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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

童話

『その代りの約束』

作者: たまご
掲載日:2015/04/06

童話1.

 むかしむかしあるところに、2人の兄妹がいました。


 兄の名前は、ピーター。

 妹はメアリーといいました。


 2人は流行病はやりやまいで両親を亡くし、途方にくれながら、旅を続けていました。



 両親を亡くしてから、およそ1か月。


 お父さんとお母さんが残してくれた僅かな財産も、底をつきてしまいました。

 2人は振り続ける雪に凍えながら、ある村の、1つのドアを叩きました。


ドンドンドン。

ドンドンドン。



 兄のピーターが、言いました。


「お腹が減って死にそうです。お願いですから、パンを分けてください」



 しかしそう言っても、家の中の人は、ドアを開けてはくれません。

 家の中の人は、言いました。


「お前に分けられるパンなんてないよ」




 兄妹は別の家に向かい、今度は、妹のメアリーが尋ねました。



「お願いです。なにか食べ物を恵んでくれませんか?」



 家のなかにいる人が言いました。



「私の死肉でよければ、喜んで恵んでやろう」



 2人は、悲しげに顔を見合わせました。

 兄妹はすべての家のドアを叩きましたが、誰も食べ物を分けてはくれませんでした。


 ピーターとメアリーは諦めて、この村に来る途中にあった空家で、寒さをしのぐことにしました。



 中に入ると、2人は驚きました。

 誰もいないと思って入った家には、住人がいたのです。

 その人は、腰のひん曲がった老婆でした。




「おやおや。どうしたんだい?」

 老婆は、ひどくしゃがれた声で、そう優しく問いかけました。



「すみません。誰もいないと思って……。

 あの、一晩でいいので、ボクたちを泊めてくれませんか?」




 老婆は少しの間、じっと2人の顔を眺めました。

 そして、今度はニッコリと微笑んで、こう言いました。



「いいともいいとも。さあ、外は寒かっただろう。今あったかいミルクをいれてあげようねぇ。暖炉のそばで、まずは体を温めるといい」




 そうして老婆は、台所の方へと歩いていきました。

 2人は顔を輝かせ、なかば走るようにして、暖炉がある暖かい部屋へと入りました。




 ピーターとメアリーが暖炉のそばで体を温めていると、老婆が戻ってきました。

 その手には銀色のトレイがあり、ホットミルクと、厚いスライス肉が乗せられた美味しそうなパンが、2切れもありました。




「さあ。お食べなさい」




 温かい料理は、両親が死んでしまった日以来でした。

 泣きながら、2人は夢中になって、パンとミルクを胃の中に詰め込みました。



 食べ終わるのを見計らって、老婆がメアリーに言いました。



「お腹がいっぱいになったら、今度はシャワーを浴びておいで。せっかくの可愛い娘が台無しだ」




「なにからなにまで、ありがとうございます」

 メアリーは頭をさげ、そうお礼を言いました。



 メアリーにシャワー室の場所を教えてから、ピーターと2人っきりになった老婆は、ピーターに、こう訊きました。




「お父さんとお母さんは、どうしたんだい?」


 ピーターは顔を伏せて、答えました。



「ここから少し離れた村で、流行病にかかって……」



「そうかい。

 それじゃあ、お前さんたちがいなくなっても、誰も気にはしないね?」



 彼は驚いて、老婆の顔をみました。



 老婆の頭には、さっきまではなかった、恐ろしいツノが2本も生えていました。鋭い爪に、鋭利な牙。



 老婆は、人間ではなかったのです。




「わたしは鬼魔女。鬼に憑りつかれた、古代の魔女さ」



 ピーターは、メアリーに危険を伝えようとしましたが、それより先に、鬼魔女が言いました。



「おっと。口は閉じたままの方がいい。その気になればお前たち兄妹なんて、数秒で殺せるんだ。わたしはね、取引がしたいだけなんだ」




「……取引?」

 ピーターが訊きました。



「鬼に憑りつかれた者は、人間の肉を食べなければ生きられない。

 お前の妹は食べないから、その代り、お前の肉を食べさせろ」




 ピーターは考えました。


 そして、妹が生きるためにはお兄ちゃんが頑張らないと、と思いました。

 ピーターは、その取引に応じました。



 老婆は、ピーターを地下室に移動させました。




 地下室はカビ臭く、湿っていました。

 

