上原茜(2)-1
教育実習ってこんなに大変だと思ってなかった。
それに学校の先生の仕事ってこんななの?
担任の先生と数学の授業の準備をしてたら、
いつまで経っても帰れない。
教育実習が始まって、早くも2週間目に入った。
一週間目は何もかもが初めてで、でも初めてだから、
とにかく一生懸命やっているだけでやっとだった。
でも今日からは先週の続き、やることも増える。
先週は教室の後ろで見ていたホームルームを私が自分でやる。
授業で生徒にやってもらった小テストの丸つけをして、
次の授業の準備や小テストを作るのも私の仕事だ。
テストの問題を作って先生に見せて、ダメ出しされて直して、
さっきやっとOKが出たので、印刷をして最終確認をしている。
「うん、これでいいかな」
コピー機の前でプリントを掲げて達成感を味わう。
小テストなんて5年前は嫌で嫌で仕方なかった、
いや、今も大学のテストは嫌だけど、
そのテストを自分で作ってそれを生徒に配ってやらせるなんて、
ふふっ、ちょっと笑ってしまう。
明日授業がある2クラス分、70枚にセットしてコピーを始めた。
コピー機が音を立てて、テスト用紙を次々と吐き出している。
今現役の高校生を見て、高校生の頃の私を思い出すと、
私はどれほど子どもだったのだろうと思ってしまう。
あのときに教育実習で来た先生、あの先生はどうしてるんだろう。
わかっていたことだけれど、どうしても思い出してしまう。
でもあれは夢だったんだ。
事実、夢だったのだから。
どうしてるんだろうか、というのとは少し違う。
本当にいたのだろうか、という問いになるくらいに遠い。
そのくらい現実感のない出来事だった。
いつのまにかコピー機の音が止まっていた。
まだ数人の先生が残っているけど教員室が静かだ。
教育実習で来てる人たちも、さっきみんな帰ったみたいだった。
コピーが終わった70枚のテスト用紙をクラス別に分けるために、
コピー機の横にある机で紙の束をそろえる。
「いたー」
うー、指を切った。
「なんなの」
バサー
「あっ」
テストが床に散らばってしまった。
「うう、やだよ」
床にかがみ散らばったテストを拾っていたら、
血がポタポタと落ちてしまった。
かなり深く切ったらしい。
「これ地味に痛いやつ……はあ」
指を自分でなめてみたけど血が止まる気配はない。
「最悪……」
ひとりぶつぶつ言いながら、切れた指を使わないようにして、
床に落ちたテストをまとめて自分の作業場所に持っていった。
何枚かダメにしちゃったな。
でも整理はあとにして、この指をどうにかしないと。
水で洗って、絆創膏をしたほうがいい。
小走りで教員室を出ると、廊下は真っ暗だった。
お手洗いに行こうと歩いているうちに、
ちょっと散歩をしたくなって、とほとぼと廊下を進み始めた。
警備員とかいたりするのかな。
夜の学校なんて、私が生徒だった頃は知らないし、
今だって知らない。
……ん?なに?
教室から人の気配を感じる。
扉の隙間から覗いてみると、
教壇の上で、黒板にもたれて腕組みをしている男がいる。
下を向いたまま動かない。
寝ているのだろうか。
暗くて見えないけれど、制服ではないし先生だろう。
はっ、何かが動いた。
カーテンだった。
窓が開いたままなんだ。
「ごほんっ」
黒板にもたれてる男が咳をした。
祐介……?




