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メタリア  作者: 付谷洞爺
3/5

メタリア・ジャックソン

二章 メタリア・ジャックソン

 この扉が開くのは何カ月ぶりだろう?

 いちいち数えている訳でもないのに、そんなことを思ってしまう私はどうかしているのだろうか。

 まともな精神状態で無いのは理解している。

 そもそも、この状況でまともでいられる方がおかしいのかもしれないが。

 私は冷たい金属の床から上体を起こし、首だけで後ろを振り返った。

 その際、手許につけられていた手錠の金具が擦れ、耳触りな音を立てる。

 そんなことで不快感を露わにするほど、私も子供ではないつもりだ。

 ただ、心底伸び切った前髪が鬱陶しいと思うだけだ。

「やぁ、久しぶりだねだ――メタリア」

 振り返った先にいた人物が私の名を呼ぶ。口調や態度こそ友好的なそれだったが、彼が心からそう思っていないことは明白だった。

 心底、どうでもいいと思う。

「……何の用だ?」

 私は訪ねた。

 暗闇から突然晒された光の中で、今だ私の視界は完全とは言い難かった。それでも、彼のことだ。口許に蓄えた髭を薄く伸ばし、笑んでいることだろう。

「ずいぶんと冷たい出迎えだな。用が無ければ来てはいけないのかい?」

「あたりまえだ。私はおまえ達が嫌いだからな」

 出来るだけ鋭く、憎しみを込めて睨みつけてやる。

 段々と視界も元に戻って来た。

 彼は笑みを崩さぬまま、言う。

「はは、これは失礼した。だがしかし、きみが私を憎むようにきみに恨みを抱いている人間はこの世に五万といる」

「私は無罪だ。何年言えば分かってもらえるのか」

 もうすでに半ば諦めかけていた。

 この際有罪でも何でもいいから、死ぬ前にもう一度くらい、外の空気を吸いたい。

「それは無理な話だな」

 私の考えていることが分かった訳でも無いだろうが、髭面の彼は短くそう言った。

 おそらく、その前の発言に対する返答なのだろう。

 そのあたりの機微も分からぬほどに、私は人間らしさを失いつつあるということか。

「さっさと本題に入れ」

「では入ろう」

 私の提案を珍しく聞き入れ、髭面の彼は靴音を鳴らして私のための部屋に足を踏み入れる。

 私の前に止まり、膝を折った。

 私は体ごと向き直り、彼と正面から対峙する。

「きみに事件解決に協力して欲しい」

 彼は酷く穏やかな口調で以来を口にした。

「協力すると本気で思っているのか?」

 だとしたらとんだバカ者だな。

 こんな目に合わされてそれでもなお協力する奴はいない。

 いるとれば、そいつは目の前の奴以上のバカだ。

「まぁそう言うな」

 案の定、最初から快く協力に応じてもらえるなどと思っていた訳では無かったらしい。髭面の彼は立ち上がると、茶封筒を一つ、取り出した。

「もし協力してくれるというのであれば、これを渡そう」

「……なんだ、それは?」

 なんとなく予想はついたが、とぼけた振りをして私は訊いた。

 髭面の彼は茶封筒から一枚の髪を取り出し、私の前で一節を読み上げた。

「『切り裂きジャック事件における捜査状況』」

 それは、四年前の大量殺人事件における捜査資料だった。

 私はすぐにそれを奪いとってやろうと全身を駆動させ、両手を伸ばす。

 だが、それを手にすることは叶わなかった。

「これが欲しいか?」

 髭面の彼は嘲笑うかのように私の前で踊ってみせた。まるで、幼い子供をいじめて遊ぶ生ねいのように、その姿は間抜けに見えた。

「……ああ」

 私は苦虫を噛み潰しながら、彼の言葉に頷いた。

 悔しいことに、そうするしかないようだ。

「では、私達に協力しろ。そして事件を解決へと導いてくれ」

 最初の協力依頼に立ち返る。

 私がこいつの言うことを聞き、(どんな事件かは知らないが)解決すさせれば、あの捜査資料をくれるのだという。

 おそらく嘘だろう。

 しかし本当かもしれない。

 一分弱悩んだ末、私は小さく頷いた。

「分かった。協力しよう」

 私の返事を聞き、髭面の彼が笑ったことに、気づかぬふりをした。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 一旦ジェイコム氏の屋敷を引き上げる。

 ステファニー、フランクリンの二人と違い、ハワードだけが訳が分からないようだったが、それでも彼が駄々をこねるは無かった。

 このハワードの素直さが、二人には予想外だった。

 も少し、抵抗を見せるかと思っていたのだ。

「……なぁ、ハワード」

「はい、何ですか?」

 声をかけられ、ハワードが振り向く。どこにも無理をしているという印象は無いのだが、それすらも造り物に思えて来て、フランクリンは言おうとしていた言葉を喉元で飲み込んだ。

「……いや、何でもねぇ」

「? そうですか……」

 それからまた、車の中は無言に支配される。

 エンジンの回る音だけが、唯一鼓膜を揺らしていた。

 運転席にはステファニー。助手席は空席。

 運転席から見て右の後部座席にハワードがいて、その隣にフランクリンが座っている。

 フランクリンはハワードを一瞥した。ハワードは彼の視線に気づいていないのか、首を動かすことは無かった。

 一番最初にフランクリンが彼に対して抱いていた印象は、もしかしたら全く違うものだったのかもしれない。

 彼は最初、ハワードが若さと正義感の行きすぎで問題を起こしたのだと思っていた。

 だが、先の反応を見る限りそんなことは無い。

 むしろ自らの感情を御し切ることが出来、なおかつ思慮深い性質を持っているように思う。

 ではなぜ、彼は『凶悪犯罪対策室』に放り込まれてしまったのだろう?

 疑問が、フランクリンの中で鎌首をもたげ始める。

 これまで接して着た限りにおいては、確かに若年者特有の短慮さのある部分は散見される。しかしそれ以上に、先の印象の方が色濃い。

 にも関わらず、ハワードは問題を起こした。

 そこに、彼の中にある闇が潜んでいるのだろう。

 それが、暴力事件という形で表層に現れた、と……そういうことなのだろうか。

「………………」

 どうあれ、考えたところで分かるはずも無かった。

 フランクリンは視線をハワードから窓の外へと移す。

 そうして、今まで自分が考えていたことをすっかり忘れてしまおうと努力した。

 

         ◆ ◆ ◆

 

 駐車場に車を止めると、バタバタと駆け足で『凶悪犯罪対策室』へと向かった。

 扉を開け、転がり込むようにして三人は部屋の中へ入った。

 トーマスがギョッとしたように目を剥き、わざとらしく驚いてみせる。

「どうしたんだい、きみ達」

「室長〝彼女〟は!」

 ステファニーが今にも噛みつかんばかりにトーマスへとつめ寄る。トーマスは後退するが、すぐに壁に阻まれてしまいステファニーに胸倉を掴まれてしまった。

「どうどう、落ちついて」

 トーマスは彼女を宥めようとするが、ステファニーは耳を貸す様子が無かった。

 どこかあきれたように、フランクリンは目を伏せた。

「室長、勿体ぶってねぇでさっさと言ったらどうなんです? でねぇと殺されますよ?」

 彼が発した不穏な一語に、今度はハワードがギョッとするが、トーマスはそこに触れること無く、人のよさそうな笑みを浮かべて、

「大丈夫だよ、すでに〝彼女〟は懐柔済みだ」

「へぇ、今度はどんな手を使ったんです?」

「〝彼女〟を落とすためには、あの事件の資料が一番効果的だときみも知っているだろう?」

 なおもぎりぎりと首元を締め上げるステファニーに、最初こそトーマスは困ったような笑みだったものの、少しするとすぐに苦しげに呻き出し、彼女の手をバシバシと叩き出した。