 ピーターは恐怖に震えつつも、老婆の言うことを素直に聞き入れます。



 そうして老婆は、錆びた鉄の首輪で、ピーターの首をガッシリと固定しました。



 ピーターが暴れても、その鎖はガシャガシャと音を鳴らすだけで、ビクともしません。




 老婆は壁に掛けてあった血のこびりついた斧を、彼の右腕に叩き付けました。



 鮮血が飛び散り、痛みと恐怖に泣き叫ぶピーターの悲鳴が、暗い地下室いっぱいに響きわたりますが、その声は妹の耳にはとどきません。



「来週は右足、再来週は左足、その次は左腕だ。そうだね、お前の命は、もってあと1か月というところだろう」



 鬼魔女はそう言って、ピーターの腕を薬草で止血してから、切り落とした右腕を持って、地下室をでていきました。



 老婆は血の付いた服を着替え、腐らないようにと、その右腕を専用の冷凍庫にしまいました。




 鬼魔女は人間の姿に、再び化けました。



 しばらくして、メアリーがお風呂からあがってきました。

 メアリーは、老婆に訊きました。



「お兄ちゃんはどこ?」

「わたしに迷惑をかけたくないと、1人で家を出ていってしまった」

「大変! わたしも行かないと!」

「行っちゃいけないよ。彼と約束したんだ。妹の面倒を、しっかり見るってね」





 それから、1か月が経ちました。




 メアリーは、老婆のことが大好きになっていました。

 だから、せめてもの恩返しにと、優しいメアリーは精一杯働きました。




 メアリーがシャワーを浴び始めるのを見計らって、老婆は商材が置いてある地下室へと、下りていきました。


「メアリーは無事か?」


 手足がなくなり、胴体と首だけになったビーターが、泣くこともせずに訊きました。


「無事だとも。さあ、今日は首をいただくよ。最後に言いたいことはあるかい?」




 放ってあった斧を掴むと、老婆は歯のない笑いを浮かべました。



 ピーターは老婆を睨み、静かに言いました。


「妹は、妹だけは、絶対に…………」



 老婆は頷いてから、斧を高々と振り上げました。



「ああそうそう。言い忘れていたよ」


 目を瞑って怯えるピーターに、老婆は斧を振り下げながら、言いました。


「『その代わりの約束』が適用されるのは、どちらか一方が死ぬまでだ」



 それを聞いたピーターは、唸り声と共に老婆に噛みつこうとしましたが、首をはねられ、息絶えました。

 老婆はビーターの髪の毛を鷲づかみ、頭を持ち上げました。



 次に、持ち運びができるようにと、老婆はビーターの胴体を、細かく斧で切り分けました。



 

