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第二話 夏回想

第一話 夏回顧の別視点。

少女の思いと誓い。

私には好きな人がいる。

そう気付いた時には、既に遅くって、私の引越しと転校が決まった前日のことだった。

明日になれば、私たちの間にある距離は、今日までの距離よりも数十倍拡がってしまう。もしかしたら、それは数十倍ではなく数百、数千――最悪だと数万――倍の広さになってしまうかもしれないと思った私は、やっと気付けた自分の想いを口にすることが出来なかった。もしかしたら、想いを口にすることが怖かったのかもしれない。

私は真っ先に彼だけにはこのことを伝えたく、電話をかけた。

でも、そのときの会話の中で、私は自分の想いを伝えられなく、ただ『ごめんね』と一言だけを伝え、私から電話を切った。

ツーツーツーと、規則正しく連呼する空しい音が私の耳に響き、私はそれが聞こえてくる受話器を手放すことが出来なかった。

迷惑かもしれないのに、頑張って電話をかけたのに、結局私は何も伝えることが出来ないまま、この日は終わってしまった。

翌日。

私が引っ越すことを担任の先生が、クラスのみんなの前で教えた。

私は、先生の隣に立ち、クラス全体を見回す。

誰もの顔には突然のことで驚きや戸惑いが浮かんでいた。だけど、彼の顔は別になんとも無かった。恐らく、前もって電話で教えておいたからなんとも思っていなかったかも知れない。

この時の私は、不思議とそう思えた。そして、そう思っていても嬉しいとは思えなく、ただ悲しかった。

昼休みになると、教室に残るのは私と彼だけ。

私は彼と何でもいいから話がしたかった。だけど、彼にかける言葉は奇妙なことに『ごめんね』だけしか口から出てこなかった。頭の中ではいろんな言葉が思い浮かんでいても、それが喉から出てきた時には『ごめんね』になっていた。

