パーティー2
歩の顔見知りと思われる、どこかの社長や偉い人と挨拶や名刺交換をする歩にくっついて回る。
正直瀬那には歩達の話はまったく分からないので、歩に言われたようににこにこと笑っているしかできない。
時々隣にいる瀬那に話が振られるが、相手も瀬那に仕事の話をふっても意味はないと分かっているのか、当たり障りのない世間話が投げかけられる。
それを適当に返すという作業を延々と繰り返し、やっと一息吐けた時には精神的に疲れた。
「お兄ちゃん、もういいの?」
笑顔を浮かべすぎて引きつりそうになる顔で歩に問い掛ければ、苦笑を浮かべて食事の所まで連れていってくれた。
「ああ、助かったよ。後は俺一人で大丈夫だから、好きに食べてていいぞ」
「分かった」
沢山並べられた料理の数々。
どれから食べようかと迷っていると、「瀬那ちゃん」と聞き慣れた声が聞こえてきて振り返った。
「美玲」
互いににこりと笑みを浮かべて手を振る。
そして、美玲の隣には柔和な笑みを浮かべているダンディーな男性がいた。
彼は美玲の父親。
正直、社長というよりモデルなのではと思うその容姿は、さすが美玲の父親だと納得させられる。
よく美玲の家に泊まりに行く瀬那は彼の顔も知っていたので、軽く会釈して挨拶する。
「やあ、瀬那ちゃん」
「お久しぶりです、高坂さん」
美玲の父は瀬那の姿を見てにっこりと微笑んだ。
「それはうちの商品だね。よく似合っているよ」
「ありがとうございます」
「私が選んだんだもん、当然」
何故か自慢気に胸を張る美玲に瀬那は首を傾げる。
「美玲が選んだの? これお兄ちゃんからもらった物なんだけど」
「歩さんから頼まれて、私が瀬那ちゃんに似合う服を厳選したの」
「なるほど、お兄ちゃんが言ってたコネってそういうことね」
美玲の家に泊まりに行くのと同じく、美玲も瀬那の家に時々泊まりに来ていた。
そこで歩とも自然と顔見知りになっている。
服が必要となって、美玲に頼んだのだろう。
「それにしても、本当によく似合っているよ。瀬那ちゃんもうちの商品着て、美玲と一緒にモデルやらないかい?」
「パパそれいい! 瀬那ちゃんと一緒にやりたい! ねえ、瀬那ちゃん」
「いや、私にモデルなんて務まらないから」
そう断るが、やけに高坂親子はやる気になっていた。
「可愛い服着て、ちょっと数枚写真撮るだけだよ。バイト代も出すし、着た服はそのままあげるよ。どう、こんな楽なバイト他にないと思うけど」
ちょっと瀬那の心がぐらりと揺れた時、会場の一角からざわめきが起きた。
「何?」
そちらの方に視線を向ける。
「ああ、一条院様が来たみたいよ、瀬那ちゃん」
会場に入ってくる枢の姿が目に入った。
大人達に取り囲まれながらも怯むことなく、堂々としている枢。
むしろ、その周りにいる大人の方が枢のまとう雰囲気に飲まれているように見えた。
そんな枢に近付く若い男性。
「ほら、瀬那ちゃん。今一条院様の所に行った人が一条院様のお父様で総帥のご子息の一条院聖夜様よ」
美玲が丁寧に教えてくれるが、瀬那は信じられず思わず聞き返した。
「あの人が父親!? 若くない?」
近寄りがたい雰囲気を持つ枢と違い、穏やかな笑みを浮かべ柔らかな雰囲気を漂わせている男性。
確かに顔の作りは似ているが、まとう雰囲気は正反対。
それに父親というには若く、隣に立つ枢と比べても、親子というより兄弟のようにしか見えない。
「聖夜様はまだ三十代だもの。一条院様は聖夜様が二十歳の時の子供だって」
「それにしたって見た目若い気はするけど」
「それにしてもお二人が揃うと眼福よね」
「うちのブランドのモデルやってくれないかな」
美玲の父親が願望を口にしたが、すかさず美玲に「無理無理」と言われている。
「美玲が枢さんをゲットすればできなくないんじゃないか? ちょっと頑張っておいでよ、美玲」
「無茶言わないでよ、パパ。一条院様が私を相手にするわけないじゃない。しかも、あんな女豹の集まる中に飛び込みたくないもの」
一条院親子の元にはわらわらと人が集まっていっている。
その中には枢と同じ年頃の女の子を連れた親の姿が目立っていた。
女の子達はおしとやかそうに取り繕っているが、よくよく見れば分かる。