 兄ピーターの死から、1か月が経ちました。

 老婆の人肉冷蔵庫には、もうあまり、蓄えがありません。


「良いことを思いついた」

 老婆が言いました。



 翌朝。

 老婆は、メアリーにこう言いました。



「わたしは今から買い物に出かけるけど、地下室にだけは、行ってはいけないよ」


 地下室の存在を知らなかったメアリーは、この家に地下室があっただなんて! と驚きましたが、それを顔には出さず、「分かったわ、お婆ちゃん」とだけ答えました。



 老婆は、地下室への階段が見えるよう、絨毯を少しだけめくってから外に出ました。




 老婆が家を出ると、メアリーはすぐに、部屋の掃除にかかりました。


 食器を洗って窓を拭き、洗濯が終わってから、トイレの掃除もしました。

 最後の仕上げに、床のモップがけをしようとしたメアリーの目に、少しだけ翻った絨毯が映りました。



 よく見ると絨毯の下には、重そうな鉛色の扉が見えました。

 メアリーは考えました。



「お婆ちゃんが隠そうとするものって、いったい何なんだろう」



 メアリーには、それがとても気になりました。

 ですがメアリーは、約束を破ることを嫌いました。

 だからメアリーは、すぐに扉から、目を離しました。



 老婆が家を出て行ってから、10分が経ちました。



 メアリーはまだ、約束を守っています。

 床のモップがけが終わり、次は洗濯です。


 それから30分。1時間と、早々に時間は過ぎ去っていきました。

 メアリーは、まだ、約束を守っています。



 家のお手伝いも終わり、メアリーは、とうとうやることがなくなってしまいました。



 メアリーの頭の中で、老婆の言った地下室という言葉が、何度も繰り返されました。


 けれど兄が行方をくらましてしまった今、メアリーには、親しいヒトが老婆しかいません。

 うつむいて悩んでいると、銀色の扉が、誘うように顔をだしていました。

 メアリーは飛ぶようにしてその取っ手を握りましたが、思いとどまります。




 お婆ちゃんがいなければ、私たち兄妹は、確実に死んでいたはず。

 命の恩人に背いてまで、この扉は開けるべき物なのかしら……。



 メアリーは結局、地下室を見るのを止めることにしました。

 彼女が絨毯を綺麗に戻すと、それと同じくして、老婆が帰ってきました。

 手には何も持っていません。


「買う物が多すぎたから、荷物は送ってもらうことにした」



 メアリーの疑問を聞いて、老婆はそう答えました。





 翌日。


 人肉冷蔵庫が置いてある隠し部屋の入り口を開けっ放しにして、老婆はまた、買いものに行きました。


 メアリーは、「とびっきり美味しい肉料理を」という老婆のリクエストに答えようと、キッチンにある冷蔵庫を開けました。

 しかし、冷蔵庫の中にある食材は、飲み物だけでした。

 肉はおろか、野菜すらありません。


 そういえば、1ヶ月くらいずっと肉料理だったんだわと、メアリーは悩みました。

 困ったメアリーは、急いで老婆の後を追いました。


 しかし、家を出ると老婆の姿はありません。



 まだ老婆が家を出てから1分も経っていないうえ、遥か遠くまで見通せるにも関わらず老婆の姿が見えないことに、メアリーは混乱しました。



 仕方なく家に戻ると、メアリーは新たな発見をしました。

 今まで見たことのない部屋を発見したのです。


 奥に入っていくと、そこには大きな大きな冷蔵庫が置いてありました、


 メアリーはおもむろに、その冷蔵庫に手をかけました。



 驚いたことに、その中にはメアリーの望むものがありました。

 肉です、沢山の肉が、その中には保存されていました。



「やったわ。これで大好きなお婆ちゃんのリクエストに応えることができる!」


 メアリーは歓喜して、さっそく執りかかることにしました。

 お婆ちゃんがいつ帰ってくるか分からないメアリーは、冷めても大丈夫なようにと、肉を煮込むことにしました。

 調理器具を出して、準備を整えてから、メアリーは疑問に思いました。



 それにしてもこのお肉は、いったいどこの部位なんだろう。

 見ると、その肉は固そうでした。

 歯のない老婆では、食べられそうにありません。



 もっと柔らかいお肉はないかと、メアリーは、冷蔵庫の中を調べることにしました。


 3つのドアがついているうちの、1番上。


 そこには、なにも入っていませんでした。

 動物の血で、少しだけ汚れているだけです。

 メアリーは冷蔵庫を閉めました。



