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望洋  作者: Natsusaka
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僕は十九歳の大学二年生であり、前期の単位を半分ほど落とした事実を親に伝えることなく、まるでループしているかのごとく変化のない夏休みを迎えていた。


 人生の目標なんてものはなく、ただ過ぎ去っていく日々に何を見出すでもなければ、異性や悪友と共に青い春の名の元刹那的な享楽に浸っている訳でもない。


 勤勉かつお節介な人に言わせれば、無駄で怠惰で傲慢極まりない、まるで生産性のない日常であることこの上ないとなるだろう。


 向上心の無い者が馬鹿であるならば、僕は間違いなく馬鹿であり、その事実をどれだけ挑発的に指摘されようと一切反論する気などない。自分自身に降りかかるありとあらゆる批判や誹謗中傷を甘んじて受け入れる器の大きさ、もとい全てを聞き流す排他的なメンタリティこそが、僕を僕たらしめている唯一のアイデンティティである。もっとも、現実では僕を非難する人間などいるはずもなく、そもそも認識すらされていないのであるが。


 心が枯れると創作物を楽しめなくなるとは誰が言い出したことだろうか、僕の脳は半年ほど前から映画、小説の類を一切受けつけなくなっていた。興味の大半は専らオンラインゲームのことであり、人気FPSゲームのプロとして活躍するプレーヤーの美技を、配信を通じてただ眺めることが一日の活動の大半を占めていた。


 時刻は深夜二時をゆうに回っている。尿意を感じてトイレへ向かうと、腹の虫が鳴った。そういえば、今日は夕食を食べていない。夏休みに入って以降、食事は一日に一度だけであるため、それが「夕」食であるかなど判断の仕様がないのであるが、兎に角、かれこれ三十時間ほど水分以外を口にしていない。

デスクトップパソコンを一度スリープ状態にし、部屋の電気を切ってヘルメットを被った。

昨年末に中古で購入した原付二種は当初、関東近郊を一人でツーリングする目的であったが、残念ながらその用途に使われたのは数回ほどで、以降は買い物や外食時の足でしかなかった。

長距離を走れないのが不満なのか、雨ざらしで管理されていることに抗議したいのかバイクは不機嫌そうにゆっくりとエンジン音を立てた。

バイクに跨ること数分で、二十四時間営業の牛丼屋に到着する。十台分ほどの駐車場には長距離トラックが一台鎮座しており、運転席で船を漕ぐおっさんの姿が街灯に照らされている。


 「しゃーせー」

 

 心底、来店を歓迎していなさそうな男店員の声が奥から聞こえる。一週間のうち三度は訪れているから、店員にも顔を覚えられたことかと思う。

店内には人生終わっていそうな禿げあがったおっさんと、スマートフォンを片手に牛丼を掻き込む低能そうな二十台ほどの男がいた。大体、国道沿いの牛丼屋に深夜に訪れる客など大抵はまともな人間ではない。

 

 その中では僕は比較的、まだ若く顔色もマシな部類の客であると自負し、それは決して過大評価ではないはずであるが、十代最後の貴重な夏をこの上なく浪費しているという事実を鑑みると、人生の充実度という観点においては大差があるとは思えなかった。


 二人は僕の来店などまるでなかったかのように黙々と食事を続けた。


 券売機で牛丼の大盛りを購入し、食事を終えるまでに十分とかからなかった。頭の中で再現できるほど味に飽き飽きとしていたが、カロリーを摂取出来ればそれ以上に求めるものはない。

水を飲み干し僕は店をあとにする。


 空を見上げれば、快晴の空に明るい星がいくつか浮かんでいるが、大半は国道沿いに立つ街灯の光にかき消され、美しい夜空と形容するには幾分違和感があった。


 しかし息を吸い込めば、ここ数日まともに新鮮な空気を吸っていなかったからか、やたらと美味しく感じられる。このまま帰るのももったいなく感じ、再びバイクにまたがって、駅前の公園に止めた。


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