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理屈の向こう側

「――遅いわ、今まで何をしてたのよ」

「悪かった。ちょっと遅れた」

「ピンチだったじゃない」


 そういう逢佳の顔には僅かながら笑みが零れていた。安堵しているのだ。それを見た湊を安心する。間に合った、と。


「祭葉か」

「先生、随分と大胆な格好をしている」

「生まれ変わったのでね」


 その言葉の意味を、湊は恐ろしく正確に捉えることが出来た。


「転生したのか」

「ああ、私は無敵だよ。君にも、愛染君にも私を打ち滅ぼすことは出来ない」

「ばか、だ」

「何?」


 果たして湊は今何を言ったのだろう、とメルカは考えた。考えるまでもなく、自分を罵ったのだと理解した。


「お前は馬鹿だ、と言ったんだ」

「何を言う。先の私では愛染には勝てん。能力も、体力もだ。なら、生まれ変わるしかあるまい」

「だから、お前は馬鹿なんだ。お前は現実を生きる人間にだけ許された権利を、自分から投げ出した」


 湊は六骸情報を起動する。


「無駄だ。お前の能力は私の神託(オラクル)は『バリアー』だ。君の剣は私に届かん」

「どうして俺には刃があるか知っているか。それは、俺の能力が本来『切り裂くもの』だからだ」


 そこでメルカは見覚えの無い装備を見た。湊の剣だ。ベタ塗りの、切り取った闇のようだった剣が変形し始めていた。

 それは剣がうねり、その形を変える。やがて刃はただの柄となり、剣の先端が横に伸び、曲線を伴った刃となった。

 鎌だ。死神の大鎌が湊の手に握られていた。


「なぜ、自由層にイザナミゴシックなどと言う場所が生まれたか、お前は知ってるか? 俺だ。俺があの空間をズタズタに引き裂いたからだ」


 ああ、と湊は思う。一体自分は何をしているのだろう?

 目の前の平穏が守れれば良かった。

 余計なことに首を突っ込まず、ただ日常(タスク)を消化して。

 騒ぎは起こらず、何も無い。

 たまに持ち込まれる悪意は、六骸情報(マトリクスコード)を以って打ち払う。湊はそのために体を切り刻んだ。

 香川和馬。そんな湊にしつこく付きまとう友人。

 愛染逢佳。自分に協力しろと迫ってきた女子生徒。

 苦笑しながら考える。

 二人は、明らかに湊の平穏を侵すものだ。それでも湊は悪い気はしなかった。

 ああ、と思う。

 きっと自分は、本当は誰かに構ってもらいたくて、自分のこんな思いを共有したかったのだ。

 ちらりと逢佳を見た。何が起こっているのかわからずに、ポカンとしている。

 大丈夫だと言う代わりに、柔らかく微笑んだ。湊は久しぶりに笑った気がした。

 こんなに愛おしい気持ちのためなら|電脳体の一つくらいくれてやる(・・・・・・・・・・・・・・)、とも。

 湊の能力は、本来強力なものだ。

 だが、代償として電脳体が崩壊し、修復院に送られてしまう。そのため普段は力を抑えているが、今回はそうは行かなくなった。

 そうしなければ、勝てない。そうすれば、勝てるからだ。


「現実を生きる人間は、俺よりずっと選択肢が多い。だが、死と言う選択は何もかも奪ってしまう」


 ――だから、俺は運命の女神を憎む。彼の女は時折理不尽に命を奪うから。


 口にせずに、静かに決意した。もう何度目の決意か、湊は数えるのもやめてしまった。

 鎌を振るう。メルカの電脳体を寸断すべく、黒い影が妖しく揺らめく。


「効かない、と言ってるだろう!」


 メルカはそれを受け止めようと、腕をその一閃にあわせた。『バリアー』の効果で鎌はうけとめられるはずだった。


「生きることを止め、やり直すことを諦めたお前は、ここで滅びろ」

 鎌はメルカの電脳体をすり抜け、最後まで振るわれた。

「馬鹿な――!」


 だが、メルカの体に変化は無い。何が起こったのか分からないうちに、変化が起こったのはその僅かあと。

 湊が鎌で斬ったモノは、空間だ。メルカの周囲ごと空間を斬った。

 正確には『斬った』のではない。斬るというアクションを以って『空間』を『ハックした』のだ。

 電脳世界という『何者か』が回している巨大な情報をハックし、世界の一部――『空間』という情報を減衰させ、凍結させる。それが湊の能力の最大出力だ。

 ただ、『世界』の動力は湊にも分からない。ハックできるなら動力はあるはずなのだが、全くの正体不明だ。だが、世界の動力は必ず存在すると湊は思っている。それは恐らく『神』という上位概念だ。