 3つのドアがついているうちの、真ん中。

 さきほど、メアリーが開けた場所です。


 そこには、1つの固そうなブロック肉が置いてあるだけです。

 ほかにお肉はありません。

 メアリーは冷蔵庫を閉めました。



 3つのドアがついているうちの、1番下。

 メアリーはしゃがみこんで、冷蔵庫を開けました。


 そこには、兄ピーターの首がありました。

 血の気が一切なくなり、白くなった顔の造形は、生前とは違い醜く歪み、固まっています。

 髪の毛は逆立ち、口からは、舌が大きくはみ出ていました。

 右目はメアリーを見据え、左目はえぐられたのか、綿状の白いものが垂れ下がっていました。



「…………え……」


 それが兄であることに、メアリーは一瞬では気づけませんでした。

 しかしメアリーは、兄のことが大好きでした。

 メアリーは、それが兄であることに気づきました。



「ぃや……」


 首の下には、白い紙が置いてありました。

 無造作に置かれた紙には、こう書いてありました。



 12月28日。ピーター。13歳。男。肉固し。



 その日付は、兄の誕生日ではありませんでした。

 利口だったメアリーは、それが兄の命日であることに、気づいてしまいました。

 誰がと考える必要はありません。

 メアリーは、すぐに逃げることにしました。


 すべての荷物を置いて、メアリーは玄関へと駆けていきます。


 しかしそこで、少しだけ翻った絨毯から、重たそうな鉛色の扉が見えました。

 メアリーは利口でしたが、幼くもありました。

 最後に1度だけ。メアリーは、地下室を下りてみることにしました。それは好奇心でした。



 扉は、簡単に開きました。




 階段に足をかけると、メアリーは絨毯を抑えながら、ゆっくりと扉を閉めました。



 地下室には、明かりがありませんでした。



 両手を壁に着きながら、メアリーはゆっくりと、下へと降りていきます。

 やがて、1番下に着きました。



「なにも見えないわ……」




 真っ暗闇の空間に、メアリーは怖くなりました。

 寒いし、嫌な臭いもします。

 メアリーは、もう戻ろうと思いました。


 振り返って片足を上げると、後ろから、小さな明かりが付くのが分かりました。



 大きな階段のうえに、メアリーの影と、もう1つ。揺らめく影が、大きく照らし出されました。



 メアリーは、咄嗟に振り返りました。




 暗い部屋の隅。

 ロウソクを持った老婆は、そこにひっそりと佇んでいました。




「やっと来たわね。メアリー」

「ひ……………………っ!」



 メアリーは絶句して、階段を駆け上がりました。

 階段の最上段に着き、メアリーは扉を押し開けようとしましたが、しかし扉は開きません。



「無駄さね。私が魔法をかけたから、どちらかが死ぬまで、その扉は開かないよ」



 ロウソクに灯った火が、ゆらゆらと動きました。

 老婆が近づいてきているのです。



 急いで階段をおりて、メアリーは壁伝いに、必死で奥へと逃げました。

 しかし、行き止まりでした。

 メアリーは、逃げ場がないことを悟りました。



「信じてたのに……! ひどいわお婆ちゃん! ずっと騙してたのね!」



「そうさ。わたしは、鬼魔女だからね」


 老婆は悪びれることもせずに、そう言いました。




「お兄ちゃんを返してよ! なんで、お兄ちゃんを……うぅう……」



 メアリーはその場で泣き崩れました。

 頭の中で、兄ピーターの無残な首が思い出されたのでした。

 階段の一歩手前で、老婆はメアリーに近づくのを止めました。



 メアリーの体が照らされ、周囲も少し、明るくなりました。

 涙で溢れた視界の中から、メアリーは、兄ピーターの筆跡を見つけました。



 地面に書かれた赤い文字は、ところどころが切れていて、読みづらいものでした。

 しかしメアリーは涙を拭い、「信愛なる妹、メアリー」という始まりで書かれた文を、しっかりと目で追いました。




信愛なる妹、メアリー。

この言葉が、君の目に入らないことを願う。

兄ちゃんはメアリーが大好きだ。パパとママと一緒に、遠くから見守っているよ。

兄ちゃんは先にパパとママに会いにいくけど、いいよな。いままでずっとお兄ちゃんだったんだ。ボクだって、もう少し甘えてみたい。

それじゃあ、最期まで幸せにな。メアリー。大好きだよ。

                              兄ちゃんより。




 それは、ピーターが自分の血で書いたものでした。

