上原茜(0)-2
「私忘れ物したから教室寄ってから帰るよ」
「あ、そう。待ってよっか」
宮沢先輩が私を見つけた。
「茜ー!いいよ。もう遅いし、茜と先帰って」
「あっ、茜、先生のところ行ってきた?」
「はい!ばっちりです」
「じゃあ帰ろっか」
「はい」
そういえば宮沢先輩と桜木先輩は同じクラスだったっけ。
「茜、ドーナツ食べる?」
「えー、私甘いものはー」
「ダイエット中だっけ?」
「どうしよっかな……」
さっき階段を二回も登ったしなー。
ドーナツ一つくらいでちょうどいいはず。
「歩きながら考えなよ」
「は、はい」
エンゼルフレンチとハニーディップ……
んー、悩む。
「……」
先輩が私のほうを向いて、よそ見してる。
「先輩、前危ないですよ」
「どうして私が注意されてんの。
ニヤニヤしながら歩いてる茜のほうが危ないよ」
「だってドーナツですよー」
「ドーナツに目がないね、ほんと」
「ドーナツに目はないですよ。あるのはまあるい穴です」
「そう」
ミスタードーナツにきた。
「エンゼルフレンチと水お願いします」
ここにあるドーナツを全部食べたい。
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
「はむ。はむ」
エンゼルフレンチを一口、二口、疲れが吹き飛ぶ。
「食べるの早いな」
「先輩はまったりオールドファッションですか。大人ですね」
「じゃあ茜も来年はオールドファッションだ」
「いえ、私はクリームがないと口が乾いちゃって」
「私だって乾くんだけど」
「私もミルクティーが飲める身分になりたいです」
「ごめんね。急に誘っちゃって」
「いえ、126円分今日の晩ご飯の質が落ちるだけです」
「それって……、すごい悪いことしちゃったね」
「主婦感覚ってやつですよ」
「茜の方が大人じゃん……」
「大人を飛び越えておばちゃん」
「せめてお姉さんにしとこうよ」
美味しかった。
今度はしょっぱいものが食べたい。
帰ったらご飯だ。何作ろうかな。
「茜、今度選抜のほう見てもらうから」
「そうなんですか?初めてですね」
「うん。高橋と一緒にやってもらえればいいから」
「高橋先輩ですか……」
「そうよ。元水泳部、あなたもでしょ?」
「そうですけど、私は別に」
「どうして泳がな……」
「見てるのが好きなんです」
「……そうなの?」
「はい。選抜の話は大丈夫です。1年が私だけだから私が両方やるしかないですしね」
「うん。来年は大変だよ。辞めようとしている人を引っ張ってこれるといいんだけど」
「うわ、そんなことするんですね」
先輩、今日は選抜の話しをしたかったのかな。
コーチの勉強をするために部活に入ったんだ。
来年は選抜の人たちの力になってるはず。
「それじゃ」
「はい、また明日です」
橘先輩はミスタードーナツの目の前にある地下鉄の階段を降りていった。
鞄の中のケータイが震えてる。
あ、一也からメールだ。
「腹減った。やきそばが食べたい」
安上がりな弟で助かる。
「わかった。もう少し待ってて」
今日はいつもより遅いから、値引きされてるお肉があるといいな。
フライパンで麺とソースが絡まったときのジュワーという音が頭の中に響いている。
早くやきそば食べたい。
あれ?
駅の方向に桜木先輩と宮沢先輩がいる。
宮沢先輩、やっぱり教室で会ったんだ。
二人をこっそり追いかけていく。
もし見つかっても偶然を装えばいい。
二人はたこ焼き屋さんの前で立ち止まって何かを注文している。
たこ焼きとお好み焼きだ……。
うう……お腹やばい。
あんまり凹んでない。
でもドーナツ一つで足りるはずない。
鞄の中にお菓子は入ってない。はあ。
またメールだ。
「お好み焼きも食べたい」
テレパシーか?
私も食べたいよ。目の前のお好み焼きが。
お好み焼きを買って食べたら夕ご飯が半分になる。
「そんなに食べられないでしょ」
「大丈夫!」
お腹を空かせた一也がわがままになってきてる。
早く帰らないと。
桜木先輩が背を向けている前に、宮沢先輩がいる。
宮沢先輩、あんな顔をして笑うんだ。
笑ってる顔を見るの初めてかもしれない。
いつも怒っているわけでも無表情というわけでもないけど。
……あ。
宮沢先輩が私に気づいて目が合ったような気がする。
先輩が反応しないから身動きがとれない。
気づかれるのが怖くなってきた。
他の人と紛れるように駅に入ってホームに来た。
私が乗る各駅停車は次の特急のあとだった。
なるべく人がいるところに並んで、存在をかき消す。
ようやく来た各駅停車に乗り込み、向かいのドアの脇にもたれかかる。
ドアから外を見ると、宮沢先輩が反対のホームを歩いている。
追いつかれるなんて。
桜木先輩は一緒じゃないんだ。
宮沢先輩はこの電車を見て手を振り始める。
でもそれは私に向けてではない。
その手を振る視線の先に目を移すと、目の前に桜木先輩がいた。