 なぜなら今日も世界は回っているから、何かが回して、観客を気取って人々の生き様を眺めている。今日も学校は普通に稼動し、会社は休みになることない。人々は平穏に従事し、そのどうしようもない平穏の裏で、湊は厄介事に巻き込まれている。

 運命の女神は湊に微笑んだ。


「ぐあ、おおおおあ……私は、私は……!」


 メルカ本体は確かに『バリアー』によって守られた。しかし、周辺の空間は湊のハックによって凍結し始めた。


「おおおおッ!」


 湊はさらに残撃を加える。二閃、三閃と放たれた残撃により、凍結範囲はさらに広くくなっていく。残撃が三日月型に氷が残った空間は、そこだけ時間が止まったようだった。

 メルカは思う、斬られながら夢想する。もしも自分が現実からの接続者だったら、接続を切って消えるだけ。現実に帰るだけ。だが、転生者となった今では、と。

 やがて周囲の空間がほとんど凍結した頃、メルカの思考は停止した。


「っはぁ……はあ……」


 湊の六骸情報(マトリクスコード)が解除された。同時に湊は重力に従って倒れた。


「え――ちょ、ちょっと」


 ただ事で無いと察した逢佳が湊に駆け寄る。湊の後頭部が床を打つ前に逢佳がたどり着き、両手で受け止めた。


「……男がお姫様だっこか」

「あら、差別?」

「いいや、悪くないと思っただけ」

「そう」

「……やっぱりちょっと恥ずかしいから、肩を貸してくれ」

「私もそう思ってたとこ」


 逢佳は湊を肩に担いだ。湊の体が異常に冷たくなっていることに驚く。


 ――限界かしらね


「……あれは」


 震える指で、空間に掛けられた絵を指した。


「……」


 逢佳は何も言わず、女神の絵に近づいた。


「これで、おしまい」


 逢佳は拳をぎゅっと握り、裏拳打ちを放つ。女神には亀裂が走り、バラバラに砕けた。


「そうか、終わった、か……」


 湊の瞳が静かに閉じた。逢佳はまさか、と思って湊の体を揺らす。反応はなく、気を失っているようだった。


「……冗談はやめてほしいわ」


 だが、湊のその行動が冗談で無いことを逢佳はすぐに悟った。湊の電脳体が青く発光し始めているのだ。その特徴的なエフェクトは『自動転送』が始まったことを示すものだ。

 自動転送処理が行われた修復院に送られる。そして電脳体の検査を受け、修復される。一般の人々にとって、それは全く問題の無い工程だ。しかし、ハッカーにとっては違う。検査で六骸情報(マトリクスコード)が検出されれば、すぐさま監獄層(クリミナルレイヤー)行きだ。

 焦る。どうすれば自動転送を止められるのか、と。しかし自動転送を止めたら、電脳体に致命的な損傷が残る。


「心配しなくていい。彼とは取引をしている。ミナトは全力で東上メルカを拘束する、俺はミナトのために電脳法違反に問われないよう根回しする。だから、ミナトを休ませて欲しい。ミナトの六骸情報(マトリクスコード)は自爆技なんだ」