ただ――私の中にある悲しみが増すばかりだった。

そして、翌日のお別れの日。

クラスのみんなが私のことを見送り着てくれた。

それだけでも嬉しかった。でも、その中に彼の姿は無かった。

電車が出るまで、私は駅のホームでみんなと最後の時間を過ごしながら、彼が着てくれることを密かに期待していた。

けど――時間は無常に流れていき、電車が出発する時間になった。

結局、彼は着てくれなかった。

どうやら、私は彼に嫌われたみたいかもしれない。

「はじめまして。親の仕事の都合で、神奈川県の秦野から引っ越してきました、仲波河澄です。卒業まで後一年と半年しかありませんが、よろしくお願いいします」

駒駈渕(くぐぶち)中学校に転校してきた時とほとんど同じことを言ってから、これから生活を送ることになる新しい教室を見渡した。

知ってる人が誰もいない教室。

男子も女子も先生も……私が知らない人ばかりの教室。

それでも、私は無意識のうちに千城君の姿を探していた。

絶対にいないんだって自分に言い聞かせて、納得しているはずなのに私は探していた。

そして、何度も何度も見渡して、いないという現実を思い知らされると、私の心は苦しかった。

新しい教室に溶け込むのに、あまり時間がかからなかった。

クラスの人たちが親切だったかもしれない。

でも、クラスに溶け込むことが出来ても、新しい中学校には溶け込むことが出来なかった。

駒駈渕中学校では部活動への参加は自由だったけど、転校してきた下館南中学校では全員が必ずどれかの部活に入っていなくてはならなかった。

でも、転校して間もない私は、まだ新しい学校での生活や登下校の変化に慣れていなかった為、特別な許しを貰って、転校してきて直ぐにはどの部活にも入らなかった。

でも、6月の終わりぐらいに私はそれらに慣れてきたので、部活に入ることにした。

途中で入部する形だったので、運動部ではなく文化部――美術部に入部した。

そして、私は新しい学校での生活に完全に溶け込んでいった。

私は――

変わってしまっていた。

自分でも気付かないうちに――

私は、千城君のことを夢でみた。

彼は、私がいなくなってから独りになってしまって、あの頃とは見違えるほど元気が無い感じがした。

そして、そんな彼の姿が、ここに来た頃の私の姿と重なった。

彼は――千城君は私を必要としてくれていた。

だから、私がいなくなったことにショックを受けてしまった。

そう思い、感じると私は辛くなった。

そして、私は千城君と会いたいと心から思い、願った。

彼に自分の想いが届くように。


彼の夢を見てから、私は直ぐに行動に出ることにした。

7月2日の日曜日に、彼の家に電話をかけようと、私は自分の部屋に置いてる子機を手にして、千城君の家の電話番号をゆっくりと押していく。

彼の家にかけたのは、あの時の一回だけなのに、私の指や記憶が不思議なくらいはっきりと覚えていた。

そして、彼の家の電話番号を全て押し終え、後は通話開始のボタンを押すだけだった。

ただ、普通のボタンよりもちょっとだけ大きいボタンを押すだけ。

指のこうで――それさえ押せばいいだけなのに――

たったそれだけなのに、私には出来なかった。

まるでそのボタンが押すことが出来ないほど硬いのか、私の指の力が弱いのか。

とにかく、そのボタンを押そうと力を入れても押すことが出来なかった。

何度も――何回も――

結局、この日、私は電話をかけることが出来なかった。


翌日のお昼休みの教室で私は手紙をかくことにした。

本来なら電話をして、久々に千城君の声を聞きたかったけど、昨日の私の様子では電話をかけることなんて無理だってことが分かったし、痛感した。

それで考えた私は、手紙を書くことにした。

手紙ならきっと書くことができると思ったから。

でも、今度はいざ書き出そうと愛用のアザラシのストラップが付いてるシャーペンを手にした時に、私は悩んだ。

何を書けばいいんだろうか?

書き出しはどうやって書けばいいんだろうか?

私が悩みだしたのは、傍から見ればどうでもいいようなことだったかもしれないけど、私からしてみるとなぜか知らないけど重要なことだった。

学校のテストやクラスの友達との会話よりも重要なことだった。

藤嶋千城様

お久しぶりです。元気にしていますか?

もう、あれから3ヶ月も経つんですよね。

カレンダーでは長いように思えても、あっという間に過ぎてしまい、あまり実感がわきません。

こちらの夏も暑いですが、少しだけ過ごしやすいです。

でも、そちらの夏の場合、暑いとよく湘南の海に行ったものです。

こちらには海がないのですが、新しいクラスの友達と川島にある市民プールに行きます。

ですが、不思議なことに、今年で閉めちゃうみたいです。

市民プールなのに潰れちゃうなんて、変だと思いませんか?

あと、秦野では、学校に行くのにバスと歩きだったけど、こっちでは自転車通学だってことに驚きました。

でも、そのうちこれが私にとって当たり前のことになるんだと思うと、悲しく思います。

きっと、私は千城君が知らない私になっていくんだと思って・・・

でも、千城君もきっと変わってしまうんですね。

それでも、私たちはきっと大丈夫だと信じてます。

わたしは書いた手紙を駅前の100円ショップで買ってきた可愛い柄の封筒に入れて、封を閉て、切手を貼り付けて、表側にあて先を書いて、裏側に自分の名前だけを書いた。

後は、投函するだけ。 

部活帰りに、私は郵便局前のポストにそれを投函した。

無事、届きますように。と、心で願いを込めて―――


数日後、私は学校から帰ってきて、ポストを開けると一通の手紙が入っていた。

まさか、千城君から返事が返ってくるなんて思ってもいなかった。

晩御飯を食べ終え、自分の部屋に戻った私は、宿題をそっちのけで彼からの返事の手紙を何度も、何度も読んだ。

数学の数式みたいに、直ぐに思い出すことが出来るほど、私は何度も読んだ。

翌日のお昼休みに、私は千城君に二度目の手紙を書いた。

拝啓 藤嶋千城君

まさか、お返事がくるなんて思ってもいませんでした。

びっくりです。でも、お返事がきたことが嬉しいです。

なんと、先週から部活に入りました。

美術部です。なんか地味って感じがしますよね。

でも、本当は運動部に入りたかったんですが、私が転校してきた時期が時期だけあってやめました。

千城君も、何か部活に入りましたか?

