剣に選ばれなかった者、剣に選ばれた者
必殺、思い付き。無理矢理、短編仕立て。
剣は人を選び、剣士とする。
人は剣に選ばれ、剣士となる。
14歳を迎えた子どもは、神殿での“帯剣の儀式”によって自分の剣を得る。
正確には、各々が持ち込んだ剣と契約を結ぶ。
大抵は幼少期に親から与えられた剣を持ち寄り、それを生涯の1本とする。
辺境の村に住む少年フレッドは、周囲から偉大な剣士になることを期待されていた。
たいした特産品もなく、辺境ゆえに流通も乏しい村は貧しかった。
それゆえに、村の者達は期待していた。
歴史に名を残す程の剣士が、英雄が誕生することを。
彼の両親は他の土地からやって来た新参者だったが、剣の腕と人柄の良さで村に溶け込み、慕われていた。
フレッドもまた、村の子どもとして大人たちに可愛がられいた。
そして、幼い頃から両親に剣術の指南を受け、13歳の時には村の大人顔負けの実力を有するまで至っていた。
そんな彼の将来に、多くの村人は期待の眼差しを向けていた。
ある日、フレッドの元に領主主催の剣武闘会開催の招待状が届いた。
1年後に“帯剣の儀式”を控える13歳の子ども達を招いて、未来の剣士達で腕試しをするという物らしい。
「まだ“儀式”前の子ども達に、こんな危険な事させなくても」
「なんでも領主様の所のご令嬢が来年“儀式”を迎えるらしい」
「その前に、剣武闘会で箔をつけようって事?」
「ま、そういう事だろう。仮にも領主の娘が平民の子どもに負けることがあってはならないって所だろう」
「ご令嬢も大変ね」
夜、両親が話しているのを聞いたフレッドは、沸々と剣武闘会への意欲を滾らせていた。
(領主の娘だろうがなんだろうが、父さんと母さんの息子の俺が負けるわけにいかないんだ!)
「お兄ちゃんまだ寝ないの?」
「わわっ、ソフィアか!ビックリさせるな」
「何してるの?」
「喉が乾いただけだよ。さあ、もう寝よう」
「うん。お兄ちゃん、剣の試合するんでしよ?頑張ってね」
ニヘヘと笑顔を浮かべる妹ソフィアの頭を撫でながら、フレッドは更に剣武闘会に向けて意気込んだ。
(ソフィアだって応援してくれてるんだ。絶対に優勝してやる!)
剣武闘会の日がやって来た。
大会は領主の館がある大きな街で行われた。
大会はトーナメント形式で、フレッドは順当に勝ち上がっていった。
村の大人にも勝る腕前を持つフレッドは、同世代の中ではやはり頭ひとつ飛び抜けていた。
観客達もフレッドの強さに息を巻き、熱狂した。
日が傾き始めた頃、決勝戦が始まった。
フレッドの対戦相手は、大会主催者の領主の娘シャーロットだった。
彼女もまた、破竹の勢いで勝ち上がってきた確かな実力の持ち主であった。
対峙する2人は、互いに「同世代にこんなに強い者がいるのか」と思っていた。
辺境の小さな村で育ったフレッドにとって、同世代に強い者がいるだけでも驚きで、それが異性である事に更に驚愕していた。
シャーロットもまた、同世代にこれほどの腕を持つ者がいるとは思ってもみなかった。
領主の家に生まれた子として、勉学と平行して剣術も最高の指導者に教わってきた。
そんな彼女だからこそ、同世代で一番強いくなくてはならないという自負もあった。
「剣を交わす前に、貴方にひとつ言っておくわ」
「なんだよ?」
「本気できなさい。女だからって手加減しないで」
「ふーん。なるほどね」
「なんです?」
「領主の娘って言うから、もっと嫌な奴かと思ってたんだけど」
「なっ、失礼ですね貴方は!」
「悪かったって。だから、ちゃんと全力で相手してやる」
フレッドが言い終わった瞬間、試合開始の鐘が鳴り響いた。
鐘の音と共に剣を抜いて飛び出したフレッド。
防御すべく剣を構えるシャーロット。
剣と剣がぶつかり合う音を、観客の歓声が掻き消していく。
フレッドの斬撃を耐えたシャーロットは攻撃に転じ、猛烈な攻めを見せた。
が、シャーロットの攻撃をフレッドは涼しい顔をして避ける。
避けながら、確実に一撃当てようとするフレッドに焦るシャーロットは、更に攻撃の手数を増やす。