 文字は乱雑でしたが、確かにピーターの筆跡でした。  




「取引をしないかい?」

 鬼魔女はニヤリと笑いながら、メアリーにそう訊きました。

「しない!」


 メアリーは涙を堪えながら、叫びました。老婆が尋ねます。



「お腹いっぱい、美味しい物を食べさせてあげようか?」

「いらない!」

 メアリーは、首を振りました。




「お金はどうだい? 欲しいだろう」

「いらない!」

 メアリーはまた、首を振りました。




「なら、お前の家族を生き返らせてやろう。パパもママも、あの兄もだ」



 けれどその質問に、メアリーは、首を振ることができませんでした。

 静けさが部屋を支配します。



「本当に……?」


 か細い声に、鬼魔女は、ニヤリと笑いました。



「わたしは鬼の魔女さね。鬼の力と魔法を合わせて、できないことなんてないよ」


 メアリーの心は、揺らいでいました。



「その取引って……どういうの?」


「なーに。私がお前の家族を生き返らせる。その代り、そのあとでいいから、お前の体が欲しいってことさね。お前の犠牲1つで、3つの魂が救われるんだ。良い取引だろう?」



 メアリーは悩みました。

 浮かんだのは、パパの逞しい腕と、ママの美味しい料理。そして、メアリーに向かって優しく微笑む、兄ピーターの顔でした。


 メアリーは、頷いてしまいました。

「契約成立だね」







 不思議なことが起こりました。

 メアリーの右手には、ロウソクが乗せられた丸皿が握られていました。

 座っているはずなのに、メアリーの視線は高い位置にありました。

 目の前には、出入口の階段がありました。


「え?」


 そう発音してメアリーは、自分の声がひどくしゃがれていることに気が付きました。



「ああ、どうやら完璧だねぇ……」

 老婆が言いました。聞き覚えのある声でした。



 老婆の姿を見て、メアリーは身を固くして、驚愕しました。


 老婆は老いぼれた姿ではなく、メアリーの体を持っていたのです。


「入れ替われる体を、ずっと待っていた……。これでやっと、おじいさんのところに逝ける……」



 メアリーの体に移った老婆は、そう言うとメアリーへと近づきました。



「お礼に、教えてあげよう。わたしが生き返らせた人間は、もうじき、死んだ場所で蘇ることになっている。前とまったく同じとは、いえないけどね。

 それと、もう2つ。

 鬼は自殺することはできないし、人間の肉を食べないと、記憶を失くして殺人鬼となってしまうからね。それだけ気をつけな。

 本物の孫ができたみたいで、楽しかったよ。ごめんね、メアリー」



 最期に微笑んで、老婆は崩れるようにして、地面に倒れこみました。




 曲がりきらない腰を曲げながら、老婆の体をもったメアリーはしゃがみました。


 心臓の音を確かめてみましたが、何の音も聞こえません。

 メアリーは、鬼魔女が死んだんだと思いました。



 ロウソクは、もう半分もありません。

 するとメアリーの背後で、物音がしました。

 メアリーが振り返ると、そこには兄ピーターの姿がありました。

 鬼魔女は、しっかりと約束を果たしてくれたのです。




「おに――」



 お兄ちゃん! そう叫ぼうとして、メアリーは止めました。



 ピーターの体を見て、無性に人間の肉が食べたくなってしまったのです。

 メアリーは利口でした。


 いまの自分の体。ヒトを食べたいという欲求。それらを考えて、メアリーは、大好きな兄に駆け寄るのを止めました。



「め、メアリー……? おい……?」


 ピーターは素足で、老婆の遺体へと向かいました。




「よくも、よくも……!」



 対峙しているのが妹とも気づかない様子で、ピーターは、老婆の風貌をしたメアリーに叫びました。

 大好きな兄に睨まれ、悲しむ姿をみて、メアリーも泣きそうでした。でも、メアリーは泣きませんでした。


 メアリーは解っていました。

 自分が鬼になってしまったことを。

 もう誰も、呪われた自分を愛してくれないことを、メアリーは解っていました。

 だからメアリーは、真実を打ち明けないことにしました。


 ピーターは泣きながら、動かない死体を、強く抱きしめました。




 メアリーは鬼ですが、魔女ではありません。

 『その代わりの約束』を使うことはできないと分かっていましたが、メアリーは契約という言葉を選びました。




「ピーター。契約をしましょう」



「ちくしょう、ちくしょう!