前に買った封筒が残っていたけど、新しいのを同じところで買って、後は前と同じように投函した。

そして、数日後、また彼からお返事が返ってきた。

その日も、私は宿題をそっちのけで何度も、何度も読んだ。

彼からの手紙には、私を驚かすのに十分すぎるくらいの内容が書いてあった。

だから、私は直ぐに彼への三度目の手紙を書き出した。

迷うことなく、躊躇することなく、私の手は白い白紙に文字を書いていく。

前略 千城君

夏休みの約束、とてもうれしいです。

まさか、千城君と再会できるなんて思っていませんでした。

でも、今思うと逢おうとすれば、電車で逢いに行ける距離に私たちはいるんですよね。

夏休みまで、まだまだ先のことなのに、まるで明日のような気がして、今からどきどきと緊張しています。

これだと、逢う当日が不安ですけど、早く夏休みになって欲しいです。

それと、夏休みの逢う日なのですが、7月26日にしてください。

理由は、内緒です。

書き終わった私は、机の端に置かれている卓上カレンダーを見た。

7月26日。

この日から三日間、夏のお祭がある。

彼からの手紙に驚かされた私は、仕返しにと思ってこっそりとお祭に誘うと謀っている自分。

本当に、私は変わってしまったんだ。と、実感して、痛感した。

私は、書き終わった手紙を封筒に入れて、封を閉じて、机の上に置いた。

そして、私は早く夏休みにならないかな、とワクワクとドキドキを胸にしながら、眠りに付いた。


また、数日もしないうちに彼からの返事が返ってきた。

千城君からの手紙には、千城君が乗ってくる電車の時間と路線が書いてあった。

電車のダイヤって言うのが書いてあった。

10時8分発の小田急に乗って、12時59分に下館駅に到着と書いてあった。

他にも、どこで何に乗り換えて、その出発時間までも詳細に書かれていた。

拝啓 千城君へ

私のわがままを聞いてくれて、ありがとうございます。

あと、千城君が乗ってくる電車の時間やこっちに到着する時間を教えてくれて、うれしいです。しかも、下館駅まで来てくれるみたいで、大変ですけどよろしくお願いします。

本当は、小山駅で待ち合わせにしようかなって思っていたんですけど、千城君は小山駅のこと知らないんですね?

ただ、千城君の移動距離が長くなってしまいますから、どうか気をつけてください。

たぶん、千城君のことですから大丈夫だと思います。

私は千城君の手紙に書いてあった下館駅への到着時間前に、下館駅前であなたが来るのを待っていますね。

それと下館駅の出入り口についてですが、2ヶ所あるので注意してください。

私が待っている方は、駅前に大きな建物がある方です。

時間によっては、明治時代あたりに走っていたSLって機関車が停まっているかもしれません。

あと、電車に乗ってから驚くと思います。

これが、夏休み前の最後の手紙になった。

そして、それから奇妙なことにこの手紙を送ってからの千城君のお返事が届くことが無かった。けど、 不思議と私は不安になったり 、恐怖を感じたりすることが無かった。

ただ、ワクワクしてドキドキしながら夏休みになるまでの日々を過ごしていた。

でも、そんなある日――夏休みまで残り一週間となった日に、私は千城君と再会した時に彼に渡すための手紙を書き出した。

たぶん、それは手紙みたいなものではないかもしれない。

それはきっと、私にとって産まれてはじめて書いたラブレターだと思います。だって、その中には私の中の全てを書いたから。想いを込めたから。

それが、今の私の全てだから――

そして、書き始めて三日かけて書き終えた私には、やり遂げたという達成感や、私の全てを書き込んでしまった恥じらいなどを感じられなく、この時になって初めて私は言葉で表現することが出来ない得体の知れない恐怖を感じた。

たぶん、これからもまだまだ続く目に見えない明日に。

まだ先が遠い未来というゴールに。

そして、私たち自身が自覚を持てない成長することへの変化に。


7月26日。

千城君が到着する一時間前に、私は下館駅の待合室に来ていた。

私は、肩にかけてあるポシェットを開け、中身の確認をした。

お財布とウェットティッシュ。あと、手帳と花柄の小さなボールペン。

そして、千城君に渡す、産まれてはじめて書いたラブレターを取り出した。

これまでとは違って、100円ショップで売っている封筒ではなくて、ちゃんとした文具屋さんに行って、頑張って見つけた可愛い封筒を買ってきた。

私は、その手紙――じゃなくてラブレターを胸に抱いて、内容に込められている私の想いをより一層に強くする為に、強く、強く――想いを込めるように目を閉じて、抱いた。

勿論、この時にこの手紙にシワが付かないように、気を付けながら――

私は、千城君が来るのをじっと待った。

ワクワクする心と、ドキドキする心を感じながら。

そして――そんな私の心のどこか奥底で、再会することとこれからの日々への恐怖も感じた。


12時59分。

時間に遅れることなく、自動改札口の目の前の2番線ホームに水戸線の車輌が入ってきた。そして、改札口越しに立っている私の前でゆっくりと速度を落としていき、その姿を目で追えるようになっていき、数秒後には完全にホームに停車した。

