宮沢由紀(0)-1
桜木と宮沢
一緒に勉強をして一緒にたこ焼きを食べた、その一週間後。
今日であれから一週間、桜木とまともに話していない。
勝手に見られているノートは、相変わらず机に入れっぱなしだ。
教科書とノートを重ねた順番を覚えてるけど、今日も昨日と変わっていない。
バレないようにうまくやってるのか、姑息なやつ。
わからないのがもどかしい。
見られたのがわかれば文句を言ってやるのに。
こっちは授業中、ノートを取るのに少し気にしてるんだぞ。
字とか落書きとか、どうして勝手に見られてる私の方が気を使ってるんだ。
ばかばかしい。ノート見ろよ。
「ゆきおっは」
「おはりっう…え……」
うう、噛んだ。
ホームルームの前だというのに理恵が私の席までくる。
「どうしたの?元気ないね」
「昨日寝てなくて」
「恋の病的な」
理恵は桜木の席をちらっと見る。
「んなわけない」
「あるだろ」
「はあ」
私は自分の頬をつねって目を覚まそうとする。
「由紀のほっぺ伸びるね、びよーん」
「痩せたってことなら喜ぶ」
「思いこむことが大事」
「体重計は騙せないぞ」
「うちの体重計はマイナス一キロがゼロだったりする」
「理恵ん家デジタルじゃないんだ」
「うん。デジタルは信用できないし冷たい」
「そう?」
「私の体重がはっきりした数字で表せるはずがない」
「なにそれ。昨日の物理の授業に疑問が湧いてきた」
「質量は保存されないよ」
「それは新発見だね」
「あ、桜木来た。あいつ今日日直じゃん。由紀お世話しなくちゃ。じゃっ」
昨日は理恵、小林理恵が日直だった。
だから出席番号の次は桜木なんだ。
「えー、なんで……。はあ」
こっちの気も知らずに。
知られちゃダメなんだけど。
横の席のことなんて気にもとめていない顔をする。
桜木は何か入っているとは思えない薄っぺらな鞄を机に投げて、だるそうに座る。
それと同時に先生が教卓に立つ。
「おはよう」
「……」
「誰?今日の日直は」
「……」
お前だよ。
桜木は自分の日直の日なんて考えてないんだろう。
教室にいるみんなが答えないので、先生が名簿を確認する。
「昨日小林さんだったよね……。はい、今日は桜木君、日直ね」
「……」
「桜木、日直、挨拶」
私は桜木のほうを見て合図をする。
桜木はめんどくさそうに、机に手をかけて立ち上がる。
「起立」
最初からやっとけ。
「おはよう……ございま…」
消え入るような声で挨拶。
「おはようございます」
日直がこうだと、他の生徒までだるそうに聞こえるから不思議だ。
「はい。今日まだ来てないのは……いないね」
篠塚先生は事務的にホームルームを進めていく。
あとに授業があるからのんびりしてられない。
「あと、今日から二週間、教育実習生の高橋先生が担任の先生になるから。授業でもう知ってると思うけど。挨拶」
「はい。おはようございます。改めて、今日から担任をするので、よろしくお願いします。って、固いかな」
「私の前だからって緊張しなくていいのよ」
若い先生はさわやかに照れている。
教室に笑い声が響いて、ホームルームが終わる。
「今日は授業全部いろよ」
「……」
ついでに放課後も教室にいて欲しい。
部活がある日は毎日、忘れ物したとか教員室に寄るとか、
足が痛いから保健室行くとか、
何かと理由を付けて部活のみんなから別れて教室を覗いている。
でも桜木はいない。
もし木曜日だけだとすると、今日でちょうど一週間なんだ。
音楽の授業に桜木がいると、なんか笑ってしまう。
連れてきたのは私だけど。
「お前来ないつもりじゃないよな」
みんなが音楽室に向かおうとしているなか、
全然立つ様子のない桜木に声をかける。
それにしても、桜木は友達がいないのだろうか。
クラスメイト以外にも誰かと一緒にいる姿をあまり見たことがない。
音楽の授業では、日直が指揮者役をやることになる。
恥ずかしいから誰もが月曜日と木曜日の日直は避けたいと思っている。
桜木が指揮者なんて笑ってしまう。
顔は笑えないけど。
理恵と目があったときのニヤニヤした眼差しにはちょっとひいた。
理恵も楽しんでるのか。
午後の授業も、今日は泳ぎに行かせるわけにはいかない。
「当てられたときくらい答えなよ。周りの席の人が迷惑する」
さっきの授業で私が代わりに当てられたせで気が立っている。
「……」
無視か。
桜木も授業に出れば、当てられることもある。
分かっている先生は当てないのだけれど。
桜木は当てられても無視をする。この頑なさは理解できない。
やっと声をかけられたのに、嫌なことしか言えない。
「由紀やっぱ元気ない?」
「ううん、そんなことないって」
「ふーん」
理恵がじろじろ見てくる。
桜木が席にいるときに、変な話はしたくないな。
「大丈夫だよ由紀」
「なにがよ」
「ふふふ」
変な感じになってるし。
「今日の部活のあと、少し時間ある?」
んー、今日はだめかな。
「理恵、部活最近遅くない?」
だめとは言えなくて、消極的になってみる。
「今日は大丈夫、早めに切り上げる用事を作るから」
「あ、そうなんだ、それなら」
今日の帰りは教室に寄れないかもしれないな……。