 突然現れた男はクラスメイトだった。しかしスーツをしっかりと着こなしていて、普段のおちゃらけた様子など微塵も存在しない。金髪頭が特徴的なそれは、香川和馬だった。


「どうしてあなたがここに?」


 それに対してはにい、と笑って答えた。


「この姿では初めまして、だ。俺の名前は香川和馬。教育監査委員だ。東上メルカの捜査協力及び拘束、感謝する」


 ◇ ◇ ◇


 湊が目を覚ますと、真っ白な天上が広がっていた。まっさらなシーツ、まっさらな枕。それらを見てようやく、ここが修復院の病室であると認識することが出来た。

 湊はベッドで横になっていた。窓際のそこからは月が見えた。月を隠す雲はなく、煌々と輝いている。


「よう、起きたか」

「……和馬か」

「悪いな、寝起きくらいはかわいい女の子がよかったろーけどよ」

「その口調やめたらどうだ? 教育監査委員、香川和馬」


 それを聞いた和馬はやれやれ、と言った風だった。


「こっちが素だってーの。あの喋り方は疲れる。お前の前くらい、普段の喋り方をさせろ」

「なら、いい」

「おうよ。……さて、俺はこの後用事があるんだ。わりいが、用事はとっととすませるぜ」


 こほん、と和馬が咳払いをする。


「まずお前らのことだが、安心しろ。ちゃんと根回ししてある。監獄層に行くこたぁ無い」

「それでいいのか、役人?」

「これでいいんだよ。友人が一人犯罪者になるのは俺だっていやだってーの。

 で、だ。あの空間はとりあえず閉鎖だな。ウチの報告を受けた電脳警察(セキュリティ)がそのうち来るだろうから、あのセーフハウスから引き払っとけよ」

「残念だ。それなりに気に入ってたのに」

「いいじゃねえか。いい機会だから女を連れ込めるような清潔な場所をさがしとけ」

「なにいってんだおまえ」

「そのうちわかるぜ……で、東上メルカは今裁判中、まあ執行猶予はつかねえだろうな。……全く、嫌いじゃなかったんだがな」

「みんなそうさ。先生という一面だけ切り取れば、あの人はみんな好きだった」


 それを聞いた和馬は、「ああ」というばかりだった。同僚として、思うところがあったのだ。


「和馬」

「うん?」

「下衆の勘繰りを聞いてくれるか?」


 それを聞いた和馬はにやりと口端を吊り上げた。何を言われるか概ね予想できたのだ。


「いいぜ」

「お前、待ってたな。俺が登場東上先生と敵対するのを。俺の能力を知ってた上で」

「おうよ」


 和馬はたったの一言で肯定した。


「『イザナミゴシック』の事件は知ってる。だからお前の六骸情報(マトリクスコード)のことも知ってる。そして、()()の多くは、それを知った上でお前を泳がせてる。()()()()()()()()()()()()()()()()


 はん、と湊が鼻で笑う。


「教育監査委員も一枚岩じゃないってワケか」

「組織の性質上、俺の様にアウトローな手段を好んで使う委員はそれなりにいる。嫌う人間もまたそれなりにいる。そして、成果を出せばお上は何も言わない。ゆえに、俺たちは常にお互いをにらみ合い、取りたい手段の妨げになろう委員を牽制しあい、時に排除する。それは俺も東上メルカも同様だった。その為にお前を利用した。だが――」


 そこで和馬はニっと笑い、口調を変えた。


「東上メルカの調査で有蘭学園に潜入した俺は、彼女の逮捕で任務が終わった。だから、次の任務校に行くのさ。ミナト、俺は確かに身分を偽ってあの学校に潜入したけどよ、お前に感じた友情は、偽物じゃねえぜ」