枢を見る目が獲物をロックオンした肉食獣のような目をしていることを。
あそこに参戦するには相当の勇気と覚悟がいるだろう。
中心にいる枢はよく平然としていられるものだと感心する。
「皆、玉の輿に乗ろうと必死みたいね」
「あんた達が一条院様に相手にされるわけないのにね」
今日も美玲の毒舌は絶好調だ。
「一条院さんって彼女いないのかな」
そもそもの疑問が浮かんだ。
美玲は少し悩んだ末、それを否定する。
「多分いないんじゃない? そんな噂まったく聞かないし。でも中学の時はけっこう遊んでたのよね、一条院様って。毎日女を取っかえ引っかえしてたもの」
中学も同じだった美玲の証言。
小中高とある一条院学校だが、瀬那は高校から一条院学校に入ったので枢の以前のことは知らない。
だからそんな枢に瀬那は驚きを隠せない。
「へー、意外。今は全然女の子を近寄らせてないのにね」
友人である総司の幼なじみである愛菜は別だが、愛菜だって仲が良いとはとても思えない。
ほとんど無視の姿勢を崩さないのを毎日教室で見ている。
「高校に入って少ししたぐらいかな。急に女遊び止めちゃったのよね。あの時は次を狙ってた女の子達が残念がってたもの」
「ふーん。何か心境の変化でもあったのかな」
「もしかして好きな子でもできたんじゃないかって、憶測が飛び交ってたわね」
「でもそれ高校入ってすぐのことでしょう? もう三年生じゃない。彼女がいないなら違うんじゃない?」
「いやいや、瀬那ちゃん。フラれたって可能性もあるわよ」
あの一条院枢がフラれる。
考えてみたが、なんともありえない光景だったので想像ができない。
美玲もそうだったのか、「あるわけないっか」と肩をすくめる。
美玲がいたおかげで瀬那もパーティーを楽しく過ごせ、あっと言う間に時間が過ぎた。
パーティーの終盤にかかり、そろそろ帰るか相談しようと歩を探す。
きょろきょろと辺りを見渡していると、少しお酒に酔っているのか、顔をほんのり赤くした歩を見つけた。
「お兄ちゃん、そろそろ帰る?」
「あー、悪い瀬那。これから二次会に行こうって話になったんだ。お前だけタクシーで先に帰っててくれ」
「良いけど、あんまり飲みすぎたら駄目よ」
「分かってるって」
羽目を外さないか心配しつつ歩と別れる。
帰る前に美玲に別れを告げ、瀬那はタクシーに乗ってマンションへと戻った。
家に帰ると、綺麗にセットされた髪を解く。
崩れないようにスプレーをたくさん振ってあるので少しゴワゴワする。
お風呂に入ってメイクも髪も綺麗にしてサッパリした。
ほてった体を冷やそうと冷凍庫を開けアイスを探す。だが、アイスは一つも見つからない。
「あれ、おかしいな。確か買い置きしてたのがあったのに。お兄ちゃんまた勝手に食べたな」
歩が瀬那の物を勝手に食べるのは今に始まったことではない。
勝手に食べないようにと、大きな文字で瀬那用と油性ペンで書いていたとしても、気にも止めない。
そういう時は、歩の朝食だけおかずを減らしてやるのだ。
そうなると、その時は謝って瀬那のご機嫌を取ろうと会社帰りにお土産を持って帰ってきてくれる。
それで許して一件落着となるのだが、歩はまた懲りずに瀬那の物に手を出すのだ。
「お兄ちゃんの明日のおかずは梅干しだけにしよう」
味噌汁ぐらいはつけてやるのがせめてもの情けだ。
食べ物の恨みは恐ろしいのである。
しかし困った。
アイスはないが、今の瀬那はアイスが無性に食べたい。
「仕方ない。買いに行くか」
もう夜遅いが、この辺りは治安も良いし大丈夫だろうと判断する。
髪を乾かすと、財布だけを持って家を出た。
エレベーターで一階に降りて、エントランスを抜けて外に出ようとした時、マンションの前で高級車が一台止まった。
そこから降りてきたのは枢で。
今頃帰ってきたのかと、特に気にせずその横を通り過ぎようとしたが、「どこに行く」と聞こえてきたその言葉に足を止めて振り返った。
すると、枢がその何を考えているか分からない瞳を瀬那に向けていた。
「えっ、あの、アイスを買いに」
「こんな時間にか」
「うん。ちょっとそこのコンビニまでだし」
歩いて五分もしない距離だ。