「ギブ! ギブアップだよステファニー君!」

「あ、すみません室長」

 我を取り戻したステファニーの両手が、トーマスの首元から離れる。同時にトーマスを拘束していた呪縛が外れ、彼は咳き込みながらも何とか無事であることをハワード達に示した。

「いつもの場所で待っている」

 一通り咳き込んで、回復を果たしたトーマスの言葉を受け、ステファニーとフランクリンが廊下に出た。ハワードも彼らの後に続き、慌てて部屋から出る。

「どこに行くんです?」

「ああ、ちょっとな」

 訊ねたハワードに返って来たのは、そんな要領を得ない答えだった。

「行けば分かるわ」

 ステファニーも真剣な面持ちでそう言う。

 二人の後に続いて、ハワードは疑問符に満ちた表情で廊下を歩いた。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 本部地下五階。

 この場所には、普通の職員では絶対に立ち入れないフロアがあるという。

 『特別管制室』。

 狂悪犯罪者を収容、監視するためのこの施設の出入り口前。

 そこに、ハワード、ステファニー、フランクリンの三人はいた。

「さて新人、これから会うのは人間じゃ無い」

 口を開くなり、物騒な言葉が飛ぶ。ハワードはこの奥にいる人物について、想像するしか無い。だが……、

 この人が言うのだから、相当に狂悪な人物に違い無い。

 堀の深い屈強な大男をイメージする。

「一体、何をした人なんですか?」

「……四年前に起こったとある事件。その主犯にして実行犯よ」

「四年前というと……まさか!」

 四年前というキーワードに、ハワードが目を見開く。

 二人は彼が思い描いたことが事実であると認めるように、大きく首を振った。

 縦に。

「この奥にいる人物、その名はメタリア・ジャックソン――――あの『切り裂きジャック事件』の犯人だ」

 フランクリンの表情は引き締まっていて、やはりどう見てもふざけているようには見えなかった。ステファニーも同様だ。

 彼らの表情を伺い、ハワードもまた気を引き締める。

 四年前のあの事件の首謀者ならば、それくらいでもまだ易過ぎるかもしれない。

 だが、現状においてはそれ以上の何をする訳にもいかなかった。

 それに、いくらなんでもこの場で暴れられはしないだろう。

 フランクリンもステファニーもいる、とハワードは半ば必死になって懸念材料を己の内から消していく。

「じゃ、行くぞ」

 フランクリンが呟き、ハワード達が応じるように首を縦に振る。

 すると、彼はズボンのポケットから一枚のカードを取り出した。

 IDカード、という訳だ。

 それをリーダーに読み込ませ、指紋と生体認証を受ける。

 扉が開き、中へと続く道程が生まれた。

 まず一歩を踏み出したのは、誰に言われるまでも無くフランクリンだった。彼が解錠したのだから、当然といえば当然である。

「……行くわよ」

 ステファニーが小声で言う。ハワードに言っているのか、はたまた自分自身に言い聞かせているのか、とにかく彼女はギュッと拳を握り、歩を前に出す。

 その後に、ハワードが続く。

 道は狭く、薄暗かった。おそらく、その『切り裂きジャック事件』の首謀者の視覚情報を割くのが狙いだろうが、これではこちらまで何も見えない。

 とはいえ、真っ暗という訳では無かった。目が慣れてくれば、ほんのりと薄暗い中に二人の姿を捉えることが出来る。

 ただ、本当に真っ暗な場所からこんな薄暗い場所に出たなら、視力を奪われることは間違いないだろう。その程度の印象だ。

 少し歩いて、すぐにまた扉に突き当たる。

 先ほどと同じ手順でフランクリンが解錠し、扉が開いた。

 その先を見て、ハワードが驚いた。

 真っ暗だったのだ。本当に。

 そして戦慄した。

 こんな、一筋の光さえ無い場所に、本当に人間を閉じ込めているのかと。

 人がいる気配がしない。

 物音一つしないその空間で、フランクリンは壁際に触れ、スイッチを探す。

 カチッと音がした。かと思うと、パッと部屋の中が明るくなり、ハワードの視界はしばらくの間奪われた。

 段々と目が慣れて来る。それに従って、周囲の状況がより鮮明に把握出来るようになっていく。

「ここは……!」

 目を剥く。

 驚愕が露わになる。

 ハワードは自分の目を疑った。

「ここが、さっき言ったメタリアの部屋だ」

 彼女のために用意された、特別な空間。

 四方を冷たい鉄に覆われたその空間。自分なら、耐えられるだろうかかと考え、すぐに無理だなと結論を出す。

 こんなところに一日でもいれば、気が狂ってしまいそうだ。

「そして、彼女がメタリア」

 そう言ってステファニーが指差したのは、たくさんの書類に埋もれた少女だった。

 薄手の白いワンピースに身を包むその少女は、見た目どう見たって小学生か、なりたての中学生にしか見えなかった。

 未発達の四肢はまるで子供のようで、とても狂悪犯罪など犯せそうに無い。

 ハワードが呆然としていると、ステファニーが耳打ちしてくる。

「見た目に騙されちゃダメよ。ああ見えて実際に十三人の人間を殺害している狂悪犯なんだから」

「だから、私はやってないって!」

 バッと書類の山から少女が顔を出す。

 ムスッと不機嫌そうに尖らせた唇と睨みつけるような視線は、ステファニーへ向けられていた。

「……証拠は出揃ってるの。いい加減認めなさい」

「状況証拠だけでしょ! それだけで私を犯人扱いして! それ全部ねつ造されたものなのよ!」

「どうだかな」

 フランクリンもステファニーの援護射撃に入る。ハワードはどうしたらいいのか分からず、オロオロするばかりだ。

 しばらくの間睨み合い、

「今日はこんなことを言いに来たんじゃない」

 嘆息とともに、フランクリンが本題を切り出す。

「あんた達がふって来たんでしょ!」

 ステファニーからフランクリンへと目を向ける。それからハワードを見て――相変わらず睨みつけるような目つきなことにはかわりが無いが――喧嘩腰になる。

「室長から聞いているわよね? 私達へと捜査協力の依頼で来たの」

「当然、協力してくれるわよね?」

「嫌だと言ったら?」