それさえも剣で受けきるフレッドは、シャーロットが息切れした瞬間を見逃さなかった。
一瞬の隙を突き、シャーロットの剣を弾き飛ばした。
その瞬間フレッドの優勝が決まり、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「負けました。貴方の実力は本物のようですね」
「あんたも、強いな。次はどうなるか分からない」
「剣士として、また会えることを楽しみにしています」
「ああ」
互いの健闘を称えあい、フレッドとシャーロットは固い握手を交わした。
そんな2人をあたたかく包み込むように、会場いる全員が拍手を送った。
それから1年後、“帯剣の儀式”の日を迎えたフレッドは、再び領主の館がある街に来ていた。
“儀式”は街にある神殿で行われる。
領内の村々から集まった14歳を迎えた子ども達が、一堂に会する。
全員、1年前の剣武闘会でも顔を会わせており、久々の再会に喜ぶ者も多々いた。
フレッドもまた、多くの者から声を掛けられ、注目されていた。
“儀式”は街に近い村の出身者から順番に行われ、最後に領主の娘であるシャーロットが受ける事になっていた。
フレッドは辺境の村出身なので、シャーロットの前に“儀式”を受ける事になった。
続々と“儀式”を終えていく子ども達の顔つきは、まさに剣士と呼ぶべく凛々しい物だった。
フレッドは今か今かと自分の番が来るのを待っていた。
両親の指南を受け、村の期待を背負い、妹のよき手本となるべく、フレッドは剣術の腕を磨いてきた。
その集大成であり、これからの人生の第一歩でもある剣士の資格を授かる“儀式”。
あくまで通過儀礼にすぎない“儀式”ではあるが、フレッドの“儀式”に込める思いは人一倍だった。
(村の為にも、絶対に名を上げるんだ)
「次、カール村のフレッド」
「はい!」
名前を呼ばれたフレッドは神殿の神官の前に立つ。
「君の剣をかざして」
神官に言われて、剣を鞘から抜いて剣を額にかざす。
「これより“帯剣の儀式”を執り行う」
神官の言葉と共に、フレッドの剣が光を帯びていく。
剣から発せられた光がフレッドを包んでいく。
この光が身体の中に取り込まれることで、“儀式”は完了する。
剣が人を選び、剣士になるという事だ。
フレッドの身体を包み込む光は、次第に強い輝きを増していき、そして徐々にフレッドの体内に吸い込まれるように消えようとしていた。
その矢先に―
パァンッ
―と、光が弾けた。
突然の出来事に、神官もフレッドも何が起きたのか理解できなかった。
フレッドが辺りを見回すと、周りにいた者達が、信じられないという顔をしていた。
ちょうど神殿に入ってきたであろうシャーロットも、目を丸くしていた。
静まり返る神殿の中で、誰もが声を発せずにいた。
すると、奥に控えていた神官長が出てきて、フレッドを見た。
「“儀式”が失敗したんじゃろう」
「え?」
神官長が言った言葉の意味を、フレッドは理解できなかった。
「剣は人を選び、剣士とする。人は剣に選ばれ、剣士となる。お主は理から外れ、剣に選ばれなかったという事じゃ」
「な、なんですかソレ!?そんな事が!?」
「ワシも初めての経験じゃ。だが、この結果が全てを物語っておる。お主は剣士の称号を得ることができなかった」
「そんな…」
「残念じゃ」
「そんな…」
神官長の言葉に狼狽するフレッドを、周囲の者達は信じられないという目をして見ていた。
「あれだけの腕を持ちながら」
「剣武闘会の優勝はなんだったんだ」
「こんな事あるのかよ」
「かわいそう」
「これからどうやって生きていくんだ」
「俺だったら死んでる」
「剣士になれないなんて生きて価値ないだろる」
「フレッド…、ねぇフレッド!」
強く呼ぶ声に振り返ったフレッドの前にはシャーロットがいた。
1年前に剣を交わし、剣士になって再戦を誓いあったシャーロットが。
(やめてくれ、俺を、俺をそんな哀れむな)
「フレッド、あの…」
(やめてくれ!何も、何も聞きたくない!)