車輌のドアが開いた。

その直後、その中から少なくも無く多くも無い――強いて言えば、丁度いいかなって思える数の人が出てきた。

ピッ、ピッ、ピッ……とスイカカードを翳して自動改札口を通り抜ける人たちの中から、私は探した。

でも、電車が次の駅に向かって出発して、改札口から出て行く人がいなくなって――その中に彼はいなかった。

でも、私は不思議と不安を感じることは無かった。とはいっても、きっと私は私自身の中のどこかで彼が来なかったことに対して心配はしていた。

それでも、私の中にはそれ以上に、大丈夫って言葉に出来るものが確実に私の中の心配を押し潰していた。

それに、千城君はきっと小山駅で乗り遅れたに違いないって確信できて、断言もできる私という自分がそこにいた。


私は、改札口の真上の天井に設置されている電光案内板を見上げた。

次の下り電車が来るのは、14時00分。

今からぴったり一時間後。

そして、その一時間が私にとっては長く感じる時間でもありながらも、何よりも千城君と再会する為に準備をするのに十分すぎる時間でした。

私は、駅の待合室で千城君を案内するコースを考えた。

それは、初めてだった。今までの私が、こうして彼の前に立つなんて思ってなかったに違いない。きっと今までの私は、彼の前に立つよりも、彼の後ろに付いていったり、隣に立っていたに違いない。それが時にだって彼の前に立っていたかもしれないけど、それはきっと彼のことを待っていた。

