美玲よりもっと悪いことを瑠依は知っている。
女の子の友人がいないので噂に疎いのかもしれないが、鉄の掟を知らなかったとは瑠衣も思わなかった。
「神崎さんは別に愛菜と違って友人がいないんじゃない。むしろ顔は広い方じゃないかな。友人も多いし、彼女と話したがる人は多いよ。でもそうしないのは鉄の掟があるからだ」
「さっきも聞いたけど何? その掟って」
どうやら本当に知らないようで、瑠衣は溜息を吐いた。
「俺も知らねえ、何それ?」
「お前もか、総司」
瑠衣は窺うように枢に視線を向けたが、きっと知らないだろう。
そういうのには興味ないからと視線を外した。
「高坂さんもそうだけど、神崎さんにも親衛隊がいるんだよ」
自社ブランドのモデルも務める、社交的で華やかな美しさを持つ美玲。
一方。一度も染めたことがないだろう美しい黒いストレートの髪に、柔らかな雰囲気。
おとなしく白が似合いそうな儚げな美しさを持つ瀬那。
よく図書室にいることから、図書室の天使と密かに呼ばれていたりする。
学校内でも特に人気の高い二人には、彼女達のファンで結成された親衛隊なるものが存在する。
「その親衛隊が決めたいくつかの決まり事があるんだ。その中でも特に守らないといけない決まりが鉄の掟。それが、神崎瀬那が読書をしている時は、騒がない、話し掛けない。そして昼休みには非常階段には行かない。その二つは親衛隊以外にも守るようにって周知されているんだよ」
「へえ、つまり愛菜はその読書中に話しかけて、鉄の掟を破ったってことか」
「そう言うこと。破ったら親衛隊から警告がされるって話。まあ、愛菜は俺達と一緒にいるから大丈夫だと思うけど、今後も掟を破るようならなにかしらの対応をしてくるかもね」
「返り討ちにすれば良くね?」
総司は簡単に言うが、そうはいかないのだ。
「親衛隊の中には、学校内に留まらない影響力を持つ奴もたくさんいるんだ。それにノワールの人間も親衛隊と掛け持ちしている奴がいるしね。なにより生徒会が厄介だ。神崎さんとは仲が良いようだし、彼女に何かあれば動いてくるよ」
生徒会はこの学校で強い発言力がある。
教師でも生徒会の決定には逆らえないほどに。
それは、学校を作っていくのは生徒という、この学校を作った一条院家の方針があればこそなのだが、そうでなくとも生徒会の人気は絶大で、瑠依達でも下手に手は出せない。
「だから、もう彼女には関わるな。分かったね、愛菜?」
「でも、私瀬那ちゃんと仲良くなりたい」
まだ言うか。と、少しイラッとしてきた瑠依。
「愛菜がそう思っていても彼女はそう思っていないよ。現にもう彼女は愛菜のことなんか興味から外れてるじゃないか」
美玲の側で読書を再開した瀬那の姿をちらりと見る。
もうこちらには見向きもしていない。
少し厳しく言い過ぎたか、涙を溜め始めた愛菜。
しかしこれぐらいはっきりと言わないと、愛菜は理解しないことを瑠衣は分かっていた。
「そんなに女子の友達が欲しいなら、俺達から離れれば良いだろう? そうすれば、神崎さんは無理だけど他の女子の友達はできるんじゃないの?」
「やだ、一緒にいる! でも、女の子の友達も欲しいんだもん」
今にも溢れそうなほど目に涙を溜める愛菜に溜息を吐く。
そんな中、空気を読まない総司が口を挟む。
「ところでさ、瑠衣」
「何?」
「読書を邪魔するなってのは分かったけど、なんで昼休みに非常階段に行ったら駄目なんだ?」
「ああ、なんでも昼休みには神崎さんがそこでお昼ご飯を食べてるらしい。騒がしいのが好きじゃない彼女が、人の来ないそこで食べるようになってから、親衛隊が立ち入り禁止にしたそうだよ」
「ふーん」
「興味ないなら聞くなよ」
「いや、なんとなく?」
話はそこで終わったが、まだ愛菜は納得していなさそうだった。