 挑戦するような口調のメタリア。手足に繋がれた手錠や足枷をじゃらじゃらと言わせながら、彼女はハワード達を睨み射た。

「……一応、要求を聞いておこうかしら?」

「ここから出しなさい」

 まるでステファニーを目の敵にしているかのような視線だった。

「それは出来ないわ。私ごときの権限ではね」

「ふん、これだから下っ端は」

 メタリアが分かり易く毒を吐く。

 先輩二人は動じなかったが、ハワードだけは違った。

「二人に向かってなんてことを!」

 憤慨して、彼女を睨みつける。射竦むことなく、メタリアはハワードを見た。

「何これ?」

「新人のハワード君よ。あなたの上司ってことになるわね、便宜上」

「私に上司なんかいないわよ」

「それもそうね。でも、あなたが死刑を免れるためにはこうするしか無かったの。死ななかっただけ感謝して欲しいものだわ」

「誰があんた達なんかに……!」

 逆恨みだろう。

 毛を逆立てる猫のように彼らを目の敵にする少女に、ハワードは冷ややかにそう思った。

 それを、真実と思い込み。

「まあ聞け。喧嘩なんかしてる場合じゃないぜ?」

「知らないわよ、あんた達が勝手にふっかけて来たんじゃない!」

「どの道協力はしてもらうぞ、メタリア。室長からすでに報酬はもらっているはずだからな」

「ぐ……」

 言葉を詰まらせるメタリア。どうやら、フランクリンの指摘は当たっていたようだ。

「ジェイコム・バレン。知ってるな?」

「誰それ? 知らないわよ」

「そんなはずは無い。これでもかなりの有名人だ」

「あんた達のせいで私は四年も世間知らずよ」

 メタリアは責め立てるように言い、肩を竦める。

 フランクリンは取り立てて気に障った様子も無く、

「それならそれで構わない。一から説明してやる」

「やめて聞きたくない」

 拒否の姿勢を示すメタリアの意志などお構い無しに、フランクリンが説明を始める。

 今で知らぬ者などいないほどにまでなった、ジェイコム・バレンの話を。

 

         ◆ ◆ ◆

 

 ジェイコム・バレンは機械工学、特にロボット技術における世界的権威だ。

 かの有名ロボット製造会社『ジェイコムグループ』の会長であり、彼の創造するロボットは世界の勢力図を左右するほどとまで言われている。

 それは軍事、産業のどちらの面においてもそうであり、今や彼の造ったロボットを目にしない日は無い。

「――――というのが彼についての大まかなプロフィールだ」

「私、聞きたくないって言わなかったっけ?」

 メタリアがジトッとした目でフランクリンを睨みつける。フランクリンはどこ吹く風と受け流し、全く意に介した様子は無かった。

「………………」

「どうしたの? ハワード君」

「ああ、いえ……」

 ハワードはそんな彼らのやりとりに、呆然とした様子で耳を傾けていた。

 正直に言って、驚いている。

 メタリア・ジャックソンはその見た目だけなら幼い少女のようにも見える。

 しかしその実、彼女が一三人の人間を殺害した狂悪犯罪『切り裂きジャック事件』の主犯なのだ。

 とてもそうは見えない。

 心の内を見透かしている訳でも無いだろうが、彼の考えが想像出来るだけに、ステファニーもそのあたりを心配せずにはいられなかった。

 この後輩は、もしかしたら犯罪者に感情移入してしまうかもしれないと思ったから。

 そして、先ほどの彼の反応。不安は半ば的中していたようだ。

「ダメよ。彼女は狂悪犯罪者なんだから」

「……分かってますよ、そんなこと」

 本当だろうか?

 ステファニーは疑念を払い切れないまま、視線をメタリアと押し問答を繰り返すフランクリンへ戻した。

 彼らの間に、緩やかな空気は無い。

 ただし、どことなく顔見知りに向ける程度の態度の軟化は見て取れる。

 少なくとも、フランクリン、今の彼が初めて彼女に会った時のような接触を拒否する気は無いようだった。

 これもまた、成長と言ってしまっていいのだろうか。

 ステファニーにはよく分からなかった。

「……それにしても、よく彼もメタリアと会話する気になるわよね」

 あきれたような口調のステファニー。彼女の言葉に返すだけの余裕は、今のハワードには無かった。

「……そう、ですね」

 心を痛めてでもいる、のだろうか。

 少しだけ心配になりながらも、ステファニーはフランクリン、そしてメタリアから視線を外すことは無かった。

「さて、協力してもらうぞ」

 すったもんだの末、フランクリンが一番最初の議題に帰結する。メタリアは疲れたとばかりに溜息を吐いて、肩を竦めて了承を示した。

「分かったわよ、私に出来る範囲で協力してあげる。ただし、ぜんぶを私に頼らないでね。本来はあんた達の仕事でしょ?」

「ああ、分かっている。もとより、操作協力以上のことをしてもらう気は無かったからな」

「あ、そう」

 メタリアはあっさりと言い、目を伏せた。

 フランクリンは彼女の了解が取れたことをもう一度確認し、彼女の前で膝をつく。

 上着の内ポケットから取り出したのは、一本の鍵だった。

「あれって……」

「手錠と足枷の鍵よ」

 ステファニーの説明を聞きながら、ハワードは困惑を極めた。

 なぜ彼女の拘束を解くようなことをするのだろう? 彼女は狂悪犯では無かったのか?

 彼の疑問に答えたのは、誰あろうメタリアだった。

「それで、私も現場に出向いてあんた達に力を貸せば言い訳ね」

「ああ、そうだ」

「ま、こんな鉄くさい場所にいるよりは、いくぶんマシかもね」

 メタリアがまたもや肩を竦める。ずいぶんと芝居がかったその動作に、ハワードは滑稽な印象を受けた。

「では行こう。二人も」

 フランクリンが言い、ハワードはステファニーの後に続いて周りを鉄で覆われたその部屋を出る。

 彼らのやろうとしていることが、ハワードにはいま一つ分からなかった。

 

           ◆ ◆ ◆

 

 現場に行く前に遺体が見たいというメタリアの要望により、ハワード達は一度遺体保管室の前まで来ていた。

「どうする? おまえはここにいるか?」

 心配そう、というよりは一緒にいると迷惑になるだろうという判断の下、フランクリンがそんな問いを投げかけて来た。ハワードは一瞬躊躇したが、すぐにキリッと表情を改める。

