上原茜(2)-2
祐介のことが思い浮かんだら最後、
背格好が祐介にしか見えなくなった。
「祐介?」
私は思わず口に出してしまった。
「……あー、寝ちまった」
起きた。
やっぱり祐介だ。
私はドアを開けて、教室の中を覗いた。
祐介が驚いたようにこっちを見ている。
「茜?どうしたこんな時間に」
祐介は黒板にもたれてまま首だけを扉の方を向けている。
暗くてよく見えないけれど、疲れた顔をしている。
「ううん、明日小テストがあるから、
テストを作って先生に見せて直してってやってたら、
こんな時間になっちゃった。まだあと授業の準備もしないと」
私はため息をつく。
「そっか。俺は授業の練習」
そうだ。私たちは教育実習中、先生なのだ。
疲れていると思わず緩んでしまう。
「あっ、桜木先生、だね、ごめん、いつもみたいに呼んで」
教室の暗さに目が慣れてきて、祐介と目が合った。
「じゃあ上原先生、入って」
私と祐介は、この学校の卒業生だ。
お互い違う大学に行っているけれど、同じく3年になって、
教育実習で母校に来ている。
名前で呼び合っているでいるのは当然内緒だ。
私たちが付き合っているなんて、
先生はおろか生徒にさえ気付かれてはいけない。
気を引き締めないと。
「上原先生?」
ぼーっとしてしまった。
「あ、なに?」
「ちょっとこっちに来てくれない?」
「う、うん」
私はゆっくりと扉を開けて中に入る。
真っ暗な教室は、昼間の明るくて賑やかな教室を思い出すと、
空気が涼しくて違う場所にいるようだ。
「ほら、教壇に上がって、先生」
「きゃっ」
祐介が急に私の手を取って、抱き寄せてきた。
「なにやってんの?」
祐介、じゃない桜木先生?
「なんだろうね?」
「ん!んん……」
祐介は私を抱き寄せてキスをしてきた。
でも私はすぐに唇を離した。
「馬鹿!なにやってんのよ、教室で」
慌てて祐介から離れた。
「祐介、チョークがスーツに付いてるよ」
授業の練習で書いたのだろう。
武者小路……実篤って書いてあったのだろうけど、実篤の部分が消えてしまっている。
「あ、ほんとだ」
祐介はスーツを脱いで、チョークの粉をはたいていた。
チョークの粉はそう簡単に落ちない。
「水で流した方がいいんじゃない?」
早くこの状況をどうにかしたくて、祐介に次の行動をさせたかった。
「替えがないんだよ」
「そっか、スーツなんて普段着ないもんね」
祐介がスーツを着る姿はこの教育実習で初めて見た。
それだけで精悍に見えてしまうから不思議だ。
でも中身は少しも変わってない。
少しでも変わってくれれば、私がこんなに心を乱されたりしないのに。
「帰ろっかな」
「そうしなよ」
よかった。私は安心した。
「茜は?」
「上原先生、って呼んで。私はあと少しやることがあるから」
早く居なくなって欲しいという気持ちが先行して、冷たくしてしまう。
「そっか、無理するなよ」
「無理じゃないけど……。うん、がんばるよ」
祐介だって、こんな時間まで授業の練習をしていた。
自分の態度に後悔してしまう。
今は祐介のことで頭をいっぱいにするわけにいかないのに。
「うん、また明日な」
「うん、明日」




