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最終話 上編『君が残した宝モノ』-2

「あ、あのー」

用意したパン2枚を食し終えた彼女が問いかけてきた。

「ん? モノ足んなかった?」

「いえ、足りました。ありがとうございます。 あ、あのですね」

そう言い、彼女は何かを指差した。

その先に視線を向けると、彼女が差していたのは今朝方チェックされた原稿の山だった。

「それ、お仕事なんですか?」

「ん、まー。 そうだね」

もし、この場に高柳がいたらドヤされただろう。

「小説家………なんですか?」

「あー、一応ね」

「いちおう?」

「そ。 小説家だけど、書いてんのはライトノベル」

売れ行きはそこそこなので、自分一人を養っていくことが出来る。

「本当は、もっと真っ当な仕事に就きたかったんだけど………こっちが先だったから、継続してんだ」

デビュー後にも、保険として何社から普通の会社の入社面接を受けたが、履歴表に書かれている『中退』の2文字が悪印象を与えていたのが、惨敗な結果になり、最終的にこの状態になった。

「でも、どんなであれ、小説家ってすごいですね」

「すごくはないよ」

俺は、その山の一番上を取り、そこに書かれている文字を見ながら、彼女の褒め言葉に反応した。

「ただ、運が良かっただけだよ」

褒めらられるのは嬉しいことだ。

他人から憧れることだって同じことだ。

だけど、今の俺にはそれらを受け取り資格がなかった。いや、今だけじゃない。前の俺だってそうだ。

俺は、就活に負け、ただ、流されるまま、この職に就いただけだった。

「そうーーーー運がね」

それに、その言葉は俺よりも、彼女に与えるべき言葉であって、贈るべき言葉でもある。

彼女は、彼女一人の力でこの子をここまで育ててきたんだから。

「そう、なんですか?」

「ん?」

奏絵ちゃんが首を傾げた。

どうやら、俺の反応になんらかの疑問を抱かせてしまったのだろう。

「あー、そうだよ」

持っていたそれを元の場所に戻し、

「ただ、奏絵ちゃんから、そう思われてることは嬉しいよ。ありがとう」

その疑問を晴らしてあげた。

ただ、言葉にしてはないが、彼女からのそれらを受け取ることはしなかった。

「さて、そろそろ本題に入ろうか」

「ほんだい?ですか?」

「あー、本題さ」

俺は奏絵ちゃんの向かい側の椅子に座り、これまで自分から逸らしておきながら、本題に戻した。

「奏絵ちゃんが、なんで、あんな時間に俺のところに来たんだ?」

女子中学生ーーーあるいは女子高生かもしれないがーーーとにかく、あんな時間に1人で来たからには、それだけの目的があったはずだ。

それに、純玲がまだあの時と同じ場所に暮らしていたのなら、この子は茨城からここまで来たことになる。

昔の俺の時は、親にはなんとか言い訳を言って済ませたが、この子の場合はそうじゃないだろう。

それに、この子の家に電話しても、誰も出なかった。

そこも、おかしかった。

ただ、なぜか知らないが、あの時は何かを思い出し、納得していたが、それが何なのか思い出せない。

そこは、この子が知っているかもしれない。

「マーーお母さんから、教わりました」

ここに来て、初めて見る真剣な表情で彼女は答え出し、ゆっくりと腕を伸ばし、

「あなたが私のお父さんだって」

俺のことを指差し、言い放った。

その言葉を聞いたら、大抵のやつは驚くか、夢ではないのかと疑うものだ。

だが、俺はそのどちらでもなかった。

ただーーーー納得していた。

「? 驚かないんですか?」

奏絵ちゃんがくびをか傾げる。

「ん? あー、そうだね」

ちょっとは驚いたさ。

だけど、それ以上に見覚えがあった。そうなるだろうと予感があり、この子が純玲の娘であった時点で、その予感は実感になった。

「そうか。君がーーーー」

俺は、彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。

「あの夏の過ちの形なんだ」

あの夏ーーーー俺と純玲が再会を果たしたあの夏。

「ーーーーごめんな」

自然と、俺の口からその言葉が漏れた。

それは、誰に何に対しての謝罪の言葉なのだろう。

純玲に対して?

文通に対して?

はたまた、純玲から逃げて俺に対して?

考えても、分からなかった。

ただ、心配そうに見上げている奏絵ちゃんには無関係の言葉であることは分かっていた。

「忘れ物はないよな?」

「これしか持ってきていませんから」と、だいぶ使い潰しているポシェットを誇示する。

彼女の年齢から考えても、その使い潰し具合は不似合いすぎる。

おそらく、純玲ーー母親のものを譲り受けたのだろうか。

「了解」

玄関に鍵を架けた。

あれから、俺は奏絵ちゃんに今朝のことを話した。

高柳が関わる部分は触れず、彼女の家に電話をしたこと。

また、今日中に彼女を家まで送ること。

そしてーーーーその電話が芝居であることも黙った。

階段を降りて、集合ポストの中にある自分のポストに原稿の束を入れた封筒を投函した。

「それって、さっきのですよね?」

「そ。終わったから、ここに入れとくんだ」

「大丈夫なんですか?盗まれたりしないんですか?」

「盗まれないし、午前中には取りに来るから平気だよ」

ここが、高柳と決めた『いつもの場所』だ。

一応、盗難防止として4桁のダイヤル式のキーロックと、鍵式のキーロックが施されている。

この番号と合い鍵を高柳に渡している。

「さて、行くか」

「はーい」

奏絵ちゃんが元気よく返事をした。

その姿も、また、あの頃のあいつに似ていた。

そして、俺の胸を締め上げる痛覚が走った………

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