「大丈夫です、いけます!」

「何がいけますだ……」

 フランクリンはあきれながらも笑っていた。

 その様子を横目に見ていたメタリアはあからさまに不機嫌さを表すことは無かったが、あまり気分もよく無いらしい、憮然とした態度を取っていた。

 あるいは、何か考えていたのかもしれない。

 四人が中に入る。

 遺体保管室はかなりの低温だった。

 死亡推定時刻の割り出し等が終わった遺体を遺族に返すまで、ここで保管するのだという。

 ハワードも入るのは初めてだった。

 かなり寒い。

「ここが……」

「そうよ、私も入るのは三度目だけど、慣れないわね」

 ステファニーがおどけたように言うが、彼女の態度が本音を言ってるのだということをよく表していた。

 ちらりとハワードはメタリアを見る。メタリアはハワード達よりよほど薄着だった。だというのに、顔色一つ変えずに淡々とした佇まいでいる。

「で、ジェイコム・バレンの遺体はどこ?」

 メタリアがフランクリンに訊ねると、彼は一つのシルバーシートがかけられた物体に触れた。

「これだ。かなりむごいから覚悟しろよ」

「どの道あんた達は私が覚悟していなかろうと見せるんでしょ? だったら早くして」

 メタリアは苛立たしげにフランクリンを促した。フランクリンは彼女の言葉を受け、バッとシルバーシートを剥がす。

 その下から、首と両手足の無い小太りの男の死体が現れた。

「ぐえ……!」

 一番最初に反応を示したのは、ハワードだった。彼はジェイコム氏の遺体にある傷口を直視してしまい、体をくの字に折り曲げた。

 やはり外に出ていようかと思ったその時、メタリアが告げた。

「……複数の犯人」

 ぼそりとした呟きにも近い指摘だった。迂闊に物音を立てれば、聞き逃してしまいかねないほどに小さな声で、彼女は続けた。

「最低でも二人……いや三人?」

 眉根を寄せ、眉間に皺を寄せてメタリアがぶつぶつ言っている。

「使われたのは、傷口の具合から言って鋸のようなもの……よくもまあ、これだけの仕事をこなせたものね」

 感心するようなメタリアの口調に、およそ人間らしい感情の起伏というものは認められなかった。

「なぜこんなことをしたのか……十中八九捜査の撹乱が目的。でも……それ以外に理由があるとするなら……」

「するなら、どうなんだ?」

 フランクリンが急かすように問う。メタリアは彼を一瞥して、

「何でも無いわ。こいつの今の状態から分かることなんてこの程度よ。さ、行きましょう」

 メタリアは踵を返し、誰よりも早く遺体保管室を出た。

 

          ◆ ◆ ◆

 

「……誰ですかその子?」

 ジェイコム氏の屋敷に再び出向いた四人を待っていたのは、冷ややかな視線だった。

 一旦姿を消したと思ったら見た目十歳前後の少女を同伴してまた現れたのだ。こんな態度にもなるだろうとメタリア以外の一同は勝手に思った。

 応対に出たロゼディに説明を求められ、代表でステファニーが前に出る。

 彼女からの説明を受けたロゼディは、納得した訳でも無いだろうが、とりあえずは中に入れてくれた。やはり、捜査機関という肩書が聞いているようだ。

 ロゼディはメイド長であるシリアを呼んで来ると言い残し、四人を客間に残して姿を消した。

 数分後、シリアがやって来て、

「こんにちは、みなさん」

 うやうやしく一礼するシリア。彼女に習い、メタリア以外の三人が頭を下げる。

「度々すみません」

 ステファニーが申し訳なさそうに頭を下げるのを、シリアは慌てた様子で制した。

「大丈夫ですよ。主人の死の真相を探って下さるというのですから」

 にっこりと微笑むシリアの心情は、理解するに余りある。

 ハワード達は彼女の心の内に触れることはせず、再びジェイコム氏の遺体が発見された彼の書斎に案内してもらうよう頼んだ。

 シリアは気に留めたふうも無く頷いた。

 彼女の案内で(本当はもう必要ないが)四人はジェイコム氏の遺体が発見された書斎へと向かった。

 書斎には、メタリア一人が足を踏み入れた。

 後の四人は入り口付近で待機。

「………………」

 ぐるりと室内を見回す。隅から隅まで見て回り、死んだ彼が腰かけていた皮張りの椅子に腰かけ、目を閉じる。

 そして、

「…………ここじゃない」

「…………は?」

 一同が驚愕に息を飲む。

 彼女の発した一言。その意味するところを正しく認識するまで、数秒の時間を必要とした。

 フランクリン、ハワード、そしてシリアまでもが入り口からメタリアに向かって叫ぶ。

「どういうことだ!」

「メタリア、どういう……!」

「確かに、主人はこの場所で発見されました!」

 三者一様に、メタリアへ詰問する形となった。しかしメタリアは慌てふためくことも無く、ゆっくりと下していた瞼を持ち上げた。

「……簡単なことよ。まず最初に聞きたい」

 きろりとメタリアの眼球がシリアに向く。

「一番最初にジェイコム・バレン氏を発見したのは誰?」

「それは……私ですけど……?」

 全体像の見えないメタリアの問いに、シリアは困惑顔を作った。その隣にいたフランクリンも、ハワードも似たような表情をしている。

 ステファニーだけが、ただ黙って、何の反応を見せずに彼女の話に耳を傾けていた。

「この部屋にはこれだけの本がある。それも、古い物ばかり」

 メタリアが指し示したのは、彼女の周囲にある数多くの書籍――ジェイコム氏のコレクションである希少本――だった。

 その数、軽く百を超えるだろう。

 この場にこれだけの数の本があるのなら、どこかにもっと保管されていても不思議では無い。

「にも関わらず、この場の一冊たりとも持ち出されてはいない。そうだったね?」

「あ、ああ……室長から聞いたのか?」

「あの髭もこういうところで役に立つ」

 メタリアは短く言い放ち、話しをジェイコム氏殺害事件へと戻した。

「盗人の類いで無いのなら、どうして彼を殺す必要があったのか」

「金持ちというのは、色んなところで恨みを買っているものだ」

「こういう台詞はかの有名な名探偵の台詞のようで私には似つかわしく無いかもしれない。が、今のあんたの言葉からこう言うしかないな。想像力を使え」

 叱責の言葉に、フランクリンはぐっと奥歯を噛んだ。

 確かに、自分の考えは短絡的過ぎたかもしれないと思ったのだろう。

「だがおまえだって、決めつけてかかってるじゃないか」

「私は捕まえる側の人間では無いからな。決めつけや憶測でものを言っても許される」

 無茶な理屈だ。ハワードは彼女の台詞に共感出来る個所が見出せず、困惑した。が、すぐに共感する必要は無いと思い至り、首を横に振った。

「さて、話を戻そう。なぜ彼は殺され、今だに犯人が捕まっていないか。だが……」

 ごくりと全員が生唾を飲み込んだ。

 たったこれだけの時間で、メタリアという少女は犯人まで看破したというのか。

「――――正直言って分からん」

 ずるっとその場にいた全員の肩に入っていた力が抜けるのをハワードは感じた。

 どうしてこう、自信たっぷりに言えるのか。

「分かんねぇのかよ!」

「この短時間でそこまで分かる訳が無い」

 半ばキレ気味のフランクリンを軽い調子でいなすメタリア。

 彼女の表情は、穏やかそのものだった。

「調査は続けて行かなければならない。それがあんた達が犯人に辿り着く唯一の道だしね」

 涼しげな顔でそうのたまう犯罪者に張り手の一つでも喰らわせてやろうかと思うフランクリンだった。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 二手に別れようという提案をしたのは、意外にもステファニーだった。