そうすることで彼と同じ世界を見ていることが出来たから。そして、それだけでも満足だった私がそこにいた。

だけど、今の私はきっと前の私のような、彼と同じ世界を見ていられることで満足にならないと思う。

きっと……

だって、私は前の私ではないから。変わったから。

千城君が知っている私ではなく、千城君が知らない私に――

私は十分に時間をかけて、千城君を案内するルートを考えて、決まったルートを手帳のメモページに書いた。

それを見ただけでも、私の心は今にでも踊りたくなるほどに湧き上がり、息も出来ないほどに胸が熱くなるのを感じた。多分、私はそれを見て満足してるんだと思う。

私は、手帳を閉じて、内側から熱くなっているのを感じる胸に抱いた。

大事に――丁重に――それでも、力を込めて、胸に抱いた。

すると、何だか胸の熱さが強くなったように思えた。

私は、その熱さを感じながら、腕時計で時間を確認するともう直ぐ次の電車が来る時間。

後、五分もすれば千城君が乗っている可能性が高い電車が来るんだ。

そう思っただけでも、私の胸は焼けるくらい――火傷してしまうほど熱くなってきた。

私はその暑さを紛らわす為に、駅の外に出た。

本当のことを言うと、彼と会う前にこの胸の熱さを抑えたかった。そうしないと、再会した時に私が私じゃなくなるような気がしたから。

そして――下館駅の近くの踏切の音が響いてきた。

更にそれは電車が駅の近くに着ているのと共にあと少しで駅のホームに電車が入ってくるのを同時に教えてくれている。

その音を耳にしながら、私は空を見上げた。

夏特有の暑い日差しが私の視界を晦まし、雲一欠けら点在しないどこまでも青い空が、私の上に広がり、繋がっていた。

そして、千城君が乗っている可能性が一番高い電車が駅に入ってきた。

私の目の前でゆっくりと速度を落としていき、数秒後には完全に止まり、ゆっくりとドアが開いた。

その刹那、中に乗っていた人たちが流れるように下り、改札口を通り抜けてくる。

私は、その流れを見据える。

目を閉じて、耳を澄まさせると、真っ先に聞こえてくるのは足音の波と、風を切って私を避けていく人たちの音。

その中で、私は待っている。

不思議と今、ここに来ている千城君のことを。

まだ姿が見えないし、着ているとの連絡も無いのに、千城君がここにいると確信できる私がここにいた。

そして、そう感じただけで私の心の熱さは、どんどん増していき、火傷というよりも発火しちゃうぐらい熱くなって、私の中のどこかが痛みみたいな感覚も感じた。

それでも、私はじっと前を見据える。

空の暑い日差しを受けながら。じっと改札口から流れてくる人の流れを。

そして、人の流れが弱まっていく中、遂に千城君の姿を改札口の向こう側に見つけた。

ドキッというよりも、爆発しちゃうんではないかと思えるほど爆ぜる私の胸。

千城君が新宿駅で買った切符を改札口に通すと、閉ざされていたドアが開き、僅かながら下を向きながら、そこを通ってくる。

そして、ゆっくりと前に向いた千城君と視線が合った。

近づいてくる。ゆっくりとだけど、確実に近づいてくる。

千城君の姿だけじゃなくって、千城君の全てが見えた時に私は優しく言った。

「遅かったね」

「信号トラブルに巻き込まれたよ」

千城君の声。

千城君の姿や声はあの頃から成長して、変わっているけど、雰囲気は変わっていなかった。

千城君から感じる優しくって温かくって、私のことを安心させてくれる雰囲気は変わっていなかった。

そのことに安堵感を感じる私。

「大変だったでしょ?」

自然と浮かんでくる笑み。

きっと、私の顔は笑顔だったと思う。

「あぁ」

千城君の答えは、短いものでした。

そして、千城君の顔にも笑顔が浮かんでいた。

それも、あの頃から変わっていなかった。

「何ヶ月ぶりかな?」と、自然とその言葉が私の口から漏れた。

「4ヶ月ぶりかな?」と、千城君は答えながら肩に担いでいた荷物を下ろした。

4ヶ月。

それはあっという間に過ぎてしまう日数に感じる人もいるし、私のようにどんな時間よりも長い日数に感じる日数。

「そうだね」

と、私が答えた直後、私は千城君に抱かれた。

突然のことで私は何が起きたのか分からなかったけど、次第に私は自分が千城君の温かさに包まれていることに気付き、私はじっと目を閉じた。

その刹那、私の中に彼の全てが流れ込んできた。

彼の温もり。

彼の香り。

彼の柔らかさ。

彼の全てが私の中に染み込んで来て、私の全てを抱いてくれている感じがした。

そして、自然と私も彼のことを抱いた。

私の中に染み込んできた彼の全てを無くさない為に。

より一層に彼の全てが私の中に入ってくるように。

私の全てが彼の中に入るように。

今、私たちがいる場所が駅前で、人がいっぱいいても気にならなった。

空からの暑い日差しも同じで――、まるで今という世界に私たちしかいない気分で。


4ヶ月ぶりのデートの始まりは、ボーリングでした。