「フレッド!」
シャーロットが呼び止めるのも聞かず、フレッドは神殿を飛び出していった。
そのまま街道を走り、森を越え、河を越え、彼は村に帰ってきた。
村に帰ったフレッドを、大人達は歓迎した。
彼らは何も知らない。
フレッドが剣士になれなかった事を、何も。
自宅に戻ったフレッドは部屋に閉じ籠ってしまった。
やがて、“儀式”を終えた子ども達が村に帰ってきて、フレッドの事情は村中の知るところとなった。
フレッドの両親も話を聞き、部屋に閉じ籠ったきりの息子に何度も声を掛けた。
しかし、フレッドは何も答えず、なんの反応も返さないままだった。
布団を被ったまま、フレッドは3日過ごした。
こんな時でも喉は渇くし、お腹も空くんだなと、苛立った。
流す涙ももう無かった。
手に持っている剣は、幼い頃に両親に貰った物だった。
10年以上一緒に過ごした剣だった。
その剣にすら認められず、選ばれず、これまでの努力はなんだったのだろう。
剣士にすらなれない自分が、一体何になれるというのだろう。
曇った思考のまま、ふらふらと立ち上がったフレッドは剣を持ち、部屋を出た。
部屋の扉の前に、パンが置いてあった。
近くにメモも置いてある。
「愛するフレッドへ、どうか落ち込まないで。話をしましょう。」
母の字だった。
「フレッド、愛している。だからどうか、元気な顔を見せておくれ。」
「お兄ちゃん、元気出して。」
妹のソフィアまで。
「母さん、父さん、ソフィア…」
家族に心配までかけて、自分は何をやっているんだろう。
剣士にはなれなかったけど、剣が振れないってわけじゃない。
村の為に名を上げることはできなくなったけど、他にもできることはあるはずだ。
働こう。村の為に、家族の為に。
そのくらいなら、できるんじゃないのか。
家族からのメモを読んで、フレッドは自分を奮い立たせた。
まずは父さんと母さんに謝ろう。
そして、村のみんなにも謝ろう。
心配をかけてすまないと、剣士になれなくて申し訳ないと。
そして、みんなの力になれるように頑張ると。
「お父さん、お母さん、私は剣士になれるかな?」
「ソフィアなら大丈夫さ」
「ええ、ソフィアなら大丈夫よ」
「ほんと?村長さんがね…剣士じゃない子は村の子じゃないって言ってたの……」
「まぁ…」
「大丈夫、大丈夫だよ、ソフィア。ソフィアは大丈夫だ」
「お兄ちゃんは?」
「フレッドは……」
「フレッドは、フレッドとは、しばらくお別れしないといけないかもしれないな」
「なんで!?お兄ちゃんどっか行っちゃうの!?」
「ソフィア、お母さんも悲しいけど仕方がないの」
「剣士になれなかったフレッドに、村での暮らしは難しいんだ」
リビングから聞こえてきた家族の会話に、フレッドは知らず涙を流していた。
(なんだよ、それ…!)
部屋に戻ったフレッドは外套を纏い、鞄に荷物とパンを詰め込んだ。
(なんなんだよ…これは!)
腰には長年一緒に過ごした、だけど自分を選んでくれなかった剣を下げた。
(どうしてなんだよ!)
怒りと哀しみで震える身体をおさえて、フレッドは静かに家を出た。
(もう居場所が無いって言うんなら、こんな所、自分から出ていってやるよ!)