 守れなかった。兄ちゃんなのに、ボクが、お兄ちゃんだったのに……ちくしょう、ちくしょう!」



「ピーター。私を殺してください」



 燃え尽きる寸前のロウソクを床に置いて、メアリーはそう願いました。



 大きな粒を、目からボロボロと落としながら、ピーターはそっと、メアリーの体を置きました。


 ピーターは立ち上がり、壁に掛けてあった斧を握ります。



「ごめんよ…………メアリー」

「その代わり、パパとママがいた家に戻ってくださいね」



 ピーターが、斧を振りかぶりました。

 老婆の姿をしたメアリーが、斧を振りかぶるピーターと向かい合います。




 斧はしっかりと背中まで振りかぶられ、シワの刻まれた黒い瞳を、ピーターは殺意をもって睨みつけました。



 抑えていた感情が溢れだして、老婆の口が開きました。



「死んだメアリーは、お兄ちゃんのことが大好きでした。

 死ぬそのときまで、ずっとそう言っていました。

 追いかけっこで転んだとき、顔に雪玉がぶつかったとき、嫌いな野菜がご飯にでてきたとき、ママに怒られたとき、お腹が空いたとき、いつもいつも、どんなに些細なことでも、お兄ちゃんが守ってくれた。

 お兄ちゃんのおかげで、メアリーは幸せに生きることができました。

 だから今度は、私がお兄ちゃんを守る番なんです。

 だからお兄ちゃん。私だけのお兄ちゃん。

 死んでも、幸せになってね。そう、言っていました」



「そうかい」


 斧を握る手に、ピーターは力を込めました。


「お前のウソも、これで最後だ」


 メアリーは、いま言った言葉が全て、ウソだと思われていることに気が付きました。

 メアリーはとても悲しくなりました。

 せめて兄を慕うこの気持ちだけは、正直に受け取ってほしいと、そう願いました。



「ウソじゃな――」

 しかし老婆の口は、最後まで音を発しませんでした。



 ピーターは、老婆の首に何度も何度も、斧を叩きつけました。



 1撃目で、老婆の首から大量の血が噴き出しました。

 老婆は仰向けに倒れ、ピーターは斧を頭上に持ち上げました。


 2撃目は、狙った場所に当たりませんでした。

 頭蓋骨が割れ、中から赤い色の脳ミソが飛び散りました。


 3撃目で、首と胴体が切断されました。

 老婆の腕が、足が、びくびくと痙攣し、すぐに動かなくなりました。


 でもピーターは、それだけでは止まりませんでした。

 老婆の頭部が跡形もなくなるまで。床にまみれた血で足を滑らせるまで、ピーターは憎しみに斧を振り続けました。




 ピーターは無気力感に包まれていました。

 斧を投げ捨て、血まみれになった体で、メアリーの遺体を持ち上げます。



 ロウソクの火は最後に揺れて、誰にも気づかれることなく、静かに消え入りました。






-------------


 ピーターは妹の遺体を抱えて、血まみれで家に帰りました。

 せめて遺体だけでも、パパとママの近くに埋めてやろうと思ったのです。

 だけどそこには、生き返ったパパとママがいました。



 ピーターは、起きたこと全てを語りました。

 楽しかったことなんて、ほとんどなかったけれど、ピーターは全てを話しました。



 辛くて、悲しくて、泣きじゃくりながら、しかし浮かんでくるのは、妹メアリーの屈託のない笑顔ばかりでした。


 ピーターは言いました。


「魔女が最後、悲しそうに何かを言おうとしたんだ。

 その雰囲気が、メアリーにとても似てて。

 いま思えば、口調も違ってて、なんだか俺が

「その代わり、お前の肉を喰わせろ」

 ピーターが言いました。

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