私たちは、ボーリングを楽しみながら、私たちの間に空いてしまった時間を埋めることが出来るくらいに、いろんなことを話し合った。

そして、ボーリングを済ませた私たちは、ボーリング場の隣にある小さなゲームスペースの奥にあるプリクラスペースに向かった。

私が操作パネルをいじってると、「結構なれてんだね」と千城君が云った。

私は設定を済ませて、

「うん。クラスの子たちと帰りがけに撮ったりするからね」

と答えた。

答えた私は、そのまま千城君の右隣に移動して、彼の腕に自分の腕を絡めた。

今思ったら、それはそれでダイタンなことだったと思う。

勿論、突然のことに驚く千城君。

そして、「はい、ポーズ」と機械の声が聞こえ、私は更に強く彼の腕を引き寄せた。

その刹那、カシャッとシャッター音が鳴った。


それは、予想や予感なんかではなく、妄想でもない。

きっと、私たちの想いは、最初から離れることが無いように繋がっていて、解けることが無いように結ばれている。

だから、私は不安になったりした。

夢の中で何度も何度も千城君のことを見ていた。

それが夢の中だけでの存在だと私自身は知っているのに、その中の千城君はまるで私の直ぐ側――というよりも、私の直ぐ隣にいるような感じがした。

今のように手を伸ばせば触れることが出来た。

彼からの声が、私の耳元から聞こえてくる錯覚と幻聴。

そんな距離に私たちはいた。

そしてなによりも、それくらい私は千城君ことが好きになっていた。

それは好きなんて言う感情ではなく、好き以上の別のものになっていた。

今の私はそれが何なのか分からないけど、未来の私ならそれが何なのか知っている。

きっと、知っている。

今は、そう信じたい。


同じデパートの1階にある小さな喫茶店で休憩を取った。

その時に私は、撮ったプリクラの半分を千城君に渡し、ポーチの中に手を差し込む。その刹那、その中に入っている紙の感触が私の指先で感じる。

それが何なのか、見ずとも私は分かっている。

それは、ラブレターだ。

産まれてはじめて書いたから、内容は歪だけど私の全ての想いがそこに書き募られている。

そして、これを千城君に渡せば、きっと私たちは見えない未来に恐れを感じなくなるかもしれない。

でも――、私は、それをそこから取り出すことに戸惑いと躊躇いを感じてしまい取り出すことが出来なかった。

そして、私がポーチから取り出したのは手帳。

それのプリクラのページを開けて、つい先ほど千城君と撮ったプリクラを一枚貼り付けた。

そして、この時に私はラブレターを出すことが出来なかった理由に気付いた。

それは、不思議とまだ早いと思ったから。

何が早いのか、何に早いのか分からなかったけど、そう思った。

だから、出すことが出来なかった。


「ここだよ。手紙に書いてなかったけど、千城君に見せたかったの」

私は、千城君の手を引っ張りながら最上階に向かって、エスカレータを登った。

そこは、下館の街を見ますことが出来る展望台のような場所。

手紙よりも、直接千城君に見てもらいたかった場所。

「ここからだとね、下館の街が見渡せれるんだよ」

「へぇ。すごいな」

千城君が、そこから外を見回した。

「周りに高い建物が無いから色々と見渡せれるよ。天気がいいとね、富士山も見えるんだよ」

「へぇ。あれは何?」

千城君が、指差した方向を目で追った。

「あれは、筑波山。火山じゃないから、噴火はしないみたいだよ」

「へぇ」

「ねぇ、千城君」

「なに、す――」

私に呼ばれた千城君が振り向いた。

その刹那、私は行動に出た。

千城君の唇に私の唇を重ねた。

その瞬間、私の身体が一気に熱くなって、不思議とこんなことを思った。

私たちは、このまま大人になっても思いは変わらない。と――

握っていた千城君の手は温かく、大きく、そしてなによりも安心させてくれる。

でも時間はあっという間に流れ逝く、無情なもので、もしも時間に思いやりがあったとするならこの時だけでもゆっくり流れてくれてもいいかもしれない。

だけど、そんなことが絶対に起きるわけない。

全て私の思い込みや想像に過ぎないかもしれない。

でも、私たちは進んでいく。

流れいく時間の中を進んでいく。進んでいくことしか出来ない。

前へ。明日へ。未来へ。将来へ。

ゴールを見ることが出来なければ、辿り着くことが出来ない一本道を。


千城君と交わした一瞬のキス。

そして、千城君の唇から離れた刹那、羞恥心や嬉しさよりも、初めて恐怖という恐ろしさを感じた。

それはきっと、見ることが出来なければ、見えることもない明日という、未来や将来に対してかもしれない。

でも、その恐怖を感じたのは刹那のことで、その恐怖が消えると不思議と確信のようなものが感じた。恐らく、それは繋がって、二度と解けることが無いように固く結ばれた私たちの想いに対してだと思う。でも、それには根拠も何も無かったのに、不思議と私の中に突如として沸いて出た確信は、それだけに対してのものだと。それ以外にはありえないと。