家を飛び出したフレッドはそのまま森へと駆けていった。
深い木々の向こう側に、フレッドの後ろ姿は消えていった。
“帯剣の儀式”から4年、シャーロット・ブラッドリーは帝都の貴族学院に在籍していた。
ブラッドリー公爵領を治める家の一員として生まれたシャーロットは、他の貴族の子女同様に帝都の貴族学院に通っていた。
入学以前から“無敗の剣士”との異名を響かせていたシャーロットは、学院に入学した後も、誰にも敗けることなくいた。
だが、周囲からの賛辞を受ければ受ける程、彼女は4年前の“儀式”の日の事を思い出した。
(フレッド、貴方はどこに行ってしまったの…)
“儀式”の後、シャーロットはフレッドの村へと足を運んだ。
しかし、既にそこにフレッドの姿は無く、彼の両親が焦燥した様子でいるだけだった。
村の誰も彼の行方を知らず、村長に至っては最初からフレッドなど居なかったかのような口振りだった。
それから4年。
密かに捜索を続けたが、未だにフレッドの足取りは掴めないままだった。
「シャーロット様、そろそろお時間です」
1人の女生徒が声をかける。
「ありがとう、ソフィア。では、行きましょうか」
「はい」
年に一度、帝都の貴族学院で行われる剣武闘会。
かつてシャーロットとフレッドが初めて出会った剣武闘会は、これを模して行われた物であった。
今年で学院を卒業するシャーロットにとって、この剣武闘会は大きな意味を持っていた。
剣武闘会で認められた者には、一代限りの爵位が与えられる事になっていた。
女であるシャーロットにとって、それは喉から手が出るほど欲しい物だった。
(爵位が与えられれば、お父様の言いなりに結婚する必要もない。少なくとも、自由に剣を振るう時間は得られる)
学院を卒業した貴族の娘は、そのまま親の決めた相手と結婚するのが慣例である。
それから逃れる方法はただひとつだけ、爵位を得て独立した一人の貴族になる事だけだ。
(それにまだ、私は彼に勝ってない)
“無敗の剣士”である彼女のただ一つの黒星。
既に公式の記録からフレッドの名前は消され、かつての剣武闘会の優勝者名もシャーロットの名に書き変わっていた。
これは彼女の父ブラッドリー公爵の、「剣士になれなかった者に公爵家の娘が敗けた事実などあってはならない」という指示のもとに行われた改竄である。
剣武闘会には学院外の剣士も多数参加しており、貴族だけでなく広く平民にも門戸の開かれた大会となっている。
ここで腕を認められた平民は、帝国軍にスカウトされる事もあり、一攫千金を夢見る者も少なくない。
「今年は例年より一般参加者が多いようです」
「あら、それはどんな強豪が現れるかとても楽しみね」
「シャーロット様ならどんな相手でも勝てますよ」
「ありがとうソフィア」
「私も、できるだけ勝ち上がりたいと思っています」
「ふふ、貴女と戦うのもいいかもしれないわね」
「お戯れを。私とシャーロット様では勝負になりませんよ」
「そうかしら?貴女の実力は既に学年一とも聞くけど。最近じゃ上級生にも勝っていると」
「運がいいだけです。そろそろ呼ばれるので行ってきます」
「頑張ってね、ソフィア」
「はい」
カール村のソフィア・カールは2年前に剣士の称号を授かり、その高い実力を買われてブラッドリー公爵家の推薦で貴族学院の特別枠で入学した。
平民出の彼女に家名は無く、出身地であるカール村を家名として名乗っている。
4年前に兄フレッドが失踪して以来、兄の代わりに自分が村の為に生きるのだと剣を振るってきた。
この剣武闘会で少しでも勝ち上がれば、貴族達に自分を売り込む機会になる。
そうすれば、寂れる一方の村を救う手立てもできるかもしれない。
そして、居なくなった兄を探す事も。
(だからこそ負けられない)
舞台に上がったソフィアの前には、薄汚れたマントで身を包んだ男が立っていた。
「そのマント、戦いの邪魔になるのではなくて?」
「いや、これでいい。このままで結構だ」
試合開始の鐘が鳴り、マントで顔を隠したまま、男は剣を抜いた。
ソフィアも剣を抜いて、相手との間合いを取る。
男は剣を構える素振りを見せず、剣を片手にその場に佇んでいる。
(なに、こいつ?やる気あるの?)