 いや、この場合は予想通りというべきなのだろうか。

 メタリアとともにいることで目に見えて不機嫌になっていくフランクと違い、ステファニーは感情の機微を表に出すようなことはしなかった。

 ただ穏やかに、緩やかな態度を崩さない。

 それは裏で、ストレスを溜め込んでいるということを意味していた。

 そんな彼女がフランクリンを理由に二組に別れて捜査をしようと言い出したのは、考えてみれば至極真っ当なことなのだろう。

 そして当然、その元凶であるメタリアは一番下っ端であるハワードとともに捜査をすることとなった。

「……わざわざ二手に別れる意義は薄い」

 廊下を進んでいると、唐突とも思えるメタリアの発言にハワードは視線を向けることで続きを促した。

「ということは、私とともにいたくないというのが本音だろう。どう思う、ハワード君」

「……さぁ。俺はあの人達とそれほど長いつき合いじゃないから、何とも」

 気の無い返事にメタリアが気分を害した様子は、少なくとも表面上は見受けられなかった。

「そう……だったら質問を変えよう。きみは私をどう思う?」

 面白そうに問う見た目金髪幼女に、さてどう答えたものかとハワードは考えを巡らせた。

「……狂悪犯、だろう?」

「それは事前にそう伝えられているからに過ぎない。きみに言ってもどうしようも無いかもしれないが、私は無実だ。一三人もの人間を殺したりしていない」

「でもあんたが犯人だっていう証拠はたくさん出て来たんじゃないのか?」

「そうだ。そしてそれはおかしなことだと思わないか?」

「おかしな、こと?」

 彼女の言わんとしているところが分からず、ハワードは眉を寄せた。その様を横目で見て、メタリアはやれやれとばかりに首を振った。

「捏造された、とそう考えることは出来ないかと言っているんだ。犯人、もしくは……」

「俺達がやったっていうのか!」

 メタリアの言葉を遮るように、ハワードが驚愕に声を荒げた。

 驚愕というより、むしろ憎悪を表現して方が適切か。

 ハワードは自分の所属する組織をばかにされたように感じたのだ。

「気分を害したのなら謝ろう。だが私からしてみれば、きみ達は無為に私を四年間も拘束し続けているのだから、こう言われたところでそれは仕方の無いことだと思わないか?」

「おまえが無実だったらな」

「ああ、私は無実だ。それは私が一番よく知っているよ」

 にやりとメタリアは笑んだ。その笑顔が、この上無く邪悪なものに思えて、ハワードは彼女と友好な関係は結べないなと直感した。

 もとより、そのつもりも無いが。

「さて、ついたな」

「一応言っておくが、ここは俺達が前に来た時に既に調べた。何も無いと思うぞ?」

 彼らがいるのは、ジェイコム氏の寝室の前だ。重厚な扉で隔てられたそこは、いかにも殺害現場になりえそうも無い。

「そのことは聞き及んでいる。だがまぁ、私は自分の目で確かめないと納得出来ない性質でね」

 言って、メタリアが扉に手をかける。事件以来、鍵はかけられていないらしい。

「ふむ、中々に豪勢だ」

 メタリアの顔が醜く歪んだ。

 天蓋つきのベッドを見てか、それとも高級そうな渋滞を見てか。たかれたアロマを嗅いでか、樫の木の衣装箪笥を見てか。一体何が原因かは分からないが、とにかく顔を歪めた。

 金持ちというのが、案外嫌いなのかもしれない。

「それでは、家探し《そうさ》を開始しようか」

 宣言と同時に、彼女は部屋中を見て回った。

 

         ◆ ◆ ◆

 

 面白いくらいに何も見つからなかった。ハワード達が先に調べて何も無かったのだから、当然といえば当然の結果である。

「どうだ、満足したか?」

「……ああ」

 メタリアは少し沈んだように返事をし、ジェイコム氏の寝室を出た。ハワードもその後を追い、部屋から出る。

「………………」

 考え込むように俯くメタリア。何となく声をかけることが躊躇われ、ハワードはその場に立ち尽くすしかなかった。

「……おかしいな」

 やがて発されたその言葉に、ハワードはぴくりと眉を立てる。

「何がだ?」

「おかしいとは思わないか?」

「何がだ?」

 彼女の意図を図りかねて、ハワードは渋面を作る。

「何も無さ過ぎる。これだけの大金持ちだ。不正に手を染めていた証拠くらい出て来ると思ったのだがな」

「それはおまえの考えすぎだ。金持ちが全員不正を働いている訳ではないだろう?」

「いや、不正を働いている。そうに決まっている」

 乱暴な理論だな、とハワードは思った。

「だからと言って、何も出なかったんだから何も無かったんだろう。そういうこともある」

 少なくとも、ハワードの短い人生の中においても一度はあった。

 それを教えてやるほど、彼はメタリアに対して心を開いてはいない。

 今はただ、ともに捜査をしているだけの間柄に過ぎないのだから。

「まぁいいわ。そんなこともある。それだけ分かれば十分よ」

 メタリアの様子は到底納得している人間の物では無かったが、少なくともこれでこの部屋での捜査は終わった訳だ。

「で、次はどうする?」

「使用人の部屋を調べよう」

 間髪入れずに、メタリアは答えた。ハワードは驚いて、目を丸くしてしまう。

「どうしたのよ?」

「どうして使用人の部屋を調べるんだ? 彼らが主人であるジェイコム氏を殺す訳が無いだろう?」

「それはどうかしらね。とりあえず、あらゆる可能性を検証してみることは大切だと思うけど?」

 彼女の言い分はもっともだと思う。

 それでも、ハワードは彼女の提案に簡単には頷けなかった。

「死人のジェイコム氏と違って彼らはまだ生きている。プライバシーに関わることだぞ!」

「それがどうかした? 言っとくけど、あんた達に人権うんぬんする資格は無いわよ」

 おまえらは正義ではないと面と向かって断言されると反論したくなるのが人情だ。

「それとこれとは別問題だ。俺達が率先して問題を起こす訳にはいかない!」

「お固いわねぇ……あんたの上司のあの二人なら、二つ返事でOKするところよ」

 まるで可愛そうな子供を見るような目でハワードを見つめるメタリア。そんな目をされたところで、ハワードの意志が変わるはずが無かった。

「ダメだ! 犯罪捜査のために犯罪を犯すなんて、本末転倒もいいところだ!」

「……はぁ、もういいわ」

 メタリアは疲れたように吐息すると、今来た道を引き返して行く。

「別の切り口からいきましょう。ただし、相応の時間はかかるから覚悟していてね」

「ああ」

 メタリアの後ろからついて来ていたハワードが、力強く頷いた。

 

          ◆ ◆ ◆

 

「あいつらうまくやってっかなー」

 もう一つのグループ(主にハワード)を心配して、フランクリンがそんなことを呟いた。

 いくらなんでもあんな幼児体型に籠絡されるなどと彼も考えている訳ではない。いくら彼が押しつけたこととはいえ、あちらにはかの『切り裂きジャック事件』の主犯と目されるメタリアがいるのだ。

 もしかしたら、何かの弾みで殺されてしまう、なんてこともありえるだろうかとふと考えてしまっただけだ。

「大丈夫よ」

 彼の不安を拭う目的で発された訳では無いであろう返答だったが、フランクリンがそちらに意識を向けるきっかけとしては十分だった。

「それにしても、どうして俺らはこんなところにいるんだ?」

 一時的にとはいえ、メタリアが意識から外れたからだろうか。彼の口から放たれる声と口調に、全くと言っていいほど棘は無くなっていた。

 彼らがいるのは、屋敷の裏手にある小さな林のような場所だった。普段からあまり手入れが行き届いていないのか、荒れ放題だった。

「それにしても、何なんだここは?」

 フランクリンが疑問を呈し、眉間に皺を寄せる。

 その疑問に、ステファニーが答えられる訳が無かった。

「私が知る訳ないでしょ。たぶん植物園か何かでも作ろうとしてたんじゃない?」

 別け入ってみれば、確かにあちらこちらに珍しい植物が度々見かけられる。それが何であるか、二人には分かるはずもないが。

「屋敷の中を調べてた方がずっと有益な気がするんだがなぁ」

「そっちはハワード君達が調べているわ」

 メタリア、と口にしなかったのはステファニーも彼女を嫌っているからか、それともフランクリンを気づかってのことか。

 どちらにしても、今は関係の無いことだった。

「そうだな」

 再びぼやきそうになる自分を抑え、フランクリンは林の中を進んで行く。

 その理由としてステファニーが上げたのは、次のようなものだった。

 ――――ジェイコム・バレンには首と手足がなかった。損壊具合から見て、丁寧に切断されたものであると推測される。もしそうなら、どこかへ捨てるつもりであり、一時的な保管場所としてこの裏庭はうってつけなのよ!