私は、そう思い、感じた。

「ねぇ、千城君」

千城君から少し離れたところで、私は千城君のほうを振り向き、彼の名前を呼ぶ。

でも、千城君は返事をしてくれなかった。

そのことに対しては別に気にならなかった。どちらかというと私は彼からの返事を期待していなかったかもしれない。

「きっと、変わらないよ。私たち」

不意に私の中で浮かび上がった刹那、私の口から漏れた言葉。

きっと、この言葉が私の中に浮かび上がった確信を表した言葉なのだろう。

私たちが外に出ると、祇園祭によって駅前大通りはてんやかんや状態になっていた。

「これが、祇園祭だよ」

と、千城君に教えるけど、駅から出た時点で並んでいる屋台が直ぐ目に入るから、千城君のことだから今日がお祭りかなんかがある日だと分かってると思うけど。

「これが……」

それでも、驚いてくれるのが千城君。

そこが変わってないことが嬉しかった。

でも、反対に私は、自分でもわかるぐらいハッキリと変わってしまっていることが辛く、悔しかった。

千城君は変わってないのに、なんで私だけがーーーーと、自分と私を変えてしまった何かに妬む。

そして、もう一つ。

周りにる女性の大半は色とりどりの着物を着ていた。

派手な色、可愛い色、地味な色。

そんな着物を着ている人たちを千城君には見てほくしなかった。

私だって、着物を着て、このお祭りに参加したかった。

久々に逢えた千城君と一緒に歩きたかった。

でも、私は悩み悩んで私服を選んだ。

「すごいでしょ」

そんだけの悔やみがあるのに、私の中には嬉しさで満たされていた。

おそらく、千城君と久々に逢えたから。

彼が、私のそばにいてくれるから。彼の気配が、感じれるから。

彼の顔が見れるから。彼の姿が見れるから。

そして、実感する。

やっぱ、私は彼が大好きなんだって。

「ね?」

「……あ、あぁ」

私は、彼に笑みを向け、彼の手を引っ張って、その中に向かって行った。


混み合っている人の流れを彼の手を引っ張りながら逆流して、下館美術館の2階のガラス張りの連絡路に到着して、彼の手を離した。

「ねぇ、千城君」

私はそこから見える外を見下ろしながら、彼に名前を呼んだ。

「怖いよね」

「え……」

「見えない明日は怖いね」

千城君の表情を伺うと、悩んでいる表情をしていた。

それもそのはずだよね。突然、こんなことを言われたら、誰だって悩むもの。

でも、私の中には確かにその恐怖があった。感じた。

「……そうだね」

彼が答えてくれた。

ガラスに映る彼の顔は、空を見上げていた。

それも、私が知っている千城君の癖。

千城君は、なにか難しいことに答えようとする時、絶対に上をーーーー空を見上げながら答える。

私もつられて、空を見上げると、そこには満点の星と金色に輝く丸い月。

そっと目を閉じて耳を澄ませる、田舎の夏を思わす虫の声と祭で賑わう人々の歓声。

「誰だって、見えない明日は怖いよ」

閉じた目を開けると、ガラス越しだけど、千城君と視線があった。

「でも、僕たちは進むしかないんだ。明日に向かって、見えない日々に恐怖を感じながらも進むしかないんだ」

千城君が近寄って来た。

私は、直接、彼の顔が見たくって、彼の方に振り向く。

「変わらないで、進んでいこう」

そして、彼が右手を差し出した。

変わらないでーーーーその言葉が私に被さる。言葉なのに、ひどい重さを感じる。

私は、変わってしまった。

自分でもそうだとわかるぐらいに。

でも、変わっていない千城君から見た私はどんな感じなのだろう。

すごく、知りたい。

私は、その右手を見る。

たぶん、この手に触れるとわかるんだ。

彼から見た私が。彼から思った私が。

だから、私は知りたいーーー

「うん」

私は千城君の右手を掴んだ。

彼が言うように、私は怖い。でも、千城君と一緒ならきっと平気。


この日は、私たちは下館美術館の直ぐ裏にある羽黒神社の離れで一夜を過ごした。

もちろん、そのことはお母さんには家を出て来る時に言ってあるから、平気だと思う。

それに、お母さんにこのことーーーー千城君と会おうことを話した時、何かを理解したような表情をしていた。

たぶん、私の気持ちはお母さんにはばれてるんだ。でも、お父さんにはばれてない。

離れには薄い大きな布が一枚だけだったけど、季節が夏だったからあまり問題にならなかった。

たが、問題なことは、汗の臭い。

たぶん、千城君はこれに気付いてる。恥ずかしい。

そして、私もそれに気付いてる。とても優しい感じが私の嗅覚を刺激する。

でも、私たちはそのことを気にすることなく互いの肩を合わせあった。

あの時から失われた私たちの時間を取り戻すように――

「ねぇ、千城君」

「何、純玲」

「見えない明日に進んでいっても、私たちは大丈夫だよね」

「あぁ。大丈夫」

千城君の手が私の肩に回って来て、私は彼の方に引き寄せられた。

今度は、彼の息遣いや鼓動の感覚が感じる。

「きっと、大丈夫」

そして、私は千城君に包まれた。

あたたかい。

私の体も心もーーーーそして、彼の体も。

そして、彼が思ってること、考えてること、その全てが私の中に流れてきた。

「きっと……ずっと……一緒だよ」

私は、彼が言おうとした言葉を囁く。

そう、私たちは一度バラバラになった。でも、今、こうして二人だけの世界にいることが出来てる。

だから、どんなことがあっても、きっと、平気だよ。

そして、私たちは今日何度目かのキスを交わした。

最初は、ただ唇を重ねたように優しいキス。

でも、次は大人のようなキスを交わした。

それは、初めての感覚――快感。

私は、千城君に重なり合いながらゆっくりと倒されていきーーーー彼の全てを感じた。


私たちは、まだ子供だったんだ。

