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夢ではない




 翌日、瀬那は夢心地な気分で目が覚めた。


 あの後、どのようにして家に帰ったかほとんど記憶にない。


 ただ、その前のことはよく覚えている。


 あの枢は瀬那を好きだと言ったこと。

 そして、瀬那もそれに想いを返した。



「~っ!」



 今頃恥ずかしさが蘇ってきて両手で顔を覆う。

 足をバタバタさせて身悶えていると、スマホが鳴った。

 慌てて取ると、相手は兄の歩だった。



『おー、瀬那、おはよう。兄ちゃんはこれから仕事だ。後三日ほど留守にするけど、戸締まりはちゃんとしとくんだぞ』


「うん。分かった」


『じゃあ、今日も頑張ってな』


「お兄ちゃんも頑張ってね」



 プツリと切れたスマホの画面に映し出された時間を見て、瀬那は慌ててベッドから出る。



「大変。お弁当作らなきゃ」



 悶えている場合ではなかったと、大急ぎで支度をして学校に向かう。


 学校で会ったらどんな顔をしたらいいかと、悶々としながら登校した瀬那だったが、教室に入った瞬間、そんな思いはどこかへふっ飛んでいった。



 足を踏み入れた瞬間に感じた異様な空気。


 他の生徒も戸惑いを隠せない顔でいた。

 すでに教室にいた美玲を見つけたので一直線に向かう。



「美玲」


「あっ、おはよう。瀬那ちゃん」


「おはよう。けど、そんなことより、何かあったの?」


「あれよあれ。新庄さんの机」


「机?」



 愛菜の机を見ると、ペンキのようなもので書かれた中傷の言葉が目に入る。



「えっ、ちょっとあれ……」


「今朝来てたらああなってたのよ。誰が書いたかはまだ分からないけど。でも、新庄さん相手にあんなことして命欲しくないのかしらね」



 そんなことを美玲と話していると、美玲の友人も話の輪に加わってきた。



「それがさぁ、昨日のが決定打になったみたいだよ」


「どういうこと?」


「ほら、昨日、新庄さん一条院様に玉砕してたから。それもあんな大勢の前で。元々新庄さんって女子受け悪かったところに、あの一条院様のぶった切った言葉があって、彼女に何かしても一条院様は関わってこないんじゃないかって」