 この理屈を理解出来ないほど、フランクリンも脳みそが不足していなかった。

 ただし、見つかる望みは薄いと思っている。

 もしステファニーの推測が正しく、この裏庭のどこかにジェイコム氏の遺体の一部が隠されていたのだとしても、これほど広大な庭の中でそれを見つけるなど至難の業もいいところだった。到底、発見出来るとは思えない。

 仮に一部が見つかったとしても、同じ個所にまとめて置かれている可能性も薄いのだから、こんなことをする意味などないのではないかと思われる。

 すでに遺体は発見され、殺人であることは立証されているのだから、わざわざ彼らが探す意味はもっと存在しない。

 それはおそらく、ステファニーとて分かっていることだろう。それでも探すと言い張るのは、メタリアと一緒にいないための口実作り。

 そして、死者への敬意の表れか。

 彼女の性格が、そうさせている。

 フランクリンがそれにつき合うのは、単なる惰性でしかなかった。

「ま、見つかりゃしねぇだろうが」

「何か言ったー?」

「何でもねぇよ」

 もし発見出来たなら、何らかの形で捜査も進展するだろう。

 そう期待を込めて、フランクリンは林の中を進んで行く。

 

             ◆ ◆ ◆

 

 メタリア・ジャックソンという人間が分からなくなって来た。

 もともと理解の及ばない犯罪者であるし、無理に理解してやろうとする必要も無いのだが、それにしたって彼女には分からないことだらけだ。

 例えば、ジェイコム氏の書斎を出てすぐ。

「……ちょっとお腹空いた」

 そう言い出したかと思えば、すぐさま食堂へと出向き、たまたまそこにいあわせたロゼディにありあわせでいいから何か作ってくれないかと頼んだり。

「あれ何だろう?」

 興味の移った物やことに対しては優先順位に関わらず、そちらへ意識を向けたり。

 言ってしまえば、自由人だった。

 同時に、どこか投げ槍な印象もあった。

 その二つの違いが、ハワードを困惑させる一つの要因にもなっていた。

 そして、もう一つ。

「……ふむ」

 メタリアは腰に手を当て、満足気に頷いた。

「ここがそうか」

 感慨深そうにそう呟く彼女の傍らで、ハワードはあきれに開いた口が塞がらない心持だった。

「ここって……」

「ゼシリア・セルリコットの部屋だ」

 なぜか自信満々に、横柄な態度でメタリアは言った。

 ハワードは彼女の言葉の意味を図りかねて、数秒の間固まってしまっていた。

 ハッと我に返り、メタリアに対し怒号を飛ばす。

「違法捜査はダメだと言っただろう!」

「違法では無い。キチンと本人の了承を得た」

「は? ゼシリアに会ったのか?」

「だからこそ、こうして彼女の部屋の鍵も渡されている」

 メタリアが鍵を取り出し、ハワードの前で掲げて見せる。

 彼はその銀色に輝く真鍮製の鍵をマジマジと見つめ、半ば呆然と呟いた。

「どうやって……」

「大したことは無い。単なるネゴシエージョンの結果だ」

 簡潔に説明するメタリアだったが、ハワードには彼女の言うことが信用ならなかった。

 向こう二時間、彼女はずっとハワードとともに行動していたはずだ。ならばこそ、メタリアがゼシリアと会ったと言うのなら、ハワードもまた、彼女と顔を合わせていなければならないはずだった。

 なのに、それらしい人物に会ったという記憶がハワードには無かった。

「では入ろう」

 混迷を極めるハワードを尻目に、メタリアが鍵を開け、部屋の中へと入って行く。慌ててその後に続き、ハワードもゼシリアの部屋へ足を踏み入れた。

「……なんていうか、派手な部屋だな」

 部屋全体を見回して、ハワードが一番最初に漏らした感想がそれだった。

 メタリアは彼の言葉に同意するでも無く、どころか無視を決め込んでベッドの下などを覗いている。

「何をしているんだ?」

「何か無いか探しているんじゃないか」

 何を当然のことを、とでも言いたげに目を細める彼女をやはり驚愕に染まった顔色で見詰めるしかないハワードは自分も何か探した方がいいのだろうか、という思いと女性の寝室を漁ることへの抵抗感が心中でせめぎ合っていた。

 結果、棒立ち状態で彼女の作業を見守っている以外やることも無い。

「……この部屋には、何かあるのか?」

「さぁな。だが、私の考えが正しければあると思う」

「なぜそう思う?」

 メタリアはベッドの下からクローゼットへと捜索対象を変え、躊躇無く開けた。

 中には高級そうなコートなどがぎっしりとつめ込まれている。

 どれも真新しい物のようにメタリアには見えた。

 実際に触ってみても、新品と遜色無い。

「………………」

 彼女はそれらを、まるで不審物でも物色する麻薬取締官のような目でじっくりと見つめていた。

 彼女の背後で、ハワードが手持無沙汰を訴える。

「俺は何をすればいい?」

「黙っていてくれれば、それでいい」

 返って来たのは、冷ややかに叩きつけるような一言。

「そうかよ……」

 ムッとしたが、ハワードがそれ以上何かを言うことは無く、不機嫌そうな顔のまま口を閉ざした。

 

          ◆ ◆ ◆

 

 裏庭を一通り探してみたが、目ぼしい手がかりは見つからなかった。

 フランクリンはさして残念そうでも無く、汗ばんだ額を拭う。

「……期待しちゃいなかったが、見事なまでに何も無かったな」

 事件が発覚してから一日以上の時間が経っているのだ。もしその時は切り取られた遺体の一部があったのだとしても、もうとっくに処分されているに違い無い。

 その程度の推測は出来て然るべきだ。

 そう結論づけて、またステファニーもその程度の仮説くらいは立てているものだろうと思い、彼は彼女に視線を向けた。

 期待などしてはいないだろうと。

 だが、そこにあったは遺体の一部分たりとも見つけることの出来なかった自分を責める二十代後半の女性の図だった。

「………………」

 絶句する。もちろん、驚きや戦慄などという感情は一欠片も混じってはいない。

 単に何と声をかけていいものか分からないからだ。

「…………そう落ち込むなよ」

 結局、誰もが口にするような無難な文句で慰めることと相成った。

 ステファニーの肩に手を置く。ポンと優しく置かれた大きな手を、彼女はジッと見つめていた。

「俺の手を切り取って遺体のかわりにしようとなんざ考えるなよ?」

「か、考えないわよ、そんな物騒なこと!」

 フランクリンの軽口に、ステファニーは声を荒げた。

 彼からしてみればただの冗談のつもりだったのが、よくよく考えてみれば今のステファニーは気分が落ち込んでいる状態だ。そんな彼女に先のようなことを言えばどうなるか、考えつ付いていてもいいはずだった。