すると、枢は眉間に皺を寄せたかと思うと、歩き出した。
マンションとは別の方向へ。
帰ってきたのではないのだろうかと、瀬那が不思議そうに見ていると、枢が振り返る。
「どうした、行くんじゃないのか?」
「えっ、一条院さんもコンビニに用事?」
「違う。こんな時間に女一人は危ないだろう」
瀬那は困惑した。
「えっと、ついてきてくれるの?」
「早く来い」
「う、うん」
瀬那は急いで枢の元に行き、歩く枢の横に並んだ。
枢と並んで歩くというのはなんだか変な感じがした。
今の枢はスーツを着ていて、いつもの制服姿よりも大人っぽく見える。
パーティーで女性達が肉食獣のような目で見てしまう気持ちも分かる気がする。
お互い何も話すことなくコンビニ着いた。
カゴを持つと、アイスのコーナーに直行して、気になったアイスをこれもあれもと入れていく。
ついでに歩のもと手を伸ばすと、枢から呆れた声が。
「そんなに食うのか?」
「私のだけじゃなくてお兄ちゃんのもだから」
「それにしたって……」
多すぎるだろと言いたいようだ。
「お風呂上がりは食べたくなるんだもん」
枢を無視してアイスをカゴに入れると、枢が近付いてきて瀬那の髪の匂いを嗅いだ。
固まる瀬那に構わず、枢は匂いを嗅ぐと。
「風呂上がりか」
などと呟いて、一人納得している。
瀬那から香るシャンプーの匂いでも感じたのだろうか。
そう思うと、カッと頬が紅くなる。
瀬那は口をパクパクさせて何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。
枢が特に態度が変わらないからなおさら気にしている自分の方がおかしいような気がしてくる。
さっさとレジに向かった枢の後について行き、店員にカゴを渡す。
店員が値段を言ったので、財布を取り出そうともぞもぞしている内に、枢がカードを店員に渡してしまっていた。
「えっ、一条院さん、いいよ私のアイスだし」
しかし、枢は瀬那の言葉など無視してお金を払ってしまった。
「ほら」
そう言って瀬那にアイスの入った袋を渡すと、さっさとコンビニから出て行ってしまった。
瀬那は慌てて後を追う。
「一条院さん!」
しかし止まる気配のない枢をもう一度呼ぶ。
「一条院さんってば」
「なんだ」
ようやく返事が返ってきてほっとしたが、足を止めることはない。
「なんだじゃなくて、お金払うから」
「いい」
「いや、一条院さんに払ってもらうわけにもいかないし」
「いいって言ってるだろ」
「そういうわけには……」
「いいから取っとけ」
有無を言わせぬ枢の雰囲気に、これ以上は機嫌を損ねるだけだと思った瀬那は、ありがたく奢ってもらうことにした。
「……分かった。ありがとうございます、一条院さん」
枢に向かって頭を下げる。
そして、顔を上げると、枢が足を止めて瀬那を見ていた。
あまりにもじっと見られていたので居心地が悪い。
「えっと……何?」
「枢」
「えっ?」
「枢だ」
いったい枢が何を言いたいのか分からなかった。
「えっと、一条院さんの名前がどうかした?」
聞き返すと、枢の眉間の皺が寄る。
「枢だ。一条院さんじゃなく、枢と呼べ」
ようやく枢の言いたいことが分かったが、瀬那は無理無理と頭を横に振った。
「いやいや、一条院さんの名前を呼ぶなんて恐れ多いから」
ただでさえ、愛菜が枢のことを枢君と呼んでいることで反感を買っているのを見ているのだ。
瀬那まで呼び始めたらいらぬ火の粉が飛んでくる。
「いいから、これからそう呼べ」
なんと横暴な。
「無理無理、そんなの……」
すると、枢が瀬那との距離を詰める。
そして、不機嫌な顔で瀬那を見下ろす。
「枢だ。言ってみろ」
無理と思ったが、枢の有無を言わさぬ瞳。
言わなければとても許してくれそうにない。
「か、かな…めさん?」
おそるおそる名前を呼んでみると、枢はまだ不服そうだ。
「違う、枢だ」
「……枢?」
呼び捨てで呼んで、初めて枢は満足そうに口角を上げた。
「そうだ。これからはそう呼べ。アイスの礼はそれでいい」
満足したのか、枢は振り返りマンションへと続く道を歩き出した。
「えー」
瀬那の何かを言いたげな声は枢には届かなかった。