「なるほど。確かにあれはいっそ爽快なほどの玉砕っぷりだったわね」


「美玲。なるほどじゃないでしょ」



 呆れたように美玲を見る瀬那に、その友人はさらに続ける。



「彼女に嫉妬してても、裏に一条院様がいるならって手を出せなかったのが、ここにきて爆発したんじゃないかって」



 そんな話をしていたら愛菜が教室に入ってきた。

 若干目が赤く腫れて見えるのは、昨日の枢とのことがあったからだろうか。



 自分の机を見た愛菜は激しくショックを受けている様子。



「なに……これ。誰? 誰がこんなことしたの!?」



 教室内を見渡して怒鳴り散らすが、誰もが傍観者だ。



「誰なのよ! 酷いこんなの……」




 愛菜に思うところはあるが、さすがに可哀想だと手を貸そうと一歩踏み出したが、美玲に腕を引かれた。 



「瀬那ちゃん、一条院様達が来たよ」



 美玲の言う通り枢と瑠衣と総司が教室に入ってきた。



 枢を見てもどんな顔をすればいいかと狼狽えている状況ではなく、瀬那を始めとした生徒は枢の動向を見守った。



 愛菜は枢の姿を見つけると、昨日のことなど忘れたかのように枢に駆け寄る。



「枢君! 酷いのよ。誰かが私の机に落書きしたの!」



 枢は愛菜の机を見て一瞬眉をひそめたが、表情が変わったのはその一瞬だった。


 枢は何事もなかった顔で愛菜の横を通り過ぎると、自分の席へ座った。



「枢君!」



 バンッと机に叩き付けるように手を乗せた愛菜に、ようやく枢は視線を向けたが、すぐにその視線は別の方向へ。

 その先には総司がいる。



「総司。お前の幼馴染みだ。お前がなんとかしてやれ」


「枢君がなんとかしてくれないの?」



 ウルウルと瞳を潤ませて、女子から見ればあざとさが見える甘えた表情で懇願する愛菜を枢は一瞥すらしなかった。



「総司」



 呼ばれた総司は面倒臭そうにしながら、愛菜へ近付き腕を掴む。



「ほら、愛菜来い」


「やだっ。私は枢君に……」


「俺がお前のために何かをすることはない。今後一切。だから期待するな」



 冷たいその言葉に愛菜はまだ何かを言おうとしたが、その前に総司に腕を引かれ枢から離された。



 その後総司は、ノワールのメンバーらしき男子数名に机を変えるように頼み、瑠衣と何やら話し込んでいた。



 その間、枢が愛菜に目を向けることは一切なかった。

 愛菜の方はチラチラと枢を気にしていたようだが……。



 この問題に枢は関わらないと明言したが、総司と瑠衣が動いたことで愛菜に対する悪意ある声は小さくなっていった。


 犯人はすぐに分からなかったものの、それ以上の嫌がらせも起こらないまま昼休みとなった。



 瀬那はお弁当を持ったまま非常階段に入る扉の前で足を止めてしまっていた。


 愛菜の問題ですっかり忘れていたが、昨日の今日なのである。

 昨日の枢とのことを思い出して、瀬那の顔には熱が集まってくる。


 しかし、いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、恐る恐る扉を開き非常階段へ出ると、そこには枢がすでに座っている。



 平常心と心の中で唱えつつ階段を下りて枢の隣に座ると、いつものようにお弁当を広げていく。


 そして枢に箸を渡せば、箸ではなく瀬那の手首を掴まれてしまう。

 驚いて枢の顔を見上げれば、不敵な笑みを浮かべていた。



「昨日のこと、忘れてないだろうな?」



 まさかさっそく核心に迫ってくると思っていなかった瀬那はドキッとしたが、顔を赤くしながらぽつりと呟く。



「わ、忘れてない……」


「ならいい」



 今度はしっかりと箸を受け取り、お弁当へ手を伸ばした。


 瀬那はいつも通りを心掛けながら、本を開いてみたものの、まったく内容が頭に入ってこない。


 チラチラと枢を見ればいつもと変わらぬ様子。

 自分ばかりが気になっているようで、少し不満である。

 そんなことを思いながら見ていると枢と目が合い、瀬那は慌てて目をそらす。



「なんだ?」


「別に……」


「なんだ?」


「…………」




 たっぷりの沈黙の後、瀬那は手元の本を見ながら昨日から気になっていたことを口にした。




「あの……私達って、付き合ってるでいいの?」



 すると、今度は枢が沈黙する。

 何故そこで沈黙するのかと不安になった瀬那が慌てて枢を見れば、枢は片手で顔を覆っている。



「えっ、違った?」



 まさかの勘違いかと動揺した瀬那に対し、枢は顔から手を離したその手を瀬那の後頭部に伸ばし、そのまま引き寄せた。


 近付いてくる枢の顔に何かを考える間もなく、枢の唇が瀬那の唇にそっと触れ、ゆっくりと離れていく。


 それをポカンとした表情で見ていた瀬那は、一拍の後キスされたことを悟ると、顔を真っ赤にした。



「これ以上何か言いたいなら、もう一度するがどうしたい?」



 呆れと共に少しの怒りも感じる枢に、瀬那は無言で首を横に振って否定した。



 そして、いつも通りの……いや、いつもとは少し違う関係となった二人の時間が流れる。



「ねえ、枢」


「なんだ?」


「新庄さんのこと助けてあげなくていいの?」


「ああ。俺が手を出せばあいつはまた俺に期待する。気持ちに応える気もないのに期待させるつもりはない」


「そう……」


「総司と瑠衣が動いてる。あの二人が動いて嫌がらせをする馬鹿はいないだろう」




 冷たく見えるが、枢は枢なりに相手のことを考えているのだ。


 決して、見えることが全てではない。



 その後、総司と瑠衣がノワールを動かして徹底的に捜査を始めたためか、愛菜への嫌がらせが起こることはなかった。


 その間、枢は傍観者に徹した。







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