 これは失態だな、とフランクリンは自分の中で猛省する。これからの女性関係に行かせるだろうかと未来に思いを馳せた。

 彼の意識を現実へと引き戻したのは、ステファニーの一言だった。

「もう遺体は処分されているのかしら?」

「だろうな。あの損壊の具合から見てそう細かく刻んでいる訳じゃないはずだ。とはいえ、親指程度の大きさならミキサーにでもかければ粉々に出来るし、あんま期待は出来ねぇけど」

 それでも、どれだけ細かく砕いたところで遺体の処分というのは案外困るものだ。

 よく推理小説等で切断した四肢をトイレから流す、というトリックが用いられるが、それをすれば当然業者の不信感を買う。

 本腰を入れて調べれば、誰の家から持って来たものなのか分かるだろう。

 犯人にここまでの知識が無くとも、その可能性を思いつく、というのは十分考えられることだった。

 なら、トイレ等を調べるより先に屋敷の中を調べる必要があるとフランクリンは考えた。

 これだけの広さがあり、所有者はあのジェイコム氏だったのだ。きっと隠し部屋の一つや二つ、あるに違いない。

「ほら、行こうぜ」

 へたり込んでいるステファニーに手を貸し、彼女を立たせる。

 その後、屋敷へと戻った二人は裏戸から入り、シリアを探すべく視線をさまよわせていた。

 見つかったのは、別の人物だった。

「どうかしましたか?」

 きょろきょろと周囲を見回すフランクリン達に声をかけて来たのは、褐色の肌のボーイの少年――――ロディックだった。

 ロディックは自分より二回りほど大きなフランクリンを見上げる形で、表面上はにこにこと微笑みを絶やさない。

「いや、ちょっとメイド長を探しているんだ」

「ああ、シリアさんでしたら今の時間はご自分の部屋にいると思いますが」

「自分の部屋に、ねぇ」

 主人が死んだ(十中八九殺された)というのに、呑気なものだ。

 フランクリンは彼女に対して、最初は教養の行き届いた淑女のような印象を抱いていたが、それも訂正しなければならないらしい。

 実際はかなり図太い神経の持ち主のようだ。

「ご案内いたしましょうか?」

「ああ、頼む」

 ロディックの案内で、フランクリン達はシリアの部屋へと向かう。

 途中通りかかった部屋の中から何やら物音がしているようだったのだが、気のせいだろうと一同が足を止めることは無かった。

 

           ◆ ◆ ◆

 

 シリアの部屋は、屋敷を出て少し離れた場所にある別館だった。

 使用人全員がここで寝起きをしているらしい。

 ステファニーは使用人宿舎戸して使われているその建物を見上げ、ほうっと感嘆の吐息を漏らした。

「へー」

 使用人宿舎と言っても、一戸建ての高級住宅のようなものだった。

 確かに、ジェイコム氏の屋敷とは比べるべくも無いが、一般的な家庭の一般的な基準から言えば、こんな家に住んでるとなれば金持ちと呼ばれても不思議では無いかもしれない。

 それくらい、立派な建物だった。

 ここにシリア、ロゼディ、ロディックの三人は住んでいるらしい。それでも少しばかり広すぎるかもしれないほどだ。

 ロディックは建物の前でしきりに感心している二人にくすりと笑みを溢すと、建物の二階を指差した。

「一番端がシリアさんの部屋になります。あそこまでご一緒しますか?」

「……いや、大丈夫だ」

 ロディックの提案をフランクリンがやんわりと拒否し、彼に礼を言って二人は建物の中へと入って行く。

 中身も豪勢ものだった。

 シャンデリア、とまでは行かなくとも、明るい照明によく手入れの行き届いた廊下。使われている建材も高級なものなのだろう、踏み締める足の裏からは力強い安心感が伝わって来る。

「こいつは……」

 フランクリンも、ステファニーも羨ましいと思った。

 こんな家に、一度でいいから住んでみたい、と。

「確か二階の一番奥だったな」

「ええ」

 フランクリンの独り言のような呟きに、ステファニーが相槌を打つ。

 彼らは二階最奥――――シリアの部屋の部屋の前に立つと、数度軽く深呼吸をしてノックする。

「はい?」

 中から聞こえて来たのは、若い女の声。シリアだ。

「フランクリンです。少しお邪魔しても?」

「ああ、はい。少々お待ち下さい。多少ちらかっておりますのですぐに片付けます」

 彼らからしてみれば、そんなものはどうだっていいのだが、そこは女性なら誰もが気を使うところだろう。

 数秒後、よほど慌てていたのか、扉を開けたシリアの頬は軽く上気していた。心無しか息も少々荒いように思われる。

「どうぞ中へ」

 手招きされ、二人が中へ入る。

 シリアの部屋は、先ほどまでちらかっていたという本人の弁が疑わしくなるほど綺麗だった。書棚一つとってみても、整然と並べられ、ほこり一つ落ちていない。

 とても、つい先ほど掃除をしたばかりの部屋とは考えられなかった。

 普段から常に綺麗にすることを心がけていれば、こうも綺麗になるのだろうが。

「今、お茶をご用意いたしますね」

 そう言って、シリアは部屋の奥へと引っ込んで行った。フランクリン達が断る間も無く、だ。

 仕方がないので、ボーッと突っ立って待っていると、ほど無くして紅茶の乗った盆を持ってシリアが戻って来た。

 彼女は部屋の中央に置かれている丸テーブルの上にそれらを置くと、フランクリン達に椅子に座るよう促した。

 しかし、普段は全く来客など想定していないようで、テーブルとあわせた薄い色調の椅子も一つしかこの部屋には存在しない。これでは、三人ともが着席するなど不可能な話しであった。