「それは俺も同じだ」


 湊は右手を差し出しす。和馬もそれを見た和馬も、喜んで手を差し出し、堅い握手を交わした。


「また会おうぜ」

「ああ」


 ◇ ◇ ◇


「おはよう」

「はろっす」


 和馬が去ってすぐに、逢佳と多々良が湊を訪ねてきた。


「体の調子はどう?」


 言われて、湊は体を揺さぶってみる。


「少し重いかも」

「そっすか。まあ大丈夫そうっすね」


 そういうと多々良は立ち上がる。


「じゃ、多々良は帰るっす」

「待てよ多々良、今来たばかりじゃないか」

「多々良は先輩の安静が確認できりゃそれでいいす。廃棄人(ジャンカー)の仕事もあるっすからね。それに二人の邪魔はしたくねーっす」

「待てどういう意味だ」

「リア充死ねっす。頭に電極刺して死ねばいいっす」


 多々良は自分の下瞼を指で引っ張り、下を出して「べーっ」と言った。病室の仕切りを乱雑に開け、そのまま立ち去ってしまった。

 開きっぱなしの仕切りは逢佳が閉めた。


「……ありがと」

「えっ」

「東上先生は、あの絵が転生システムだって言ってたわ。もう壊したから、転生者が生まれることは無い。傍若無人な転生者はもう現れない」

「そうか」

「一つ聞いていい?」

「ああ」

「どうしてあなたは私に手を貸してくれたの? 正直言って、あの時断られると思ってたの。断られたらストーカーしようと思ってたけど」

「そういえば、そんなこともあったな」

「ええ、そうね」


 くすくす、と逢佳が笑った。それにつられて湊も笑う。


「あなたは面倒事が嫌いで、自分の目に入るものだけを見て生きている人。だから、やっぱりあなたが協力してくれたのが不思議なの」

「そうだな。強いてい言うなら――」


 その先の言葉が見つからなかった。

 ストーカーされるのが嫌だったから。……違うと、湊は判断した。それは後付けの理由だ、と。

 転生者をあらかじめ排除したかったから。……これも違う、と湊は判断した。逢佳に声を掛けられた時点では、いつも通りに平穏がどうのこうのと思っていたはずだ、と。目の前の脅威を倒すことだけで自分は満足していたはずだ、と。

 そんなことを考えてたった一つ、それらしい理由を見つけられて湊は恥ずかしくなった。


「いいか、俺は今からすっごい恥ずかしいことを言うぞ」

「ええ」

「笑うなよ」

「努力するわ」


 湊は決意した。


「きっと、俺はあの時一目ぼれしたんだ」

「……私に?」

「ああ」


 それを聞いた逢佳は沸騰したように顔を赤くした。湊に見られない様に顔を背けて、そしてくつくつと笑い始める。


「……おい、笑うなって言っただろ」

「だって、おかしいんだもの」

「な、何もおかしく無いだろ!」

「おかしいわよ。だって、だって……。ねえ、どうして私があなたに協力を申し出たかわかる?」


 それは、と湊は記憶を辿る。


「あの時、お前が言ってただろ。裏切りそうに無いからって」

「あんなの口からでまかせに決まってるじゃない。理由なんて後からいくらでも思いつくのよ。強いハッカーだって分かったから。顔見知りだから。……でも、どれも違う。自分の本心にウソをついて、別の理由をこじつけようとして……」


 逢佳は視線を湊に戻した。もう逢佳は笑っていない。誤魔化すのをやめたのだ。


「本当は、あなたのことをもっと知りたかったから。あなたのことが知りたかったから。こんなの、一目ぼれ以外でどう説明するの? 私達は同じなのよ。やっぱり、私達は似ているわ!」


 それを聞いた湊はやはり笑い始めた。逢佳も一緒に笑った。


「私、湊のこと好きよ」

「……そう直球で言われると、照れるな」

「湊も言って」

「俺も逢佳が好きだ」

「……恥ずかしいわ」

「だろ?」

「なんだか悔しいわ!」


 逢佳は湊の両肩を押さえつける。湊には驚いて、声を出す暇すらなかった。

 顔が近づく。吐息が交差する。逢佳の瞳は潤み、湊は真摯に見つめる。やがて二人は口付けを交わした。その間に、秒針は僅かに五回しか動いていない。しかし、二人にはその時間が長く感じられた。結びつきは永遠であれ、時間は悠久であれ、と。

 逢佳が顔を離した。満足気に頬を紅潮させている。


「私達、初めて名前で呼びあったわ」

「……そういえば、そうかもしれない」

「もう『お前』なんて呼ばないで、私の事は『逢佳』って呼んで」

「逢佳」

「もう一度」

「逢佳」

「湊、ねえ湊。あなたが眠ってから一週間、色々あったわ」

「一週間も眠ってたのか」

「そうよ。東上先生は逮捕されたわ。電脳法違反で裁判中。私はトラックにはねられて死んだ」


 湊はその言葉に驚き、飛び起きた。


「おいまて今何を言った?」

「トラックに跳ねられたの。……言っておくけど、わざとじゃないから。全部片付いて、気分転換に散歩してたら自動運転機能がバグったトラックがドカン」

「じゃあ今のお前は」

「あなたと同じ、電脳移住者。香川君に感謝しないと。電脳化に際して行われる身辺チェックの誤魔化してくれたんだから」


 逢佳があまりに軽く衝撃の事実を伝えたから、湊は言葉を失った。


「さ、湊。私は電脳移住者がどういう風に生活してるか知らないの。退院したら教えてね。時間はたっぷりあるわ」


 そして逢佳は向日葵のような笑顔で、言った。


「まずは、映画でも見に行きましょう?」


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