どんなに変わっても子供は子供にままでーーーーそれでも、見えない明日が怖かった。

今、こうして私たちは幸せを感じているけど、これが明日にはどうなってるのかわからない。

明日だけじゃない。その次の日も。次の次の日も。次の次の次の日も。これから、ずっとの間。

だから、子供である私たちは、無理にでも足掻く。

無理に背伸びをして、無理に登れない階段を登って――

そして、何よりも、私たちは私たちの思いを繋げることが出来た。

そのことだけでも嬉しかった。喜べた。

ただ、そうする為には無理にでも大人になる必要性があった。

こうするしかなかった。千城君も、きっとそう思ってるはず。

この行為が正しかった。と、私は思いたい。

自然と目が覚めた。

どうやら、私たちはあの後、寝ちゃっていたらしい。

私は、隣で寝ている千城君を起こさないように、慎重に私たちを包んでいた大きな布から出た。

そして、畳んでおいた昨日の私服と下着を着て、私は表に出た。

まだ、時間が早く、あたりは寂しい感じがした。

でも、空を見上げると新しい朝を迎える夜明けが広がっていた。

お祭りは、昨日で終わっていた。

まだ、その痕跡は残ってるけど、これら全てが片付けられて、明日にはその痕跡はなくなっている。

「おわちゃった……」

そして、私たちの時間が今日で終わる。

この後は、会えるかどうかわからない。でも、一緒にいたい。

だから、私は受け入れた。

千城君の全てを。

だから、私は受け渡した。

私の全てを。

「必要、無くなっちゃったかなー、これ」

ポーチの中に入れておいたラブレターを取り出し、私は呟いた。

あんなことをした後に、私の全ての想いが募っているこれを渡すのはどうかなと思う。

でもーーーーこれをこの場所でビリビリに破く覚悟と勇気がなかった。

でも、これを渡す勇気と覚悟もなかった。そう思うと、昨夜のあれは正解だったと思う。

「大丈夫……」

プリクラ帳を取り出し、昨日のプリクラを貼ったページを開き、そこに写っている千城君の顔を指先で撫でる。「だよね……」と、自分に勇気を与えるように呟き、プリクラ帳とラブレターをポーチの中に入れた。

「きっと……」

腹部を優しくさすった。

見えない明日への恐怖に立ち向かうために。

これからの日々に歩いて行くために。

夏祭り最終日の翌日の朝のホームは、昨夜のときは正反対にガラガラだった。

あと、少しで千城君とお別れ。

「早いよね。時間が流れるのは」

「あぁ。早いな」

千城君が乗る電車がホームに来るまで、約10分間。

そのあいだ、の私たちは他愛のない会話を交わしあった。

そして、時間は流れーーーー電車がやって来た。

「……」

「……」

電車の中に入った千城君と私の間にあるのは無言。

本当は、言いたいことがたくさんあった。

それに、渡さないといけないものもあった。でも、正直言って私は渡したくなかった。

もし、渡してしまうと、終わってしまうように感じたから。

昨日の幸せを教えてくれた夜が、鏡に映された嘘のように砕け散ってしまうかもしれない。

だから――

「見えなくても、私たちは進んでいこう」

「え?」

私は、千城君に告げる。

そして――鳴り出した電車の発進を知らせるベル。

あぁ、本当にお別れなんだ。と、私はゆっくりとしまって行くドアを見ながら思い、

「千城君!私、いつものように手紙書くね!いっぱい書くからね!」

その向こうにいる彼に向かって叫んだ。

「僕も、返事書くよ!絶対書く!絶対に書くから待っていて!」

ドア越しから千城君の叫び声が聞こえる。

わたしと千城君の位置が、ずれて行く。

電車はゆっくりと動き出した。

「わたし、絶対に戻ってくるから。君が知ってるわたしに」

どんどん離れていく千城君を追いながら、私は叫ぶ。

もう、聞こえてないかもしれないけどーーーーそれでも、叫ぶ。

「絶対に。絶対に、戻ってくるから!!」

ホームの端にたどり着き、私は彼を乗せた電車の方角に向かって叫んだ。

もう、電車の姿は小さくなっていて、あまり見えなかったけど。

終わった時間。

私は、千城君を乗せた電車の姿が完全に消えるまで、そこから移動しなかった。そして、完全に消えて、駅員さんに入場券を渡して、駅から出た。

全てが、終わった時間。

私たちの時間もーー夏のお祭りの時間もーー

私が駅のそばの歩道橋から目にしたのは、昨日とは打って変わって静かになっている大通り。

昨日は、この通りに人が寄せ集めたようにいっぱいいて歩くことができなかった。なのに、今は、人の数なんて目で数えれるぐらいで、その代わり、車の数が増えていた。

それが私に、千城君はここにいないと伝えて来てるように感じる。

彼は、彼がいるべき場所に帰った。

なら、私は私がいるべき場所に残る。

でも、大丈夫。不安はあるけど、大丈夫。

私と千城君は、この空と同じように繋がってる。

だからーーーー

「うん。大丈夫だよ」

私は、ポーチからラブレターを取り出し、二つに破った。

さっきまで渡す覚悟がなかった。でも、破る覚悟はあった。

「大丈夫だよ」

それを何度も何度もビリビリに破ってーーーー両の手のひらにそれの山が出来ていた。

刹那、風は吹き、それを大空へと舞いあげた。

私も、怖いよ。見えない日々で生きて行くことは。

でも、千城君が前を向いて行くなら、私も前を向くよ。

彼の後ろをついて行くのではなく、彼の隣ーーーまたは、前を歩いて。

いつか、また、彼にあったときには、私はーーーー

私の中には、なんとも言い難い失望感と幸せが混ざり合っているような不思議な感情が芽生えていた。




そして、私は彼と2度と会うことをしなかった。

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