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それは月も見えない真っ暗な夜のことだった。何故俺がその時間帯を選んだのかというと、単純に人目に付かないからだ。風が強い。でも目は閉じられない。閉じたら、今までのことが否応なしに思い出されるからだ。
俺が死んだら、悲しむ人間なんているのだろうか。ふと、そんな疑問が浮かんだ。いや、その疑問の答えはもう決まりきっているだろう。もうこの人生に思い残すことなんて、ない。
遺書なんて書かなかった。靴だって脱がない。俺は屋上のフェンスを昇り始めた。ガシャガシャと音がする。静かな夜に、フェンスの音がやけに響く。耳を塞ぎたくなる。もう、嫌だ、こんなの。
やっとのことでフェンスの向こう側に立つ。相変わらず風は強い。足元の先を見下ろすも、そこには暗闇が広がっているだけだった。少しだけ、足が震えているのが分かる。死ぬのはちょっとだけ怖い。でも、今の苦しみがずっと続く恐怖よりも、何倍もマシだ。一瞬の苦しみで、全てが終わるのだから。俺は、暗闇に向かって一歩足を踏み出した。そしてもう一歩。それだけで、身体が宙に浮いた。
落下していく俺の身体。脳裏に思い浮かぶのは、今までの苦しみばかり。落書きだらけの机、飾られた花、ボロボロの体操着、身体中に広がる痣、下卑た笑みを浮かべる人の顔。ああ、これが走馬灯か。本当につまらない人生だった。そこで、俺の意識は途切れた。