「いえ、私達は立ったままで結構です」

 そう、ステファニーが笑みを溢す。対外的なもので、主に捜査対象に向けて使う表情だとフランクリンは知っていた。

 だが、それを知らないであろうシリアは少し困ったように頬に手を当て、

「そ、そうですか?」

「ええ……気になったことを一つ訊いても?」

「何でしょう?」

 ステファニーが切り出した疑念にも、シリアは戸惑うこと無く落ちついた様子だ。

「先ほど、急いで何か片づけていた様子だったのですが、一体何を?」

 これは暗に「何か見られては困るものがあるのか」という質問だ。聞く者が聞けば、その内に秘めれれた意味に気づくことなど造作も無いことだった。

 しかし、シリアは聞く者では無い。ただの一階の使用人に、そんな裏の事情まで詮索出来る道理が無い。

「……えっと、ただの趣味の品を片づけておりました」

 歯切れ悪く、しかも目線まで逸らすものだから彼らが疑うのも無理は無かった。

「少し見せて頂いても?」

「それは……ちょっと」

 よほど見られたくない物らしい。

 ステファニーはフランクリンとアイコンタクトを交わし、

「すみません、すぐにすみます」

「ちょ、何を……!」

 即座にステファニーがシリアを抑える役、フランクリンが部屋の中を物色する役と役割分担を行い、部屋の中を改めていく。

「いくらなんでも横暴ですよ!」

「まぁまぁ」

 憤慨を表すシリアをステファニーが宥める。その構図を横目に見ながら、フランクリンは部屋中を引っ掻き回す。

 そして見つけた、とある一品。

 それは、衣装箪笥の一番下の段にあった。

「こ、これは……」

 フランクリンが驚愕に声を詰まらせる。彼の様子に見つかったと察することが出来たのかシリアも「ああ」と悲嘆に暮れた声を漏らした。

 フランクリンは震える手で『それ』を手に取った。

「……BL小説……?」

「…………は?」

 彼の呟きを耳にしたステファニーが唖然とした。

 今、彼は何と言ったのか。

「いや……これ」

 振り返り、彼が見せて来たのは一冊の本だった。

 しかも表紙に犯らの美男子二人が抱き合っている絵のついている……、

「あ、ああ、ああああ、酷いです」

 その場に膝をついて崩れてしまうシリア。

 そんな彼女を見下すステファニーの心境は、酷く、複雑なものだった。

「……先ほどあなたは、このBL小説を隠すために少しちらかっている、などと嘘を吐いたのですね?」

 フランクリンがそれを掲げて問うと、シリアは小さく頷いた。彼女の目尻には、一滴の涙が溜まっていた。それを見て取り、フランクリンは少々以上に心が痛んだ。

「こんなお屋敷勤めですと、娯楽も限られて来ますから……」

 粛々と自供を始めるシリアだったのだが、ステファニーからしてみればどうでもいいことだ。

 他人の趣味に口出しするつもりなど無いし、第一にこのBL小説が今回の事件に関係のあることであるなどとは到底思えなかったからだ。

「……とりあえず、お話を聞かせて下さい」

「はい……」

 ステファニーの申し出に、シリアは涙を流しながら頷いた。

 

         ◆ ◆ ◆

 

「何も無いわね」

 愚痴りつつも手を休めない彼女の手際は称賛に値するとハワードは思った。

 しかし……、

「こんなにちらかして……片づけないとバレるだろう」

「それはあんたがやって。どうせ暇でしょう?」

 言うに事欠いてこのアマ……。

 ハワードは部屋の中にちらかっている衣類や置物等、宝石箱から飛び出してちらかっている宝石を箱に戻していく。

 その中には当然下着の類いもあり、彼が目のやり場に困ってしまうシーンも多々あった。

「しかし、どれもこれもしっかりと掃除が行き届いているな」

「それはそうよ。ここはジェイコム氏の正妻の部屋なんだから」

「正妻? 彼は未婚で、事実上の妻が三人いるはずだろ? 誰か一人と正式に腰を据えるなんてことがあるのか?」

「他人の思想にまで口出しするつもりは無いけれど、本命はゼシリア・セルリコット。後の二人は金で釣られたブラフである可能性が高いと思うわ」

「どうしてそう言い切れる? まさか女の勘とか言わないよな?」

「言わないわよ。根拠は、そうねぇ……」

 メタリアは作業の手を一旦止めて、記憶を探るように虚空を見上げた。

「……ロティ・クリアン、彼女が言っていたらしいじゃ無い。『金払いはいい』って」

「そういえば、そんなことを言っていたな」

 ハワード達が初めてこの屋敷に来た日のことだ。

 彼女は堂々とジェイコム氏のことを「愛していない」と言ったのだ。

 それには、彼のみならず先輩方にあっても驚いたことだろう。

「彼女一人がそうなら、他二人もそうであるかもしれない。でも、残り二人も金で釣ったと考えるには、少しばかり不可思議な点があるのよ」

「不可思議な点?」

「まず、クリスタ・スベル。彼女は温和な性格で、使用人とも仲がよかった。しかし彼女ほどの若さと美貌を持つ者なら、他にいくらでも相手はいたと思うわ。それに、彼女の性格上もそうだけど、年齢的にも金銭より愛を選びたがると思うのよ」

「それは……人それぞれじゃないか?」

「そうだけど、そうじゃないかもしれない。実際のところを部外者である私達が詮索しようとしても無駄ななこと。少なくとも私はそれで納得出来ない。なら、彼女も金に困ってジェイコム・バレンの許へやって来たと決めつけるわ」

「ふむ……そうだな」

 メタリアの考えには異を挟みたい個所がいくつかあった。

 だが同時に、彼女の話に反論するだけの理論がハワードの中で組み上げられない。

 女という生き物は……いやこの際女で無くとも、人間という生き物は嘘を吐く生き物だ。

 クリスタの態度が全て演技で無いと断じることなど出来ないのだ。

 なら、疑ってかかる方がまだ得策か……?

 新人のハワードには、まだそのあたりの細々としたところは分からない。

 ただし、目の前の少女の言葉には、彼の反論を受けつけない強さがあった。

 生半可な意見じゃ返り打ちに合うだろうし、ここは何も言わずにおくか。

 自らの中でそう折り合いをつけ、メタリアの話は頭の片隅に留めておくことにした。

 かわりという訳でも無いだろうが、ハワードは疑問に思ったことを口にした。

「ところでおまえ、何探してるんだ?」

「遺体の一部もしくは残り全部」

 さらりと返された答えはかなり衝撃的なものだった。

「は? 今、なんて……?」

「だから、損壊された遺体だって」

 これだけ部屋の中を探しまわってそれらしい物は一切見つからなかった。

 だというのに、この女……。

 ハワードは驚愕に言葉も出ず、それにも関わらずずっと探していたのがそんなものであったなんて……、

「おまえ、ゼシリアを疑ってるのか?」

「疑ってないわよ。ただ、隠し場所に利用されているだけなんじゃないかと思ってね」

「そりゃ、隠せるものならこの場所は最適なんだろうけど……」

 しかし、そんなことが可能なのか?

 ハワードの眉根が訝しげに寄せられる。

 深くなった皺は苦悩では無く疑問を表している。

「……私の考えが、仮に正しければ、犯人はこの部屋のどこかに遺体を隠しているはず。一部か、全部かはまだ分からないけれど」

 ゼシリアの部屋は、かなり広かった。三つの部屋があり、台所までついている。

 メタリアはふらふらと台所へ行くと、そこにとある物を見つけた。

 冷凍庫つきの冷蔵庫だ。

 彼女は何を思ったのか、すぐさま冷凍庫の部分を開けた。

 すると……、

「……あったわよ」

 これまでに無い、鋭い声音でメタリアが報告してくる。ハワードが彼女の許へ駆けつける。

 と。

 確かにあった。

 それも、遺体の損壊部位全てが。透明なビニール袋に詰めれれた状態で。

「……こんなところに……」

 いくらん何でも、隠し場所として相応しく無い場所だった。

 いや、遺体を隠す場所に相応しいも相応しく無いもありはしないのかもしれない。

 どちらにしても、ハワードでは見つけ出すことは出来なかっただろう。

 犯人の隠し方が優れているから、ではない。

 こんな場所に遺体を隠すはずがないという、至極真っ当な先入観に寄って見落としていたはずだ。

 それを、隣に並ぶ少女は見つけた。

 これが、メタリア・ジャックソンか――――


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