上原茜(2)-8
どうしたんだ。よく喋るようになって。
「……」
「君がここに来ちゃったから、君にとっての未来は、私の知っている祐介じゃなくなるんじゃないかな」
だとしたら、未来が変わるのは祐介だけじゃない。
あのころにあるはずだった私の未来も、今の私が辿った未来ではなくなる。
「祐介って言ってるけど、俺は上原に名前で呼ばれる仲になるのか?」
「……かもね」
あれから長いつきあいだから。付き合っているから。
ここにいる祐介に、付き合ってるなんて言えるわけないし、
なんて言ったらいいかわからなかった。
「あとさ、宮沢はどうしてる?」
「あ……」
その話になるか……、やっぱり。
そしてこの祐介はまだ知らないということか。
「宮沢先輩か……。どうしてるだろう」
「わからないんだ」
「うん」
「俺、教育実習に来てる……んだよな」
「そうだよ。そういう進路を選ぶとは思わなかった?」
「……」
また心細くなってくる。
祐介、私どうしたいい?
祐介に聞いちゃいけないことかな。
だって宮沢先輩があのままいたら、
私は今きっと祐介と一緒にいない。
全身が震える。
自分を自分で抱きしめたくなる。
私がここで目の前の祐介に何かを伝えることで、
これからの私と祐介の間が変化してしまったりしないだろうか。
なかったことになんて、したくない。
でももしかしたら、すでに何かが変わったあとで、
私だけが気付いていないなんてことないだろうか。
ああ……。
私はとんでもないことに気付いてしまったかもしれない。
高校時代の祐介と今の祐介が入れ替わったと仮定する。
ばかばかしいことを考えていることは一旦おいておく。
仮定は、仮定だから。
目の前に高校生の祐介がいるという事実から、
可能性として、入れ替わったとしてもおかしくない。
入れ替えた、とも言える。
う……。
「宮沢先輩……」
芋ずる式に恐ろしいことが思いつく。
頭がおかしくなっていると信じたい。
「……俺、探してみようと思うんだけど……」
「……ダメ……だよ」
声が震えている。
「そうだよな、こんな俺……」
私の仮定から導き出される、この事実が起こった目的は、
宮沢先輩を取り戻すこと以外に考えられない。
祐介、なんで今更なの?
涙が溢れてきた。
下を向いたまま、ただひたすら、涙を落としていた。
泣いちゃ、だめなのに。
「上原……」
「……う、うっ。祐介どうして」
まだ納得したわけじゃない、こんなこと出来るはずがない。
頭がおかしくなりそうだ。
「ごめん」
「君が謝ることじゃない」
「……」
ここにいる祐介は他人だ。
一緒にしちゃいけないんだ。
私は祐介の答えがわかっているけど聞いておく。
「君、宮沢先輩と付き合ってたの?」
「そんなんじゃない」
「そう」
好きだったのかを聞くべきだったかな。
過去を知っている私は、それを飛ばしてしまった。
だから何を確かめたかったのか分からないけど、
安心したのか、涙がおさまってくるのを感じる。
宮沢先輩と付き合っていないと言っているだけだ。
これは、聞き方は少し違ったけれど、
五年前の私が祐介と宮沢先輩に聞いたときの、
二人の答えとまるっきり同じだった。
少し祐介から離れたい。
「ちょっと出るね、喉乾いたし」
「……」
私に右足には、綺麗に包帯が巻かれている。
おそるおそる体重をかけてみる。
大丈夫だ。これなら歩ける。
ありがとう先生。寝ている先生のほうを見る。
重い身体を立ち上げて体を伸ばす。
うっぐっ……疲れがどろりと落ちていく。
ゆっくりとドアのほうを向き歩き出す。
「ちょっと、行かないでくれよ」




