最終話 上編『君が残した宝モノ』-4
「白岡かーー」
けっかう久しぶりの宇都宮線使用で、乗換駅まであとどのくらいか覚えなかった。
乗換アプリで確認すると、ちょうど、半分過ぎたあたり。
いやはや、長い。
そして、気になるのは……
自分の隣に座って、じっと流れゆく車窓の景色を眺めている奏絵。
サンシャイン通りでは、あんなにしゃべっていたのに、電車に乗ってからはこれだ。
この差は、ちっと気になる。
あと、気になることはーーーー
腕時計で、今の時間を確認。
やはり、12時を過ぎていた。
そりゃそうだ。なんたって、池袋を出たのが12時前。
さて、お昼はどうするべきか。
車内販売で適当なものにするか、乗換駅の小山駅についてからにするかーーーー
そこが悩む。
「お昼だけどさ……どうする?」
今はこんな状態かもしれないが、あそこではあんなにしゃべっていたんだ。
なら、会話ができる。と、俺は奏絵ちゃんに訊いた。
「別にいいです」
予想外だよ。会話のやり取りがたった一言で終わるなんてさ。
自分の作品でも時々こんなシーンを使うが……実際に体験すると、結構キツイな。これ。
「あ、あの」
だが、諦めるのには早かった。
奏絵ちゃんから、問いかけてきた。
「あーーーーお父さんは、なんで、お母さんのそばにいなかったんですか?」
それは、当然そう思うことだろう。
どんな子供だって、自分の父親と母親が離れて暮らしてればそう思う。
さらに、名字が違っていたら、余計にそう思う。
「なんで、こんなに離れたところにいるんですか?」
それは、今まで彼女が抱えていた疑問。
本当に、そう思って、疑ってーーーーだから、その理由を知りたい。
奏絵ちゃんは口ではそう言ってないが、彼女の表情がそう訴えてくる。
それに対して、俺はーーーー
俺が、彼女が抱えていたそれらに答えて、その理由を知ったとき、この子にどんな思いをさせてしまうんだろう。
きっと、知ることができてよかった。って嬉しがったり、安堵するなんてことはない。
きっとーーーー知りたくなかった。って後悔させてしまう。
そして、俺を憎む。だろう。
いや、憎んでほしい。と、自分ではそう思っている。
この子には、憎んでほしい。とーーーー
「正直言うとさ……今は、君のお母さんーーーー純玲のことは好きじゃなんだ」
ずっと忘れていた、彼女の名前。
何度も何度も思い出そうとした。だけど、思い出せなかった。
だが、不思議なことに、自然とその名前を思い出せて、口から洩れた。
なんでーーーーこんなに、あっさりと思い出せるんだよ。
「昔……高校生だったころは、好きだったんだ。ずっとねーーーー」
でも、あの手紙を受け取り、あの街に行き……その日の帰りに自分の無力さと、まだ子供である現実感を知り、俺は棄てた。
自分の想いを。
その痕跡を。
そのすべてをーーーー俺は、棄てた。
そして、今になり、君が来た。
棄てた痕跡の中に含まれてた過ちの形して、君が俺のもとに訪れてきた。
「君たちにつらい思いさせてーーーー」
奏絵ちゃんからの視線を痛いほど感じる。だが、彼女の顔を伺うことができない。
見なくても、わかる。
きっと、俺を憎んでる。睨んでる。
そして、後悔してる。
こんな俺が、父親であることをーーーー。その事実を知ったことを。
当たり前か。
すべては、俺がおこなった過ち。
何も知らない頃におこなった過ち。
「ーーーーごめん」
それは、遅すぎた謝罪。
そして、重たい空気に包まれたまま小山駅に着き……下館駅に着いた。
久々に訪れた、過ちを犯した場所に。