動きのない男に業を煮やしたソフィアは、攻めに出た。
距離を取りつつ斬りかかるが、男はマントを翻しながらかわしていく。
更に距離を摘めるソフィアだが、相手も巧みにかわしていく。
(のせられるな。相手のペースだ)
熱くなりすぎた頭を冷ましながら、ソフィアは一度距離を取るべく後ろに下がろうとした。
男はそこを突いてきた。
身体を捻ってかわすソフィアだが、左肩に少しかすった。
その勢いのまま、剣を振るうソフィア。
瞬間、男はマントを脱いだ。
「なっ!こいつ!」
マントはソフィアに覆い被さり、彼女の自由を奪う。
その間に男はソフィアを蹴り倒し、剣を弾いた。
「くっ!」
マントから顔を出したソフィアは、既に舞台から降りようとしている男の背中を捉えた。
「待ちなさい!こんな!こんな事は!」
「既に勝敗は決した。俺の勝ちだ」
「待ちなさい!待てっ!」
ソフィアの呼び止める声にも応じず、男は舞台をあとにした。
残されたソフィアは屈辱にまみれた顔を隠すように俯いたまま、奥歯を噛み締めていた。
「ソフィアが敗けた!?一般参加者に!?」
ソフィアの敗北は学院の生徒には衝撃的なニュースだった。
シャーロットもまた、ソフィアが一般生徒に敗けるとは思ってもおらず、知らせを聞いてひどく動揺していた。
「マントを使って視界を奪い、蹴り倒した?そんなの…とても剣士の戦い方とは…」
「それでソフィアは?」
「そう、怪我がないのならいいのだけど」
ソフィアは傷こそ無いものの、無様を晒したくないと姿を見せないでいた。
一般参加の男はその後も順当に勝ち上がり、遂には学院内で五本の指に入る剣士さえも破り、決勝戦まで勝ち上がってしまった。
「一般参加者が決勝戦まで勝ち上がるというのは、この武闘会始まって以来だそうですよ」
「……興味ないな」
「顔を見せてもらっても?」
「俺に勝てたらな」
シャーロットは決勝戦の相手を前にして、苦々しい表情を浮かべていた。
未だ素性の知れない不気味なマントの男は、どの試合でも公に顔をさらさず、やり過ごしていた。
分かっているのは、その戦い方がおよそ剣士と程遠い物だという事だけ。
どの試合でも、全うな剣術のみで勝った勝負は無かった。
これには観客からの避難も轟々で、彼が勝つ度に観客席からは様々な物が舞台に投げつけられていた。
名誉ある剣武闘会の決勝戦が、このようなブーイングの中で執り行われることは、シャーロットにとっては不本意でしかなかった。
(それでも、戦って勝つしかない)
試合開始の鐘が鳴る。
男はマントを脱いで、距離を詰めながら斬撃を放つ。
今までの試合では決して自分から動かなかった男が、初めて初動で仕掛けてきた。
咄嗟に剣で防いだシャーロットは、男の顔を見ようとしたが、髪で隠れて見えなかった。
「さすが、防ぐか」
男の声が耳をかすめた。
声に続いて、剣が耳をかすめた。
「くっ!」
シャーロットの剣が男の肩をかすめた。
次に腕に、胸元に、切り傷をつけていく。
その間に、シャーロットの肩に、腕に、脇腹に切り傷がついていった。
剣と剣がぶつかり合う、散った火花が、目に写る。
それを互いに見つめる。
何度も何度も繰り返されて、シャーロットは自分が笑っていることにも気が付かないで、剣を振るっていた。
男もまた、笑っていた。
剣を振るのが楽しいように。
無邪気な子どものように。
シャーロットの剣が、男の肩を貫いた。
男は剣を落とし、笑みを浮かべていた。
「やっぱり、どうなるか分からなかったな」
笑みを浮かべたフレッドは、シャーロットに握手を求めた。
シャーロットもそれに応じ、固く手を結んだ。
観客席は、あの日のように盛大な歓声と拍手で沸いた。
