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触れる手



 枢がいないまま四時間目が終わり昼休みになった。


 瀬那はお弁当箱を持って非常階段に向かったが、果たして枢は来るだろうか。

 もし来なかった場合、この沢山あるサンドイッチはどうしようか。


 悩みつつ非常階段に向かえば、そこには既に階段に座り込む枢の背中が見えた。



「良かった」



 そう呟くと、枢が振り返った。



「何がだ」



 返事があると思わず、瀬那を見上げる黒い瞳と視線が合い、一瞬言葉に詰まる。



「どこか行ったみたいだから、ここに来るのか分からなくて。そうしたらお弁当食べきれないから、いて良かったなって」


「そうか」



 枢の隣に座り込むと、お弁当を広げる。



「今日はサンドイッチなの。スープもあるんだけど飲む?」


「ああ」



 パンにはスープだと、いつもお茶を入れてきている水筒に温かいコンソメスープを入れてきていた。

 紙コップを取り出し、注いで階段に置く。



「いただきます」



 そうして食べ始めると、枢は沢山ある中から生クリームたっぷりのフルーツサンドを先に手に取った。


 もしかして甘いもの好きなのかなと、意外そうに見る。


 あの一条院枢の意外な一面を見た気がして瀬那は少し嬉しくなった。




「そうだ、ゴールデンウィークに一条院家主催のパーティーがあるんだよね? どんな感じなの?」



 一条院主催という大きなパーティーに不安を感じたが、ここに主催者の一族がいるじゃないと思い出した瀬那。

 心構えをするためにどんなパーティーか聞こうと問い掛けてみた。



「どうして知りたい?」


「兄の付き添いでそのパーティーに行くことになったの」


「兄?」


「そう。会社の社長でね、パーティーに呼ばれたみたい。これまで付き添いでパーティーに行くことは何度かあったんだけど小さいものだったし。でも一条院家主催なんて、きっと大きいパーティーなんでしょう?」


「確かに規模は大きいな」


「やっぱり」



 きっと大企業のトップもたくさん来るのだろう。

 益々緊張する。



「一条院さんはそういうパーティーとかって慣れてたりするの?」


「ああ」


「やっぱり。同じ年なのに凄いね。私なんてお兄ちゃんについて行っても、何を話したらいいか分かんなくて」



 見知らぬ人ばかりの中に放り込まれるのだから、何を話したら良いのか分からないというのもある。

 



「美玲だったら慣れてるのかな。なんたってお嬢様だし。……あっ、美玲にパーティー出席するのか聞き忘れてた。一条院さん、美玲が出席するか知ってる? 美玲っていっても分からないか、高坂美玲って服飾ブランドの高坂のお嬢様なんだけど」



 枢に視線を向けると、彼は瀬那の問いに答えるでもなく頬杖をつきながらじっと瀬那を見ていた。



「えっと……何?」


「今日はよく喋るな」



 確かに今日はよく喋っている気がする。

 いや、今日はというより、こんなに話をしたのは初めてかもしれない。

 いつも一言二言ぐらいしか互いに話さないから。



「ごめん、うるさかった?」


「いや」



 少し調子に乗って喋りすぎたかもしれない。

 機嫌が悪くなっていないかと顔を窺ったが、特に機嫌が悪そうでもなく、むしろ優しさの感じる眼差しだったのでほっとする。



「高坂の社長は招待客の中に入っている。おそらく娘も連れて来るだろう。俺が出席するパーティーでは、年頃の娘がいる客は必ず連れて来るからな」


「どうして?」


「どいつも、一条院家と縁続きになりたいからな」



 娘を連れて行ってそこで見初められれば玉の輿だ。

 それはもう一縷の望みをかけて、目の色を変えて擦り寄ってくるのだろう。




「なるほど。それはまた気の毒な」



 肉食獣のような目の女性達に狙われている枢の姿が頭に浮かび、クスクスと笑う。



「一条院以前に、一条院さんは素敵だから、女の子なら誰でも惹かれるのよ。皆一条院さんの恋人になりたくて必死なのね」



 一条院家というブランドがなくても、きっと彼の恋人になりたい子は沢山いるだろう。  


 モテる男は大変だなと思いながらハム卵のサンドイッチを取り、ぱくりと食べる。

 すると、横から伸びてきた手のひらが瀬那の頬に添えられる。


 驚きながら横を向くと、枢の全てをからめ取るような漆黒の眼差しと重なった。



「お前もか?」


「えっ……」


「お前も俺に惹かれるか?」



 その問いにすぐには答えられず……いや、なんと答えたら良いのか分からず、瀬那は自分を見つめる枢の瞳を見つめ返す。


 冗談で返せばいい。


 けれど、その瞳があまりにも真剣で、笑って返すことができなかった。



 沈黙がその場に落ちる。


 その時、手に持っていたサンドイッチの具が、ポトリとスカートの上に落ち、瀬那は我に返る。



「わっ、きゃ」



 大きく仰け反ったことで、頬に添えられていた手はするりと離れる。

 そのことに少し寂しさと安堵がない交ぜになる。



「ティッシュ、ティッシュ」



 バッグからティッシュを取り出し、汚れたスカートを拭く。

 すぐに拭いたが、少し汚れが残ってしまった。


 瀬那は拭いているふりをして、顔を俯かせていた。


 きっと今瀬那の顔は赤いだろう。

 それを悟られないように、髪で顔を隠しながら下を向いた。


 頬のほてりが治まり、ちらりと枢を見たが、なに事もなくサンドイッチを食している。


 他意はないのかもれないが、頬や髪に触れてくる最近の枢の行動に瀬名は翻弄されっぱなしだ。

 心臓がついてこない。



 枢はどういうつもりで触れてくるのか分からない。

 戸惑う瀬名を見て楽しんでいるのか、元々スキンシップが激しいのか。


 しかしそんな枢の行いよりも、それをさほど嫌がっていない自分に瀬名は戸惑いが隠せない。

 恥ずかしさはある。

 だが、触れてくる枢の手に嫌悪感はない。


 少し前まで言葉すら交わさなかったことが遠い日のことのように思う。

 


 何故こんなふうに食事を一緒に取るようになったのか、未だに分からない。

 だが、瀬名はなんだかんだでこの穏やかで静かな二人の時間を好ましく思っていた。





 昼食後、先に教室に戻った枢の後を追うように教室へ戻れば、なにやら騒然とした教室内の空気。


 そこには枢と、その前に土下座している三人の姿が。

 その三人は先程枢に瞬殺されたあの新入生を含む三人だった。


 彼らは、床に額を擦り付けながら大きな声で叫ぶ




「一条院さん、あなたの強さに惚れました! 俺を弟子にして下さい! いや、下僕でもいいです!」


「いいです!」


「です!」



 

 一体あの後彼らに何があったのか。

 枢の顔が若干引きつっていたのは気のせいなのか、そうじゃないのか。



 なんにせよ、枢は男にも人気があるようだ。






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