フレッドとシャーロットは沸き上がる会場をぐるりと見回した。
観客席から舞台に飛び降りてきたソフィアが、2人に向かって駆けてくる。
「シャーロット様!お兄ちゃん!!」
学院の尋問室で、兄妹は実に4年ぶりの対面を果たしていた。
「この4年、兄さんはどこで何をしてたの?」
「森に入って、隣の王国まで行っていた。そこで剣術の修行をしていた」
「何故4年経った今、わざわざ剣武闘会に出てきたの?」
「たまたまだ、たまたま」
「………じゃあ、なんで4年前、私たちの前から居なくなったの?」
「………別に、理由なんてない」
「嘘だ」
「………そう思うならそう思っていればいい」
「それで、村に戻るんだよね?」
「………」
「兄さん答えて」
「戻らない。戻るつもりはない」
「どうして?」
「理由なんてない」
「そればっかり」
先程から繰り広げるフレッドとの問答は、まるで意味を成していなかった。
どんな質問をしてもはぐらかすフレッドに、ソフィアはいい加減イラついていた。
シャーロットとフレッドの決勝戦、始まってすぐにマントを脱いだ男に兄の面影があることに気付いたソフィアは、観客席から身を乗り出して試合を観ていた。
試合が終わり、シャーロットとフレッドが握手をした瞬間、あれが兄だと確信し、即座に捕縛しに走ったのだった。
シャーロットは今頃、表彰式の真っ最中だろう。
終わり次第すぐにこちらに来るとの事だが、優勝したシャーロットを周囲が放っておく訳がない。
だいぶ時間がかかるだろうと踏んで、ソフィアは尋問を始めたのだった。
その尋問も、真面目に答えようとしないフレッドの態度によって、まったくの時間の無駄になっていた。
「それにしても、お前は立派な剣士になれたんだな」
「兄さん……」
「父さんや母さんも喜んでたろう」
「それは、まあ…」
「村長や村のみんなも嬉しいだろうな。お前が立派な剣士になって。まさか貴族学院にまで通っているとは思わなかったけど」
「それは、シャーロット様が取り成して下さって…」
「あのお嬢様がねぇ…」
少し含みのある口調のフレッドに、ソフィアは違和感を感じた。
「さて、俺はもう行くから」
「え?」
ソフィアが顔を上げた時には、既にフレッドの姿は無かった。
「嘘!どうやって!?」
辺りを見回すソフィアだったが、どこにもフレッドの姿は無かった。
表彰式を終えて、学院の関係者に声をかけられながらなんとか抜け出したシャーロットは、視線を感じて振り返った。
が、振り向いた先には誰もおらず、ただ静かに暮れていく空が広がるのみだった。
彼は行ってしまったのだな、とシャーロットは思った。
帝都を離れたフレッドは、近くに待機していた仲間と合流した。
「帝都の学生の実力は測れた」
「あのお嬢さんは?お前より強いか?」
「強いよ。あの人は強い」
「はは、そうかそうか。さすが剣士だ」
「そうだな」
「ははは、やはり剣士は嫌いか?」
「嫌いだね」
「ふむ、まあ、我ら全員、世界のつまはじき者だからな」
「だからこそ、剣士に見せてやらないといけないんだろ?」
「我らの力を」
「俺たちの、怒りを」
2つの影は闇夜に消え去り、あとには風がそよいでいた。
剣武闘会で優勝したシャーロット・ブラッドリーは一代限りの男爵位を与えられ、当初の思惑通り、父親の目論んだ政略結婚から逃れることができた。
学院で彼女の庇護を受けていたソフィア・カールは、シャーロットから騎士爵位を授かった。
これにより、ソフィアの生まれ故郷である辺境のカール村は一躍有名になり、暇をもて余した貴族の静養地としてしばしば使われるようになった。
フレッド関連のエピソードは希望があれば。
いや、そっちがメインでよかった。